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014_開門

「やるじゃない、あの子! 魔王をステージから引きずり下ろすなんて、信じられないっ!」


 魔族の少女、カリンは、もともとぱっちりした瞳をさらに見開いて、コロシアムの中央に立つ人族の少年――ブリッツを凝視していた。


「ん? どうしたのよ、ベルンガ爺?」

「いえ……」


 隣にいた老魔族・ベルンガもまた、ブリッツを見つめていた。だがその顔には、深い皺とともに、何かを思案するような険しい表情が浮かんでいる。

 白く色褪せた髭を、しわがれた指先でくるくるといじる。彼が何かを考えているときの、いつもの癖だ。


「だから、どうしたって言うのよ?」

「お嬢様。あの少年が術を放った瞬間、詠唱している様子はありましたか?」

「えーっと……そういえばなかったわね。手をかざして、指を下ろして……それからすぐにザインがお腹を押さえて苦しみ出したの」

「そうです。そして彼は、杖も触媒も持っていなかった」

「えっ……待って、それって……」


 カリンはベルンガの方へ向き直る。

 ベルンガはちらりと横目で彼女を見て、ゆっくりとひとつ、うなずいた。


「……そもそも人族の魔力というのは、私の認識では魔術に向かんのです。通常は杖や触媒を用いて魔力を変換し、祝詞に乗せてようやく魔術として具現化できるものなのです」

「まあ、私たち魔族は自分の魔術に合わせて魔力の性質を変化させてるから、爺やの言うことも分かるけど」

「確かに、98番の男のように魔力を使って肉体を強化することは可能です。ですが、あの少年は……」

「例外ってこと? でも、私たちが知らなかっただけかもしれないじゃない。人族なんて辺境の蛮族よ。私たちの常識が、あちらの非常識ってこともあるわ」


 ベルンガはうなづく。


「もちろん、その可能性は否定できません。ですが、我々の常識で彼を測るならば――」

「……魔族ね。そして彼が使ったのは……」

「――臨界魔術」

 

 ベルンガは深く頷いた。


「私も長く生きて、多くの魔術を見てきました。ザインのように、人族の特徴を色濃く残した魔族もいます。見た目だけなら、まったく区別がつかない者もいる」


「我々魔族は、人族を劣等種と見なしています。だからこそ、一見人族と変わらぬ風貌の者たちは――」


 ベルンガは、白髪の髭を撫でながら言葉を続けた。


「自身が魔族であることを証明するために、臨界魔術を使えることを周囲に誇示する傾向があるのです」

「ザインなんか、まさにその典型ね。純血主義って言ってるけど、あれって自分の肉体へのコンプレックスから来てるんじゃない?」


 カリンが肩をすくめると、ベルンガは苦笑した。


「まぁ、私のような魔術研究者にとっては、そういう自己顕示欲は非常に都合がいいのです」

「なるほどね。人族に近い見た目の魔族ほど、自分の魔術を隠さないってことか」

「そういうことです。ですが――」


 ベルンガは一拍置いて、眉をひそめた。


「糞を漏らす魔術など、聞いたことがありません」

「……わたしだったら絶対言わないわ。そんな魔術に適応するなんて、末代までの恥よ」


 カリンが顔をしかめると、ベルンガは真顔で頷いた。


「私が記録している魔術の種類は、そろそろ千に届こうとしています。ですが、彼の魔術は初めて見るものでした」

「新種……というか、珍種ね」

「私は俄然、彼に興味が湧いてきましたよ」

「ちょっと爺や。湧くのはいいけど、あの子、今まさに窮地なのよ?」


 そう――人族の少年、ブリッツの命運は、まだ誰にも分からない。


……

………


 ブリッツは、目の前に立ちはだかる魔族を見上げていた。

 まるで、大岩のような巨体。


(――これが、魔族の頂点)


 上半身から見える浅黒い肌は、筋肉によって異様なまでに隆起している。

 腕などは、ブリッツの胴よりも一回りは太い。

 古代王族を思わせる意匠――金糸で縁取られた腰布の緩やかな布地が揺れる。

 その布地を押し上げるように膨らんでいるのも、おそらく岩を削り出したような筋肉の塊だろう。

 

 黒髪が背に流れ、風に乗ってゆらめくたび、彼の存在感はさらに増す。

 額は広く、彫りの深い顔立ちは、まるで人の形をした魔そのもの。

 目も鼻も口も、常人のそれより一回り大きく、見る者に本能的な恐怖を植えつける。


 ブリッツを見つめる魔王の相貌には、確かに興味が宿っていた。

 だが、ブリッツには珍しい虫を観察するような、冷たい意志のように感じた。

 深く刻まれた顔の彫りが、わずかに動く。

 口元がほんの少しだけ吊り上がり、黒い瞳がブリッツを射抜く。


「少年よ、さきほどの煽り文句はよかったぞ」

「ありがとうございます」

「して、挑むのはよいが、何を望む」

「…人族との恒久的な和平条約を」

「ぶあぁっはっは!」


 笑い、というよりはもはや風圧・音圧の類である。

 ビリビリとしたプレッシャーにブリッツの背に汗が走る。


「次に戯言を言ったら殺す」

「…1月の停戦を結んでいただきたいです」

「…良いだろう」

「魔王様、お待ちください!」


 口をはさんできたのはザインだった。

 赤黒い結晶に覆われたザインは魔王の前に跪き、発言の許可を待った。


「申せ」

「恐れながら申し上げます。この場は王といえど立ち入ってよい場所ではございません」

「俺に踏み入れてはいけない土地などあるのか?」

「いえっ、そのような意味では!この場は私がーー」


 ザインが顔を上げた瞬間、ブリッツの視界からザインが消えた。

 次いで、コロシアム内に破砕音が響き渡った。

  

 ブリッツが恐る恐る横を向くとコロシアムの壁にザインが叩きつけられていた。

 ザインを覆う血の鎧は腹を中心に粉々に砕けていた。

 

「ガハッ!?」

「言っただろう。次に戯言を言えば殺すと。まあ、だがお前は魔族だ。同族のよしなで手加減してやった」


 魔王は横なぎにふるった腕についたザインの血を地面にふるって落とした。

 

 ブリッツは戦慄した。

 自身は想像よりもはるかに危険な綱渡りをしていたのだと、あらためて気付いたのだ。


「さて、少年よ。まだ、言葉が必要か」

「ーー!」


 ブリッツはすぐに右手を魔王に向けた。

 魔王は堀の深い顔を破顔させ、うなづいた。

 そして、大音声を上げた。


「来ぉぉおいっ!!」

「ーー開門!」


 ブリッツは叫びとともに二本の指を地面に下した。

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