第60話 リオン
「……あっ、アリスちゃん!」
「わっ、おはようございます、エンドリィせんぱい」
歓迎遠足も無事に終わった週の休日。
オレが部屋を出るタイミングとアリスジセルが部屋を出るタイミングが見事に被った。
前世だったらこういうのは気まずくてすごく嫌だったが、今はそうでもない。
……が、彼女からしてみればどうだろうか。前世のオレと同じような気持ちになっていなければいいが。
「殆ど同時に部屋から出るなんて凄い偶然だね〜」
「えへへ、そうですね。これがほかのせんぱいとかラビィだったら、いったんへやのなかにかえってましたけど……」
「あはは……」
なんでだよ。相変わらずオレ以外には警戒心が無くなっていないな。オレにだけ……というのに少し可愛さを感じないでもないが。
「アリスちゃんは今からお出かけ?」
「はいっ! きょうはパパがこっちにくるみたいで、いっしょにごはんにいくんです!」
普段は大人びた……というかどこか気怠げな彼女だが、ダイナさんの話になると表情がパァッと華やぐ。
「ふふ、そっか。よかったね、アリスちゃん!」
「はいっ!」
……夢でエンドリィと話した内容が脳裏に過ぎる。彼はあのゼションの悪事を知った上で繋がっていたかもしれない人物なのだが、まあ、自分が育てている子供には酷いことをしないだろう。
アリスジセルはアリスジセルでダイナさんにとても懐いているようだし。
いや、でも、孤児院の施設長って何かしら……というのはサスペンスモノの見過ぎか。
そもそも、エンドリィから与えられた情報でかなりバイアスがかかっている状態で。
ゼションとの繋がりや、彼が悪人云々だというのも確定情報ではない。
食事の際に話した時も冗談好きの陽気なおじさんという感じだったし……。
「……エンドリィせんぱい? どうかしたんですか?」
「え? ああ、ごめんね、ちょっとボーッとしちゃって」
いけないいけない。この子の前で熟考してどうするんだ。
とりあえず、このことを考えるのはやめよう。
「そうですか? ならよかったですけど……そういえば、エンドリィせんぱいもおでかけ、ですか?」
「うん、そうだよ! エイバーさんに稽古をつけてもらうんだー!」
そう、結局オレも弟子入りを志願したのだ。
この身体は多少傷つくかもしれないが……本人も好きにしていいと言っていたし、この世界には回復魔法があるからな。
それに、強くなれば守れるものも増える。
「ゆうしゃさまに……!? さすがはエンドリィせんぱいです!」
「あははっ、そう言われるとくすぐったいよ……おっと、長話してたらお互い遅れちゃうかもしれないね。そろそろ行こうか!」
「はいっ!」
オレたちは手を繋いで階段を降り、エントランスへと向かう。
「──おうッ、エンドリィ……に、アリスじゃねぇか! おはよう!」
「おはようございます! ストレンスさん!」
「お、おはようございましゅ……!」
オレと同じくエイバーさんに弟子入りしたストレンスがエントランスに立っていた。
少し待たせてしまったか?
「その様子だとバッタリ会って話してた感じだなッ!」
「ええ、待たせてしまってごめんなさい!」
「わははッ! いいっていいって! それじゃあ行こうぜッ!」
「──それじゃあ、ぼくはこっちなので……!」
「うん、また後でね、アリスちゃん!」
「気をつけてなぁ〜ッ!」
寮を出て、北門の方へ向かうアリスに手を振る。
「……なぁ、エンドリィ、アリスは大丈夫そうか? まだ俺達と喋る時にも緊張してるからよぉ、少し心配だぜ」
「……時間が解決してくれる、といいんですけどね」
話しながら南門を出ると、見知った顔が目の前で荷物を運んでいた。
「……おっ、リオンじゃねぇか!」
「リオンさん、おはようございます!」
「お、おはよう……」
黒い髪、黒い瞳、真っ白な肌。そして、『魔法封じの首輪』を身につけた十歳くらいの少年。
ストレンスが奴隷だった頃、お腹を空かせた奴隷に食べ物を分け与えていたというのは記憶に新しいが、その分け与えられていた奴隷というのがリオンだ。
「どうだ? 奴隷達に向けられる視線は少しはマシになったか?」
「そ、そうだね。監視員さんもちょっと態度が柔らかくなって、ご飯が増えて……人も前みたいに喧嘩を売りづらくなっているみたい。これも勇者様とストレンスさんのおかげだね」
「よせよ、ひいじいちゃんはともかく、俺はなんもやってねぇからな」
「そ、そんなことないよ。ストレンスさんは奴隷の頃から僕達を助けてくれてたし」
それに、何もやっていないとは言うが、『勇者の曾孫が奴隷として人々を監視していた』という作り話があるおかげで喧嘩を売られなくなっているのも事実だろう。
「あー、なんかむず痒くなってきたなぁッ! 行こうぜ、エンドリィ! リオンも作業頑張れよぉッ!」
「また今度ゆっくりお話しましょう! リオンさん!」
「う、うん、ありがとね……!」
オレたちは頭を下げるリオンに手を振って、王都の南門へと向かう。
「奴隷への待遇がちゃんと変わり始めているようで安心したぜ!」
「ふふ、ストレンスさん、ずっと気にしてましたもんね」
「そりゃそうだぜッ! オレだけ血筋が理由で奴隷から抜けちまってよぉ……」
そもそも軽く暴力を振るったくらいでは奴隷にならないところを、ランブルロックが無理矢理奴隷にしたのだから、ストレンスが気に病むことはないと思うのだが……まあ、共に過ごした月日も長いだろうし、無理もない話か。
「あっ! エンドリィ〜! ストレンス〜!」
「おぉ! 我が愛しき家族よッ!」
馬車の前でオレ達の名前を呼び、手を振る銀髪美女とイケイケの老人。そしてその後ろで恭しく礼をする中性的な使用人。
こう見るとなかなか絵になっているな。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いや、ワシらもちょうど今着いたところだ!」
「ええ、お気になさらないでくださいましっ!」
「むしろ御二方には歩かせてしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえ……!」
エストとセツナはエイバーさんを馬車で迎えに行き、この南門でオレ達と集合する約束をしていたのだ。
「では揃ったところで、早速修行場へ出発するかッ!」
「はいっ!」
「おうッ!」
「気合い十分ですわ〜!」
「……参りましょう。揺れの無いよう心がけますので、快適な移動をお楽しみください」
オレたちはセツナが操る馬車へと乗り込む。
……さて、勇者の修行か。
どんなことをするんだろうな?