表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/32

016_闘いの決着

「アイン・ウォシュレットが告げる! 魂の借款の拒絶、才智偽芯の神を排せ。開闢の第四門――その名は……!」


 ブリッツの詠唱と同時に、地鳴りのような音がコロシアムを揺らした。

 地面が裂け、そこから巨大な石造りの門がせり上がる。


「拒絶の門!」


 それは魔王の背丈を優に越えるほどの巨門。

 石の表面には、古代語のような紋様が刻まれており、黄色い煙が門の周囲を漂っていた。


「な、なに!?なんかでっかい門が現れたんだけどっ!?」


 カリンの声は鼻声だった。

 あまりの臭気に、鼻呼吸を諦めたためだ。

嗅覚の鋭い魔族の中には、すでに失神している者もいた。


「アイン・ウォシュレット……!聞き間違えでなければとそう申したか…!?」

「何、そいつがどうしたのよ!?」

「い、いえ……確証はないのですが……偶然かもしれません」


 カリンは、ベルンガがここまで困惑した表情を見せるのを初めて見た。

 その顔には、動揺とも恐怖ともつかぬ色が浮かんでいる。


「…我々魔族の歴史の中で、最古の魔王の名前を“インシュレット”と言うのですが……それは今の言語での発音でして…最近、古代語での正確な読み方が判明したのです」


 ベルンガは、ゆっくりと口を開いた。


「古代語で発音すると――“アイン・ウォシュレット”」


 カリンは呆然とした。

 これは、ただの魔術ではない。

 尋常ならざる何かが、今まさに起ころうとしている。


 かろうじて意識を取り戻したザインが、その光景を見て叫んだ。


「なっ、なんだこれは……!?はっ、魔王様! 早急にあの少年を殺してください! 今なら術式が発動しきる前に殺せます!なんなら私が――!」


 魔王はザインに目もくれず、叫んだ。


「バカな!今、最高に楽しいところだぞ!さあ、見せてみろ……人族よ。これがただの虚仮威しでないことを願うぞ……!」


 魔王は腰を深く落とし、全身に力をみなぎらせる。

 その姿は、まさに戦神の構え。


 ブリッツは、伸ばした両手の甲をぐっと押し当てた。

 そこから何かを掴むような動作をし、まるで目の前の門をこじ開けるかのように、外側へと力を込め始める。

 門が、軋む。

 石が、震える。

 ブリッツの手の動作と連動するように、目の前の門が「ズズズズッ……!」と地鳴りを立てながら、ゆっくりと開いていく。


「ぬぐぅ……!?」


 突如、魔王が顔をしかめた。

 それに気づいた実況が叫ぶ。


「なんだなんだ!?魔王様が苦しんでいるようだぁ!もしや……ブリッツ少年の魔術が効いているのかぁ!?」


 魔王は足を地面にめり込ませるほど力を込めて踏ん張り、門から溢れ出す「何か」に耐えようとする。 

 だが、それでも門は開いていく。

 ブリッツもまた、全身に力を込めて門をこじ開けようとする。

 門が半ばまで開いたその瞬間――扉越しに、魔王とブリッツの目が合った。

 魔王は全身に汗をほとばしらせながらも、噛みつくような笑みを浮かべる。


「楽しませてくれるではないかぁ!小僧ぉお!はぁぁあぁ!ふぅぅぅん!!」


 掛け声と同時に、魔王の体が膨れ上がった。

 さらにケツに力を込めたその瞬間――腰布が破け、鋼のような筋肉が露出する。


「……あっ!開かない!?」


 ブリッツの両手がそこでピタッと止まる。

 それどころか、門は徐々に閉まり始め、両手の甲が近づいていく。


「おっとぉ!これはすごい!魔王様、さらに力を込めて、ブリッツ少年の魔術を堰き止めようとしているのか!?」

「小僧!よくやった!だが、これまでよぉ!」


 魔王の言葉と同時に、門はさらに閉じていく。

 

