010_死闘1
「代表者の方はいらっしゃいますか?」
突然、ザインと呼ばれた魔族の男が声を上げた。
先ほどの提案とも言えないような提案に対して、返答を求めてのことだろう。
当然、罪人の寄せ集めである彼らに代表などいない。
誰もが顔を見合わせる中、50番のバッジをつけた人族が前に出た。右手にはショートソードを持っている。
「あなたが代表者の方ですか?」
ザインが問いかける。
「俺は別に代表者ってわけじゃないさ。だが、聞かなくても皆の答えは決まっている」
50番の男はそう言うと、ザインの前にあるテーブルを真っ二つにした。
ティーセットが一緒に落ち、割れる音が響く。
ザインは手をパンパンと叩いた。
「素晴らしい腕前ですね。驚きました」
その口調は、どこか芝居がかっていた。
「交渉は決裂のようですね。わかりました」
その時、ドラが鳴った。試合開始の合図だ。
…
……
………
リブロや他の罪人たちが、魔族の男を囲むように前に出る。
50番の男は、座ったままの魔族の男に尋ねた。
「いいのか、俺の剣の間合いだぞ」
「ええ、大丈夫ですよ。だって……もう終わっていますから」
「は? なんだと?」
不意に違和感を覚えたのだろう、50番の男は自身の胸元を見る。
いつの間にか風穴が開いていた。血がドボッと垂れる。
「なあっ!?…い、いつの間に……?」
そう言葉を口にした時、男の頭がたんっと後ろに跳ねた。
眉間には風穴が開いていた。
同時に、ザインという魔族の後ろの円の中で戦っていた人族の男も二人、胸元にナイフが刺さって倒れた。
ザインは50番には目もくれず、後ろを振り向く。
「あれ、両方ともだめでしたか。残念ですねぇ」と、笑った。
囲んでいた人族は、突然の50番の死に動揺を隠せなかった。
「気をつけろ! やつの臨界魔術だ!」
アテナが叫ぶ。
「あいつは人族の血液を弾にして飛ばしたんだ! 皆、盾を持っている者の後ろに隠れろ! 弾速も相当早いぞ!」
「……あれ? 初見でちゃんと見えてた人がいるんですね。これはすごい」
ザインは素直に驚いていた。
椅子にしていた人族の男の背中からは血が流れている。
そこにザインの指が近づくと、血液がふわりと丸く浮き上がり、男の指を中心に球体状の血液がぐるぐると回りはじめた。
ザインの指先が人族の集団に向けられた。
その瞬間、向けられた先にいた人族の体に風穴が開く。
一瞬にして数名の命が奪われた。
周囲の人族たちはパニックに陥る。
だが、人族たちも黙ってはいなかった。
数名の男たちが、ザインの背後から襲いかかる。
だが、魔族の男は気配でその攻撃を察知し、さっと立ち上がると罪人たちの攻撃をヒラッとかわした。
そうして返す刀で、指先を攻撃してきた者たちに向けた。
とっさに人族の男のひとりが大盾を構え、自身と仲間の身を隠した。
ザインはまたも驚いた。
「へえ、いい連携だ。あなたたち、本当に罪人ですか?魔王様と戦っていた方たちよりも全然いいですよ?」
攻撃をした者たちは51番、52番、それから53番だった。
51番は金髪をオールバックにしたガタイの良い男で手にはロングソードが握られている。
52番は細身の黒髪の男で53番の後ろで槍を構えている。
その二人を守るように大楯を構える53番は毛むくじゃらの大男だった。
51番が大声で叫ぶ。
「お前たち、チームを組んで闘うんだ!」
人族たちが小さな集団を作り始める。慌てふためくものもいるが、ほとんどの動きはスムーズだ。
それを見て、ザインは微笑んだ。
…
……
………
「なあ、臨界魔術ってのは何なんだ!」
盾を持った人族の背後に身を隠しながら、リブロが叫んだ。
「魔族が固有に使用できる魔術のことだ」
アテナが答える。
その声は闘いのさなかでも冷静だ。
「彼らは、体内で特殊な魔力を生成するんだ。その魔力をもとに、魔術を行使する」
「要するに、超特殊な魔術が使えるってことか!」
