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第77話 努力

「……エンドリィせんぱい、はいっていいですか?」

「アリスちゃん? どうぞー!」


 ベッドでボーッとしていたところ、アリスジセルの声とドアをノックする音に意識を戻される。

 扉を開けると、いつものように大きなネズミのぬいぐるみを抱えたアリスジセルが立っていた。


「どうしたの? なにかあった?」


 ベッドに座るよう促して、アリスジセルに事情を聞く。


「……さっきのごはんのときのことなんですけど」

「……インディちゃんと音楽室で体験したずんどどボンバーの話?」

「いや、そうじゃなくて……どりょくしたほうがってはなしです」


 ずんどどボンバーの話じゃないんだ。アレだいぶ面白かったんだけどな……。


「あぁ、成長のために、って話だね……私も昔は嫌いだったなぁ」

「そうなんですか?」


 アリスジセルがジーっとこちらの目を見る。本当かな? とでも言いたげだ。


「そうだよ。そもそも努力って言葉が嫌いだったもん。大して生きたくもないのに、何でそんなことをしなきゃいけないんだろうって思ってた」


 ……まずい、努力って言葉が嫌いすぎた弊害から余計なことを言ってる気がする。オレまだ小2なんだって。


「でもね、ある日ふと思ったんだ。努力って、無理やりやらされるものじゃなくて、自分のために使えるものなんだって」


 アリスジセルはぬいぐるみを抱きしめたまま、小さく首を傾げた。


「じぶんのため……ですか?」

「うん。自分が本当にやりたいことを少しずつ形にしていくために努力するのって、案外楽しいんだよ」


 オレはベッドに座ったまま、アリスジセルを見つめる。彼女は少しもじもじと手を動かし、言葉を選んでいるようだった。


「……エンドリィせんぱい、ぼく、ちょっと、はなしてもいいですか?」

「もちろん。何でも話してごらん」


 アリスジセルは深呼吸をして、小さな声で続ける。


「ぼく、ふだんは、あんまりどりょくしてるようにみえないかもしれません。でも……」


 一瞬、言葉に詰まった彼女は、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、目を伏せている。


「でも……?」

「やればできちゃうことがおおくて……だから、どうどりょくしたらいいか、よくわからないんです」


 ……なるほど、天才タイプが抱く悩みだな。簡単にできてしまうからこそ、努力の手応えや意味を感じにくいんだ。


「そっか……アリスちゃんにとって、努力って、ちょっとよくわかんないものなんだね」

「はい……みんなが『もっとがんばらなきゃ』っていうのをきくと、なんというか、あせっちゃうんです」


 オレは少し考えてから、優しく微笑む。


「でもね、アリスちゃん。努力は必ずしも結果のためだけじゃない。自分の好きなことをもっと楽しむための手段でもあるんだよ」

「……たのしむためのしゅだん?」

「うん。例えば、私はお母さんのクッキーが好きで、自分でも作りたいってやってみたんだ! でも、最初は全然うまくできなくて……それでもね、何度も繰り返すのが楽しくなってきたんだよ」


 アリスジセルは目を伏せる。


「そっか……わたしも、すこしずつでいいから、なにかやってみたいことを、やってみればいいんですよね」

「そうそう。焦らなくていい。自分のペースで楽しめばいいんだよ」


 アリスジセルはぬいぐるみを抱き直し、顔を少し赤らめて微笑む。普段のソレとは違う、柔らかい表情だった。


「……せんぱい、ありがとうございます。なんだか、すこしゆうきがでてきました」

「それで十分だよ。小さな一歩が、いつか大きな変化になるからね」


 アリスジセルはぬいぐるみを抱きしめたまま、少し照れくさそうに目を伏せる。

 オレは彼女の頭を軽く撫でて、笑顔を返す。


 しばらく流れる沈黙の時間。アリスジセルは何度か小さく頷き、何かを考えているようだった。


「……せんぱい、あとひとつだけきいてもいいですか?」

「もちろん。何かな?」

「どりょくするって……さいしょからうまくできるひともいるんですか?」


 オレは少し微笑んで答える。


「最初からできる人もいるけどね、それでも誰だって失敗はするんだよ。大事なのは、失敗しても諦めずに、少しずつ前に進むこと」

「……すこしずつ……ですね」

「そう。急がなくていい。楽しむことが一番大事だから」


 アリスジセルは深呼吸をして、にっこりと笑う。


「……せんぱい、わたし、がんばってみます。たのしんでどりょくするっていうの、やってみたいです」

「うん。その気持ちがあれば、もう十分だよ」


 アリスジセルの言葉に、オレは胸がじんわり温かくなる。小さな心の変化を、彼女から確かに感じている。


「よし、じゃあ約束ね。楽しむための努力を一緒にやっていこう」

「はいっ!」


 アリスジセルは元気よく返事をして、ぬいぐるみを抱きしめ直す。

 オレはその姿を見て、少し懐かしい感覚に浸った。今の異世界での生活ほどではないが、前世でもこうして誰かと心を通わせる時間があったから。


「……じゃあ、そろそろしつれいします。ありがとうございました。エンドリィせんぱい」

「うん、おやすみ」

「……エンドリィせんぱいッ!」


 扉を開いたアリスジセルが驚愕の声をあげる。


「どうしたの!?」


 慌てて駆け寄り、扉の外を見る。

 ……なるほどな、慌てるワケだ。


 寮の廊下がメチャクチャになっている。

 部屋の配置も違ければ、壁紙や床すら薄気味悪い赤黒色に変わっている。

 これはまさか、学校で教えてもらった脱獄犯の特殊能力……。


 『迷宮化』か……?

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