第62話 グリフォン
「グリフォン……エンドリィは歓迎遠足でソイツに襲われたんだよな? 大丈夫そうか? 怖かったら言えよ?」
「大丈夫です! あのときより私は強くなっていますからっ!」
それに、勇者であるエイバーさんや、極大級魔法使いのエストとセツナ、それにストレンスもいる。一人だったら心細かっただろうが……。
「うふふっ、頼もしいですわねっ!」
「ええ、本当に……エイバー様、グリフォンが相手ということは使用できる魔法は中級まで、という認識でよろしかったでしょうか」
「そうだッ! 極大級魔法まで使えるエストちゃんとセツナちゃんからするともどかしいかもしれないが、今は武器の使い方の修行だからなッ!」
「大丈夫っ! 心得ておりますわっ!」
たしかに、彼女たちであれば極大級どころか容易く使える大級魔法でも一撃の相手なんだよな。
中級魔法までしか使えないオレからしてみればちょうどいいが。
「へっ! 殴り甲斐がある相手だといいなぁッ!」
「それなんだが……ストレンス、お前は今回攻撃をするな」
「なッ!? なんでだよひいじいちゃんッ!?」
拳を構えてワクワクした表情を浮かべていたストレンスだったが、エイバーさんの言葉に目を見開く。
「先ほどの戦闘を見ていたが、今のお前でも一対一であればグリフォンは倒せる。それほどまでにお前の拳は力強く頼もしいものだ」
エイバーさんが頷きながら諭すように言う。
先ほどの戦闘でもゴブリンを一撃で仕留めていたということは、彼の一撃は小級魔法、ともすれば中級魔法以上に匹敵するほどの物理攻撃だということで……いや、ゼションのヤツ、よく死ななかったな。
「故に、今回は攻撃を禁止するんだ。だが、グリフォンの注意を引く行為はしても構わないッ! 回避と防御を身体に刻み込む良い機会だろうッ?」
「なるほど……そういうことかよ。ハッ! いいぜ、やってやろうじゃねぇか!」
餌を取り上げられた犬のような顔をしていたストレンスだったが、エイバーさんの言葉を聞いて再びやる気を取り戻したようだ。
「……さて、そろそろグリフォンの巣に着く。準備はいいな?」
「ええっ! いつでもいけますわッ!」
「問題ありません」
「おうよッ! ワクワクしてきたなぁッ!」
「はいっ! 頑張りますっ!」
各々気合を入れ、山の開けた場所に歩みを進める。
そこには敷き詰められた藁の上に巨大な卵が一つあって……。
「ふむ、今はどこかへ飛び立っているようだな。だが、この卵に触れれば……」
そう言ってエイバーさんが卵に近づき触れる。
すると、羽ばたく音すら感じさせずにエイバーさん目掛けて大鳥が突っ込んできたッ!
「よしよしっ! ではワシはまた離れた場所で見守っているぞッ! レディー! 『瞬間移動魔法』!」
グリフォンの攻撃をヒラリと避けたエイバーさんはそのまま瞬間移動魔法を使い姿を消した。
「かなり怒っていますわね……!」
「無理もありません、我が子に触れられたのですから」
「わははッ! 怒ってるくらいがちょうどいいぜッ! それじゃッ! いくぜええぇぇッ!」
「……ッ!」
我を失っているグリフォン。一年前にも見たとはいえ、五感で体験する姿はやはり記憶のソレよりも恐ろしく、言葉が出ない。
「オラアアアアアアァァァッ!」
ストレンスが雄叫びを上げながらグリフォンに向かって駆ける。
「ピュイイイイイィィッ!!」
そんな彼を啄もうとするグリフォンだが、ストレンスはその身の丈からは考えられない軽やかなステップで攻撃を躱す。
「オラッ! 今のうちだぜッ!」
一瞬だけこちらを振り返り攻撃を促すストレンス。
ああ、黙って見てるわけにはいかないなッ!
「いきますわよッ! レディー、『中上昇魔法』ッ! ハアアアアアァァァッ!!」
エストが上昇魔法を使って空高く跳び、グリフォンの脳天目掛けて槍の先端を向けるッ!
「ピュイイイッ!!」
「……くッ! 流石に一撃とはいきませんでしたわねッ!!」
エストの槍が脳天に届くかと思いきや、危機を察知したグリフォンに攻撃をズラされ、頭部を掠めるに留まった。しかし、傷は与えられているはずだ。
「ッ! グリフォンが羽ばたこうとしていますッ! お気をつけてッ!」
セツナの叫びにストレンスとエストはグリフォンから距離を取る。
ヤツの羽ばたきに巻き込まれたらタダでは済まない……上に、あの行為はグリフォンの『宣言』を意味する。つまり、次に魔法がくるということで。
……だが、この瞬間はグリフォンが一番油断している時間であると言えるだろう。
「レディー! 『中風属性追跡魔法』ッ!!」
オレは杖を風属性追跡魔法で飛ばし、先ほどエストがつけた傷に追い打ちをかけるように突き刺すッ!!
「ピュイイイイイッ!!」
「はああああぁぁぁッ!!」
響くグリフォンの叫びと、セツナの掛け声。
頭部の痛みで魔法の発動に失敗した悲痛な叫び声と、機を見計らっていたセツナの渾身の叫び。
「……くッ! 硬いッ!」
セツナの剣は確かにグリフォンの首を刎ねようとしていたのだが、骨と金属がぶつかり合った音がガキンと響く。
「セツナッ!」
「……おっと、大丈夫かよッ!?」
「申し訳ありません、ストレンス様」
グリフォンが羽ばたく風圧で飛ばされたセツナをストレンスが受け止める。
「気にすんな気にすんなッ! ……って、おいッ! アイツ逃げようとしてやがんぜッ!」
「させませんわッ!! レディー、『中上昇魔法』ッ!」
人差し指を唇に添え宣言し、エストが跳び立つ。
「レディー、『閃光魔法』ッ!!」
そして、グリフォンの目前で閃光魔法を放ったッ!
「ピュイイイイイィィッ!!」
翼の羽ばたきのバランスがおかしくなり、徐々に墜落していくグリフォン。
「落下速度と重さを活かして……ッ! ハアアアアアァァァッ!!」
エストがグリフォンの背中を蹴り落とし、先ほどセツナが斬りつけた首に槍先を立てるッ!
「ピュ——」
グシャリ、という音と共に地面にぶつかったグリフォン。その身体と頭部は綺麗に分断されていた。
「ヒュゥ! やるじゃねぇかエストッ!」
「お見事です、お嬢様」
「すごい……っ!」
オレたちはエストに駆け寄って彼女を称える。
「わっはっはッ! よくやったな! お前たちッ! 特にエストちゃんはよくトドメを刺したッ!」
丈の高い草むらの陰からエイバーさんが拍手しながら現れる。
「さて、それぞれの評価といこうかッ! まずは……お前たち、着地の準備をッ!!」
満足げな笑みを浮かべていたエイバーさんの表情に緊張が走る。
振り向くと、巨大な竜巻がこちらに向かってきていて……!
「く……ッ! レディー、『大上昇魔』——きゃああああぁッ!!」
「お嬢様ッ! く……ッ!!」
「わああああああああぁぁッ!!」
「エンドリィッ! エストッ! セツナァァァァッ!」
ぶっ飛ぶオレたちの名前を叫ぶストレンスは平然と竜巻の中で立っていて。
……ああ、これは魔法によって生み出された竜巻なんだと冷静に認識できた。