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012_死闘3

「チャンス……?」

 

 ブリッツが聞き返す。


「そうです。チャンスです」


 ザインは微笑み、懐からナイフを一本取り出した。

 ザインはナイフの刃をつかみ、柄の方をブリッツに向けて差し出す。


 ブリッツは恐る恐るそれを掴んだ。

 ザインはにっこりと笑い、そっと刃を離す。

 銀でできた、装飾のないシンプルなナイフ。

 ブリッツの手のひらを二つ縦に並べたほどの大きさだった。


 ザインは微笑んだまま言った。


「そのナイフを使って、後ろの混じり血を処分してください」

「……は?」


 ブリッツは震える声でつぶやく。


「……今、なんて?」

「あなたたちの後ろにいる98番の混じり血の胸に、そのナイフを突き立ててください」

「そ、そんなの無理です!」

 

 ブリッツが叫ぶ。

 一方、アミュレは、なぜかザインをじっと見つめるだけだった。


「なんで、そんなことをしなければならないんですか!?」

「……そうですね。面白そうだからです」

「そんなバカげた理由でっ……!」

「そう、そんなバカげた理由で、あなたを助けてあげるんですよ。願ってもないチャンスでしょう?」


 ブリッツはたじろいだ。

 自分の命のために、同胞の命を差し出せというのか。


「できるわけがないでしょ!」


 ブリッツが首を振る。

 ザインはブリッツに近づくと彼の肩を掴み、耳元で囁いた。


「あなたの背を押してあげましょう。私はああいった雑種が大嫌いです。自身の高貴なる血を下賤な血と混じらせるその愚かさ──おぞましいです。あなたがやらなければ、私がやるだけです。どうです、結果は変わらないでしょう?」


 ザインが離れると、こう言った。


「さあ、どうします?私はどちらでもいいんですよ?あなたが決めてください」


 その顔は少し興奮しているようだった。頬が紅潮している。

 ブリッツは銀のナイフを見つめる。手が震えていた。


 「そんな、できるはずが……」


 ザインはその顔を見て、なお、興奮をする。

 声を震わせながら、ブリッツに諭すように言った。


「……でしたら、いいのですよ……君はとても、おいしそうだから……」


 ブリッツはもう一度ナイフを見つめた。

 銀の刃に映る自分の瞳は、怯えと迷いに満ちていた。


 その時だった。


「ブリッツ……」


 アテナが、かすれた声で呼びかける。

 彼女は膝をつき、今にも倒れそうな体を両手で支えていた。


「…君は勇敢だ。君のためなら、私は死んでもいい。どのみち、奴は私を生かしてはおかないだろう……」

「おや、聞こえていましたか」


 ザインが笑みを浮かべる。


「貴様の考えていることなど、わかるさ……」


 ブリッツの震える手を、アミュレがそっと覆うように握った。


「…お願い、ブリッツ。私はあなたに生きてほしい」


 その声は、静かで決意に満ちていた。


「もし、あなたがやらないなら……私がやる」


 アミュレの瞳は、覚悟に満ちていた。

 ブリッツはその目を見つめ、そっとアミュレの手を離した。

 そして振り返ると、アテナの方へゆっくり歩き出した。

 

 彼女の目の前に立つ。

 アテナはブリッツの方を向き、そっと微笑むと、静かに目を閉じた。

 ブリッツはもう一度ナイフを見つめた。


 ナイフに一瞬映ったブリッツの瞳は、淀んでいた。


(……もしかしたら、アミュレがうまく取り計らって、人間らしい生活を送れるかもしれない)


 内心で葛藤する。


(どのみち、亡命を決めた時に、裏切り者のそしりを受けることは分かっていた。……そう、分かっていたじゃないか!? ……なのに!?)


 ナイフがひどく重い。


(やらなきゃいけないのか)


 ブリッツはアテナの顔をもう一度見た。

 彼女は静かに目を閉じていた。


 だけど──ブリッツは気づいてしまった。


(アテナさん、耳が……)


 アテナの狐のような耳は、パタンと閉じていた。

 よく見ると、その細身の体も小さく震えていた。


 その姿を見て、ブリッツは決めた。


(僕にこの人は殺せない……)


 大きく息を吸い込むと、ブリッツは叫んだ。


「アミュレ、ごめん……!」


 ナイフを地面に落とし、振り返る。

 そして、ザインの方へ右手を向けた。


「…ほう、歯向かいますか。いいのですか? 歯向かったらどうなるか、あなただって分かるでしょう」


 ブリッツは叫ぶ。


「分かっています! だけど、でも──」


「勝てないと分かっていても、僕は……! 戦わなきゃいけないんだっ!」


「お願い! ブリッツ! やめて!」


 アミュレが叫ぶ。


 だが、ブリッツはザインを指していた人差し指と中指を折るように下ろした。


 そして、小さくつぶやく。


「開門……!」


「ん? 何の真似ですか? まさか、魔術士の真似事ですか? 人族が触媒も杖もなしに何を──……うっ!」


 ザインの顔が急に歪み、腹を押さえ出した。

 同時に、ザインの尻のあたりから「ぶりゅっ!」と汚い音が響く。


 ザインは──クソを漏らした。


「なっ、貴様! 何をした!」


 顔が怒りで真っ赤に染まる。

 実況が叫ぶ。


「おっとぉお!? おなかをおさえるザイン氏! 何かされたようだぁ!」


 ブリッツは息を大きく吸い、場内に向かって叫んだ。


「僕の名はブリッツ・ヴェンデル! 対象に大便を漏らさせる魔術を使う医療魔術士です!」


 その声は場内に響き渡った。

 

 実況が叫ぶ。


「なんとザイン氏、クソを漏らしてしまいました!」


 会場は一瞬の静寂の後、爆笑に包まれた。


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