「簡単に言うと、そういうことだ」
「お前、ハーフだろう! 使えねえのかよ!?」
「私は、無理だった。どちらかというと、人族の血が濃いのだろう」
「話をやつに戻すが、魔術の性質から見ても遠距離で敵を仕留めるタイプだろう。50番から53番の攻撃を受けずに避けているところから見ても、私たちの攻撃が当たれば、きちんとダメージは通るはずだ」
沈黙が一瞬だけ場を支配した。
「なるほどな。じゃあ、答えはシンプルだ」
リブロは横に落ちていた盾を拾い上げると、ザインと呼ばれた魔族の男に向かって駆け出した。
「いくぜぇ!」
51番の剣閃を軽やかにかわしながら、ザインはリブロに向けて血の弾を放った。
何発かは盾で弾くことができた。
だが、数発はリブロの体に直撃する。
——しかし。
先ほど人族の体に風穴を開けた血の玉は、リブロには通らなかった。血の塊が、ポロポロと地面に落ちるだけだった。
「ってえぇなこの野郎!」
「……いい防御力だ」
ザインが目を見開き、リブロの方を見つめる。
リブロが痛みに顔をしかめながらも、獰猛に笑った。
至近距離まで詰めたリブロは、盾を地面に捨てた。
右拳を、思いっきり振りかぶる。
ザインが小さく呟いた。
「これは当たると少しまずいですね……」
「余裕かましてる場合かよっ!」
背後で51番がロングソードを振りかぶる。
2人の攻撃が当たるかと思った、その瞬間——ザインの周囲に赤黒い幕が広がった。
それは彼の身体をすっぽり覆い隠すように展開し、一瞬にして結晶化する。
剣も拳も、その壁に弾かれた。
「なっ……!」
攻撃を仕掛けた2人は驚き、とっさに後退する。数秒後、膜は上からポロポロと崩れ始めた。
そこから無傷のザインが姿を現す。
「血膜__大量に血を消費しますが、そこそこの防御力です」
ザインがそう言った背後では、ザインの飼っていた人族1人がミイラのように干からびていた。
血を吸われたのだ。
防御の代償として。
…
……
………
「あいつ、俺たちの攻撃を血でガードしやがった…!」
リブロが驚く。
ザインはけろっとした表情をしている。
「さてさて、仕切り直しですね」
その瞬間だった。
アテナの魔術が完成する。
「…宣告、征伐、残すは焦土のみ。具象すべきは神の意志。怒りを信託にし不敬者を裁く!__神速の審判!」
詠唱が終わると同時に、コロシアムの中心がまばゆい光に包まれる。
遅れて、轟音が空間を揺らした。
観客席にいた赤毛の魔族の娘が目を見張る。
「使えるじゃない、臨界魔術!」
隣にいた年老いた従者が静かに首を振る。
「お嬢様。あれは違います。臨界魔術は本来、詠唱を必要としません。おそらく、詠唱によって自身の魔力に雷の性質を帯びさせたのでしょう」
「これはすごい!98番の魔術により、ザイン氏の頭に雷が落ちました!ザイン氏は大丈夫なのかぁ!?」
実況の女性が叫ぶ。
ザインがいた場所は、衝撃によって砂と煙に包まれていた。
…しかし、砂煙の中から現れたのは、またしても血の膜で体を覆ったザインだった。
血でできた殻が割れ落ちる。
ザインは無傷だった。
「ふぅ、危ない、危ない。98番の混じり血のお方、見事です。人族の血で腐ってはいても、それでも今までで受けた魔術の中ではなかなかでした。それから、97番の方。あなたも素晴らしい。私たちの攻撃をものともせず、近接戦に持ち込むなんて。…しかしですね」
ザインは笑みを浮かべる。
「本当のことを言うと、人族の血なんか使うより、自分の血を使った方が魔力効率が…」
言葉を言い終える前に、再び雷鳴が響き渡る。
今度は生身の状態で受ける。再度砂煙が上がる。
「ナイスだ!アテナ!今度こそやっただろう!」
「__まだしゃべっている途中だというのに…。私は人族の魔力と相性がいいようでして。あなた方人族の魔術はそこまで効かないんですよね」
ザインが砂煙の中から姿を現した。
アテナが驚愕する。
自身の最大魔術を生身で受けられ、しかも無傷――。
