第74話 脱獄囚たち
「──よろしい。全員揃っているな。では、貴様らも気になっているであろう、監獄塔崩壊の詳細について伝えよう」
監獄塔崩壊の翌日、教壇に立つナウンスは重苦しい口調で話す。
「とはいえ、何が原因で崩壊したのか、という点については『激しい地震と風』によるものだという以上の情報が無い。現段階では『強力な特殊能力』としか考えられんが……その場合の犯人や目的についても皆目検討がついていない」
囚人を外に出して何がしたいんだ? ただの愉快犯というわけでもないだろう。
「今回の崩壊により死亡した囚人は半数に及ぶ。そして、現在拘束されている者たちが生存者の三分の一程度で……残りが脱獄囚だ。人数にして十九人になる」
十九人……この数を多いと見るか少ないと見るか。
いや、連続宣言のような厄介な能力が十九……と考えると流石に多いな。うん。
「幸いにも、彼らの特殊能力は明らかになっている。今ここで貴様らにも伝えておこう」
能力がわかっているのといないのとでは対処のしやすさが大きく変わる。これは助かるな。
「まずは、『オーエン・P』。痩せぎすの三十代女性だ。特殊能力は『絶対開錠』……罪状は夜間の王城への不法侵入だ」
「そして次は『ヒノシス・P』。中肉中背の二十代男性。特殊能力は他者を凶暴化させたり操ったりできる『催眠』で……罪状は殺人罪だ」
監獄塔の主が言っていた能力者二名だ。コイツらについてはみんなより先に存在を知っている。
「三人目は『イム・T』。痩せ型の四十代男性で、特殊能力は『時間停止』……罪状は夜間の王城への不法侵入及び殺人罪だ」
時間停止……強力すぎる能力だ。
ソイツが本気で暴れようと思ったら凄惨な事態が待ち受けているのは見てとれる。
というか、どうやって捕まえたんだソイツ。
「四人目は『インスビア・L』。ふくよかな三十代女性で、特殊能力は建物を複雑な迷宮と化す『ラビュリンス』……そして罪状は『王城の迷宮化』だ」
迷宮化、か。言葉だけでは想像しづらいが……。
「五人目は『インヴァリド』。小人族の六十代男性で、特殊能力は『魔法無効』……罪状は『勇者襲撃』だ」
魔法無効……ストレンスと同じ能力だが、エイバーさんの反応を見るに、ストレンスのソレよりは無効の範囲が狭い感じだろうか。
というか、勇者襲撃って……何があったんだよ。捕まえたのはおそらくエイバーさんだな。
「六人目は『エドフィリア・M』。大柄な二十代女性で、特殊能力は──」
「──以上、十九名となる。出会わないことが第一だが、万が一の事態に対応できるよう、頭に入れておけ。以上で朝会を終了とする」
「はい!」
オレたちは大きな声で返事をする……この中の誰一人とも会わずに済みますように。
「エンドリィ、聞いたわよ! エスト様と一緒に囚人と闘ったって話じゃない! 大丈夫だったの?」
「あはは、鍛えていますから……」
「なるほどね、流石は勇者様の弟子ってことかしら?」
嘘ではないが、オレの特殊能力については伏せているのでなんだか申し訳ない気分になる。
「おいおい、ユーティフル、俺にも『大丈夫』の言葉はねぇのかよ?」
「ストレンスは魔法が効かないし、身体能力も高いから心配していないわよー!」
「それはそれで……ちょっと複雑な気分になるな」
苦笑するストレンス。まあ、無能力と思われている幼女と比べたら彼は頼りになりまくるからな。
「……『ユーティフル・B・クトレス』、先ほどの件なのだが」
教壇で授業の準備に取り掛かっていたナウンスがユーティフルに話しかける。
「ワタシは大歓迎ですよ! 寮生活というものにも憧れていましたから!」
……ん? 寮?
「何の話ですか?」
オレは思わず二人の会話に顔を出す。
「王都内も完全には安全ではない……そうなると、クトレス家から馬車で学校に通うのも危険な行為となってしまう。故に、クトレス家から申し出があったのだ。騒動が収まるまで『ユーティフル・B・クトレス』を入寮させられないか、と」
「……なるほど」
通学は危険な行為となるから、ということか。他の実家生にも同じことは言えるが……まあ、彼女は特別だからな。
「そう! それでワタシ自身の意思を問われていたんだけれど……もちろん、アナタたちと一緒に生活してみたいに決まっているじゃない! エンドリィも、ワタシが来て嬉しいでしょ? オーホッホッホ!」
「あははっ、そうですね!」
『は? なにもうれしくないけど?』という誰かさんの声が聞こえないでもないが、オレ自身の気持ちを外に出す。
「ユーティフルさんがリョウに……ですか。さわがしくなりそうですね?」
「カイン〜? 文句あるの〜?」
「いえ、ベツに……にぎやかなのはいいことじゃないですか」
スルーっとユーティフルの睨みを無視するカイン。逞しくなったものだ。
「にゃははっ! よろしくな、ユーティフル! りょうにはいったじゅんでいえば、みゃーのほうが『せんぱい』だからなっ! わからないことがあったらなんでもきくといいぞっ!」
「あら、ありがとう! けれど、ワタシにはエンドリィが教えてくれるから大丈夫よ! 気持ちだけ受け取っておくわね」
「え? いや、別にいいですけど」
「がーん……!」
「では、そろそろ授業を始めよう。『ケアフ・E・アール』は席に戻れ」
冗談半分のような声色でショックを零していたケアフだったが、ナウンスの声で足早に自席に戻っていく。
一時的に、だが寮生が増えたな。うんうん、賑やかになるのは良いことだ。