第69話 崩壊
「監獄塔が……崩壊しただとッ!? 一体なにがあった!?」
「監獄塔からの情報によりますと、天変地異が起こったようですッ! 塔が耐えられないほどに、地は揺れ、風が吹き荒れ……ッ!」
「馬鹿なッ! そんなことが起こり得るのかッ!?」
そんなことが起こり得るのか、の塊であるエイバーさんが驚くと、どれだけ異常な現象が起こっているのか痛感するな。
「……誰かの魔法、でしょうか?」
「いえ、それはありえないかと!」
「……ですよね」
オレの疑問を内務省職員が即座に否定する。
この世界には『地震魔法』という魔法と『竜巻魔法』という魔法が存在するが、前者は極大級でも最大震度は三程度。後者は先ほどオレたちがくらっても生きていられるもの。
塔、といえども地震対策は万全であるはずだし、人がくらって生還できる程度の竜巻で崩壊するとも思えない。
「と、なると、何者かの特殊能力……いえ、今は原因を考えるよりも!」
「そうですね! 監獄塔崩壊により、無数の脱獄囚が生まれてしまいましたッ! エイバー様! ヤツらを捕まえるお力添えを何卒お願いいたします!」
「ああ、もちろんだッ! と、言うことでワシは今から現場に向かうッ! お前達は気をつけて帰ってくれッ!」
「お待ちくださいましッ!」
エイバーさんの指示に待ったをかける者がいた。エストだ。
「駄目だッ! 同行は許可できんッ!!」
彼女が言葉を紡ぐよりも早くエイバーさんが強い口調で同行を断る。
「何故ですの!? ワタクシだって極大級魔法使いッ! もう十分に一人前として闘えますわよッ!!」
「才も未来もある生徒を未曾有の事態に巻き込むわけにはいかんッ! 少なくとも初動は大人達に任せておけッ! レディー、『極大瞬間移動魔法』ッ!!」
有無を言わさぬ口調でそう言うと、エイバーさんは瞬間移動を発動し監獄塔へと向かった。
「で、では私も失礼します! レディー、『極大瞬間移動魔法』ッ!」
内務省職員も瞬間移動魔法で消え、オレたちは取り残される形となった。
「……大変なことが起こりましたね」
「……それなのに、ワタクシ達は何もできないなんてッ!」
自分の無力感に拳を握るエスト。
気持ちはわからなくもないが、オレたちはまだ学生の身、自分から命の危険に晒されることはあってはならないのだ。
「お嬢様、まだ何も出来ないと決まったわけではありません」
「おうッ! そうだぜッ! 逃げやがった囚人達の特殊能力によっては遠くまで逃げてるヤツらもいるだろッ!! ソイツらの悪行に巻き込まれたら、俺らも何もしないワケにはいかないよなぁッ!?」
「お、怒られないでしょうか……? でも、帰り道近くの村を見回るくらいはしてもいいですよね」
「……そうですわねっ! 行きましょうッ!」
長くため息を吐いたエストがオレたちの顔を見、やる気十分にそう言った。
……ああ、見てしまったら無視はできないからな。
「──おいッ! アレッ! 村が燃えてんぞッ!」
「見てくださいまし、あの村ッ!」
「……え?」
馬車で帰る途中、オレは困惑の声を上げた。
それは、ストレンスとエストがそれぞれ反対の方角を指さしていたからだ。
「……おいおいおいッ!? 二つの村が同時に襲われてるなんてことあんのかよッ!」
「実際に起こっているでしょうッ! ならば、二手に別れましょうッ!」
「は。割り振りは如何いたしましょう」
「セツナ、ストレンス、アナタたちはこのまま馬車に向かって燃えているという村へ。ワタクシとエンドリィは上昇魔法でもう一つの村まで向かいますわッ!」
ああ、極大級魔法使いは別れるべきだろう。オレも異論はない。
「かしこまりました。では参りましょう、ストレンス様!」
「おうよッ! そっちも気をつけてなッ! エンドリィ、エストッ!!」
「ええ、また後で会いましょう!」
「それじゃあ行きますわよッ!」
エストがオレを抱えて馬車から跳躍する。
「レディー、『大上昇魔法』ッ!!」
「──見えてきましたねッ!」