「ふぎぎぎぃぎぎぃ!」


 ブリッツは懸命に力を込めるが、それでも門は徐々に閉じていく。


「ぐぐぐぅっ!こっ!?これ……でもだめ、なの……か……!?」


 その時――。


「おい、俺たちを忘れんなよ」


 具象された門に、手をかける人物がいた。


「ぇっ……」


 顔を上げると、そこには黒髪の人族、リブロが立っていた。


「リブロさんっ!」


 汗に濡れるブリッツの顔が笑顔で輝く。


「おっ、触れるんだなこれ。なら話は早ぇ!」


 リブロが左側の門を両手でつかみ、腰を深く落として思い切り外側に引っ張った。

 魔王の力によって閉じかけていた門が、ピタッと動きを止める。

 次いで、後ろから誰かがブリッツの肩に手をかけた。


「……君のおかげで少しは回復できた。私も微力ながら手伝おう……!」

「……アテナさん!」


 先ほどよりも血色の良くなったアテナが右の門に手をかけ、ぐっと力を込める。

 先ほどとは一転――今度は門が、ほんの少しずつ開いていく。


「行っけぇぇぇぇ!」


 ブリッツの叫びが場内に響き渡る。

 だが、最後の最後で門がまたピタッと止まった。

 

 魔王の全身の血管が張り出し、筋肉は限界まで膨れ上がる。

 浅黒い肌は真っ赤に染まり、全身から汗が吹き出す。

 すんでのところで、魔王は踏みとどまった。


「やらせてたまるかぁぁぁ!」


 そう言うと、またゆっくりとだが門が閉じていく。


「まだ足りないのかっ!?」


 ブリッツがそう叫んだ、その時――。

 彼の左手を、温かな両手がそっと包み込んだ。


「アミュレ……!」

「私も一緒に……いいかな?」


 蠅族の少女、アミュレだった。

 その声に、ブリッツは最高の笑顔を向ける。


「…うん!もちろんだよ!」


 アミュレはブリッツの左手に自身の両手を重ね、静かに、しかし確かな力を込め始めた。


……

………


「ぅぅっ……なに、このにおいは……」


 マリセはゆっくりと上体を起こした。

 空気は重く、濃密な臭気が地面から立ち上っている。

 マリセの視線が、遠くにそびえる巨大な門へと向かう。

 その門の前には、ブリッツと仲間たちが立ち、魔王と対峙していた。

 そして、門は――再び、ゆっくりと動き始めていた。


「ぬぐぅ…!」

「あっ…!大丈夫!?」


 マリセが振り返るとザインに致命傷を負わされた51番がうめき声をあげていた。

 彼は重症の身体なのに横にはならず、膝をついたままブリッツ達を見つめていた。

 マリセはすぐに駆け寄った。

 そこで回復魔術を詠唱しようとしたが、それを51番が手で制した。


「良いさ…どのみち助からん…」


 マリセは抵抗しなかった。

 だが、代わりに彼の肩を支えた。


「すまんな…」

「いったいこれはどういう状況なの…?」

「ガフっ…!はぁはぁ…。96番の少年が…交渉…したのだ…魔王と…。自身の魔術が通れば…停戦を認めろと…」

「あの子が…。ってことはあれはあの子の魔術なのね…」


 マリセが巨大な門を見つめる。

 

「…なぁ、思わないか…」

「…何を…?」

 

 51番は震える手をゆっくりとブリッツ達に向ける。


「あそこには人族も…魔族…も…ハーフ…もいる…ふっ、ふふ。おかしい…と思わないか…。さっきまで俺たちは殺しあっていたのに…」

「そう…ね。確かに…そう」

「皆で、協力して…子供の…ころ、本で…読んだシーン…みたいだ…ははっ」

「ねぇ…あなた…名前は…?」

「なん…だ?ただ、番号…で呼び合う…関係…君が言ったこと…だっただろ…」

「なんでかしらね。だけど…知りたくなったの。あなたのこと…。いえ、他の人たちのことも知っておけば良かったって思うの」


 51番は血濡れの顔でマリセに微笑むとこう言った。

 

「…ピースフル…俺の…俺たちの…名前…だ」


 そう言うと目を閉じた。

 彼の身体から力が抜ける。

 マリセは彼の身体をゆっくりと地面に寝かせた。

 その顔は安らかだった。

 マリセは悲しげに微笑む。


「バカね…そんな名前…。でも、でも…」


 マリセが顔を上げる。

 そこでは、汗にまみれ。必死に闘う少年たちの姿があった。


「…信じたくなる」


「あけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ブリッツが叫ぶと同時に「ガコンッ!」と何かがハマる音がした。

 急に手にかかった感触がなくなる。

 

「少年よ…。見事だ…!」


 肩で息をしていたブリッツ達が前を向くと、門は完全に開き、汗に濡れた魔王が腕を組み、立っていた。


ーーぶりゅりゅりゅっ!!!


 その音はコロシアムに響き渡った。

 実況が息を吸い、そして、会場内に向かって叫んだ。


「…この勝負!人族の勝利だぁぁあぁぁぁぁあ!」


 会場全体が割れんばかりの歓声に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