「ザイン氏、なんと無傷だぁ!」
人族の士気が揺らぐ。
その一瞬の隙をザインは見逃さなかった。先ほど攻撃をした51番たちの方へと駆け出す。
ザインは走りながら手をかざす。その指先には血液の球体が形成されつつあった。
「ま、まずっ!?」
53番がとっさに膝をつき、地面に大楯を突き立てて衝撃に備える。
残りの2人も53番の影に隠れた。
だが、ザインは「こういうのはどうです?」とつぶやくと、大楯を踏み台にして跳躍した。
空中で回転しながら、赤い軌跡が走る。
手にはナイフが握られており、血で赤黒くコーティングされている。
軌跡が53番の首筋をなぞる。
次の瞬間、大楯を構えていた53番の男の首が、あっさりと飛んだ。
空中に赤い軌跡が走り、首が宙を舞う。
観客席からは悲鳴と歓声が入り混じった声が上がる。
「くそっ……!」
51番と52番が慌てて武器を構えようとするが、ザインはすでに次の動きを始めていた。
「これで血の補充は完了です」
冷ややかな声が響く。
ザインは宙に舞う53番の血を操り、赤黒い球体を成形した。
その血の玉が、次の標的へと放たれる。
51番と52番の胸元に風穴が開いた。
52番は即座に倒れ、地面に沈む。
51番はなんとか即死を免れたが、致命傷は避けられず、膝をついたまま動けない。
観客席から歓声が湧き上がる。
「おっと! 51番、52番、53番の選手がやられてしまった! どうする、人族! このまま敗北か――!」
実況席の女性の声が、甲高く響き渡る。
そこからは、一方的な殺戮だった。
倒れた人族の血を次々と吸い上げ、ザインは血の玉を乱射する。
赤黒い弾が空を裂き、人族の命を奪っていく…。
…
……
………
「ちょっとあなた、何やろうとしてるのよ!?」
「お願い、離して! ブリッツが……!」
「ブリッツ!?誰よそれ!?」
観客席の赤毛の少女が、背中に4枚の羽根が生えた黒髪の少女を必死に抑えていた。
黒髪の少女――アミュレは、コロシアムの階段を駆け下り、ステージへと向かおうとしていた。
だが、異変に気づいた赤毛の少女が、とっさにアミュレの腕を掴んだのだった。
少女の力は意外に強く、アミュレはその場から動けない。
必死に振りほどこうとするが、うまくいかない。
「あなた、誰だか知らないけど……今ステージに上がったらザインに殺されるわよ!」
「でも、でも…行かなきゃ……!ブリッツが殺されちゃう!」
刻一刻と人族の数が減っていく中、アミュレの焦りは尋常ではなかった。
だが、少女の力に阻まれ、アミュレはその場を動くことができない。
「…それなら……!」
アミュレが呟くと、足元が黒くぼやけ始め、小さな蠅たちが発生する。
「あなた、蠅族よね!?えっこれっ、転移術!?ちょ、ワープしようとするな!爺や! ベルンガ爺や!」
「…ほほ、承知しました。カリンお嬢様」
急にアミュレの足元に広がっていた霞が晴れて、アミュレの細い足に輪郭が戻る。
蠅たちが霧散していく。
「えっ!? 魔術行使ができない!?」
爺やと呼ばれた老人は、アミュレの影を踏んでいた。
「申し訳ございません。カリンお嬢様の命令とあらば」
「お願い、やめて……!ブリッツが殺されちゃう!」
「だからブリッツって誰よ!」
「あの96番の子っ!」
「どれよっ…!?んんっ!?ああ、あの金髪の子ね!」
アミュレは涙を浮かべ、懇願する。
カリンと呼ばれた赤毛の少女は、静かに言った。
「落ち着いて!大丈夫よ、ザインは面食いだから。ほら、あの96番の……ブリッツ君? 彼の周辺には攻撃が行ってないでしょ?ザインは戦意を失った者は殺さず、奴隷として飼うの。それから若い少年少女は大好き。だから、絶対に殺さない。この試合が終わった後でザインから金で買えばいい。わかった?」
「はぁ…出たよ、お嬢様のおせっかい…」
カリンと呼ばれた赤毛の少女の会話を聞いて、小柄な従者が静かにため息をついたのだった。




