第73話 既に別れを告げ合ったんだから
「おう! エンドリィ! エスト! セツナ! おかえりッ!」
王都の門に着くと、ストレンスがアイスを食べながらオレたちを待っていた。
見たところ呼吸も整っている。随分と早く王都に到着したのだろう。凄まじい脚力だ。
「ただいま、ストレンスさんっ!」
「その笑顔を見るに、追加で面倒事に巻き込まれてはいねぇようだな! よかったよかったッ! そういや、アイツらは大人しく戻ったのか?」
「ええ、その事なんですけれども……どうやら、彼女たちを凶暴化させたヤツがいるようですわ。その特殊能力は『催眠』……」
「……なるほどな、他のヤツらを暴れさせて注目を集めている間に自分は逃げおおせようって魂胆か」
ストレンスが顎に手を当て考え込むように呟く。
ただの愉快犯の可能性も否めないが、そうでないとしたら彼の推察が正しい可能性が高いだろう。
「ヴィジョンは監獄塔崩壊のニュースばかりですね……」
「そりゃあそうだろ、知らせることで混乱を生むかもしれねぇが、知らせねぇことで被害が出たら目も当てられねぇからな」
見たところ、王都民はざわつきながらもパニックになっている者はおらず、『怖いわねー』とか『物騒ね〜』だとか『戸締りはしっかりしないとー』くらいの雰囲気だ。
どうにも、まだ他人事感が否めない。
「……それにしてもっ、今日は疲れましたわねっ! 早くご飯を食べてお風呂に入って寝たいですわーっ!」
「ええ、帰りましょう、お嬢様。それでは、エンドリィ様、ストレンス様、失礼いたします」
「俺らも帰ろうぜ、エンドリィ!」
「ええ! それでは、エストさん、セツナさん! また学校で会いましょう!」
オレたちは手を振ってエストが乗った馬車を見送る。
「……ったく、監獄塔崩壊か。あの変態野郎が捕まって二月くらいしか経ってねぇッてのに、大変なことが起きたもんだ」
「……ですね」
「……って、そういや、アイツも逃げたのかッ!? エンドリィ、大丈夫かよッ!?」
「大丈夫ですよ、彼は逃げていませんでしたから」
そう、オレはゼションの姿を見た。
タンネたちと話していたとき、監獄塔の主から少し離れたところで、アイツは『魔法封じの首輪』を着けたまま、遠く空を眺めていたのだ。
一瞬、オレと目があったが、何事もなかったかのように目を逸らされた。
……ああ、そうだよな。オレたちは既に別れを告げ合ったんだから。
「へぇ、アイツ、逃げなかったのかよ、だいぶ意外だぜッ!」
「まあ、それについては私も同意ですけど……」
もしかしたらエイバーさんにとっ捕まっただけかもしれないが……どうか自主的に動かなかったのであってくれと願う気持ちもある。
「なあ、エンドリィ、今回の天変地異って偶然だと思うか? 監獄塔付近だけピンポイントに起こるなんてよぉ」
「その言い方だとストレンスさんも偶然だと思っていないようですね……『魔法』、がありえないなら『特殊能力』だと思いますけど」
「だとしたらヤベェ能力だよな。そんなもん、王都で起こされてみろよ、どんだけ被害が出るか考えたくもねぇよ」
「……ですね」
もし本当にそういう特殊能力者がいるのだとすれば、その犯人は何故監獄塔を狙ったんだ……?
「っと、喋ってたら学校が見えてきたな。俺らも飯食って風呂入って寝ようぜーッ!」
「そうですね、もうクタクタです……って、アリスちゃん?」
学校の門前に居たのはアリスジセルだった。オレが名前を呼ぶと、彼女はピクリと肩を震わせてこちらを見る。
「ひゃっ、エンドリィせんぱいっ、と、ストレンスせんぱい。こんにちは……というか、そろそろこんばんはでしょうか」
「あはは、そうだね。アリスちゃんはダイナさんと遊んだ帰りかな?」
「はいっ、おひるごはんをいっしょにたべて、さんぽをして、さっきかいさんしました……ほ、ほんとうはよるごはんもいっしょにたべたかったですけど、『またこんどね』っていわれて……」
寂しげな表情を見せるアリスジセル。感覚が麻痺しがちになるが、まだ小学一年生だ。無理もない。
「その寂しさを完全に埋めることは出来ないかもしれないけれど……私たちもいるから、ね?」
「おうッ、それに今日は色々あってなッ! 面白ぇ話が沢山できるぜぇ?」
「いろいろ……って、『ゆうしゃさまのしゅぎょう』のことですよね? ぼく、ききたいです!」
アリスジセルの暗い表情がだんだんと明るくなっていく。
勇者効果、凄いな。
「わははッ! だろだろ? 飯食いながらたっぷり聞かせてやるよッ! カイン達も聞きたがっているだろうしなッ!」
「それじゃ、寮に帰ろう? アリスちゃん!」
「……はいっ!」
オレはアリスジセルと手を繋ぎ、ストレンスと並んで寮へと歩く。
「そういや、アリス! お前は昼ごはんに何食ったんだ?」
「え……っと、『くりーむぱすた』と『ぎょかいすーぷ』です」
「おっ、いいじゃねぇか! 俺達はなー、グリフォンの肉だったんだぜー?」
「ええっ!? まものの……おにく!?」
「……ふふっ、そうだよ。でも、かなり美味しかったなぁ!」
「わははッ! 詳しい話はまた後でなッ!」
談笑するオレたち。
なんだか平和なひととき……といった感じだが、脱獄囚たちが捕まらない限りはこの平和がいつ崩されてもおかしくはないんだろうな。