「ええッ! 魔法と魔法がぶつかり合っていますわッ!!」
上空を飛びながら目的の村を視界に入れる。
……村人たちが魔法を放っているが、迫る魔法を消すのにやっとという状況だ。
「それじゃあ、離しますわよッ! ワタクシは更に上空から攻めますわッ!」
「ええ、お願いしますッ! ……レディー、『中上昇魔法ッ!!」
「──やめろッ! やめてくれぇッ!! 俺たちが必死に作った村を壊さないでくれぇッ!」
「懇願している暇があったら魔法を発動しろッ!! レディー、『中土属性魔法』ッ!!」
「わ、わかったよ……! レディー、『中土属性魔法』!!」
「今はアンタたち二人しか中級魔法を使えるヤツはいないんだッ! ピシッとしてくれ! レディー、『小土属性魔法』ッ!」
迫り来る大級風属性魔法を中級以下の土属性魔法で相殺しようとしている村人たちだが、やはり力不足で、命中した建物の一部が損壊する。
「ああッ! クソッ!」
「……って、おいッ! 女の子が飛んでるぞッ!」
「まさか、アイツらに向かってッ!? 危ないわよッ!」
「いや、けどよぉ、あの子が着てるのって王都学校の制服だろうッ!?」
「助けに来てくれたのかッ!?」
おそらく、女の子というのはオレのことだ。エストはオレからも見えない高さまで飛んでいるからな。
「皆さんは自分の身を守ることだけを考えて逃げてくださいッ! なるべくアイツらを村から引き離すよう努力はしますッ!」
「ああ、わかった!」
「……レディー、『中上昇魔法』ッ!!」
村人たちが逃げるのを確認しながら再び上昇魔法を発動する。
……よしッ! ハッキリと見えてきたッ!
村を襲う女性二人組ッ!!
「あれ? お姉ちゃん、女の子が一人こっちに飛んできたよ?」
「あら、本当ね。私たちを止めにきたのかしら?」
「無謀だねっ!」
「えぇ、無謀ねー」
クスクスと笑っている二人は姉妹のようだ。
見目麗しい耳長族だが、今はそんなことに意識を向けている場合じゃない。
「貴女達は監獄塔から脱獄してきた人ですね? 何故村を襲うんですッ!?」
「わっ、もう話が広がってるんだ!」
「まあ、私たちには関係ないことだけれどねー……何故って、先に拒んだのはこの村の方よ? 私たちは穏便に済ませようとしたのに、罪人のタトゥーを見ただけで、石を投げてきたの」
「酷いよねーっ!」
姉妹の麗しい顔……その右頬にはタトゥーが彫られてあった。
それは現在収監されている罪人の証であり、本来ならば罪人がこんな小さな村に現れることなんてあり得ない。
そりゃあ住民も怖がるのは仕方がないだろう。
「世間はいつだってそう。知ってほしいことは知ってくれないくせに、知らないでほしいことばかりを知ろうとしてくる……ああ、本当に、妬ましいわ」
「アタシたちはただ助けてほしいだけなのに、だーれも助けてくれないんだもんねっ!」
「貴女たちの事情は私にはわかりませんが……穏便に捕まってくれませんか?」
「ぷふっ! 大人しく捕まってくれだって! お姉ちゃん!」
「ええ、そうね。可笑しい。おかしくて、妬ましくて、妬ましくて妬ましいッ! レディー!」
話は通じそうにない。さて、今から『大級竜巻魔法』が飛んでくるが……村の被害を抑えるためには?
「ハアアアアアァァァァァァッッ!!!」
「わわっ!?」
「きゃッ!?」
刹那、エストが上空から姉妹目掛けて落下してきたッ!
「……やっぱりまだ修行不足ですわねッ!」
「なーんだ、もう一人いたんだっ! お姉ちゃん! 腕直してッ!」
「あぁ、ラピファ! 痛いでしょうッ! レディー、『大風属性回復魔法』ッ!」
直撃こそしなかったものの、落下攻撃によって飛んだ石の破片が妹の肘に当たったようで、腕がプランとかろうじてぶら下がっていた。
『ユアーレディーゴー』で回復魔法を奪るか迷ったが、まだこの手は隠しておいた方がいいだろう。
「……しょうがないなぁ。お姉ちゃんッ! コイツらもあの男みたいに殺しちゃおっか!」
「ええ、そうね。愛しいラピファを傷つけた報いを受けてもらうわ!」