第56話 笑顔でいられる方法
寮に帰ったオレは、アリスジセルの部屋の扉をノックする。
「アリスちゃん、入ってもいい?」
「……どうぞ」
「ん、入るね」
扉を開けると、アリスジセルはネズミのぬいぐるみを抱いてベッドに腰掛けていた。
「……となり、どうぞ」
彼女がポンポンとベッドを叩くので、遠慮なく隣に座る。
「ありがとう……ねぇ、アリスちゃん、学校、どうだった?」
「ひとがいっぱいで……きんちょうしました」
「あははっ、そうだよね。入学式だからいつもよりも人が多いし」
「エンドリィせんぱいはきんちょうなんてしないんじゃないですか……?」
「あはは……滅茶苦茶するよ?」
「……ほんとですか?」
「本当だよ。でも、そういう風に見えていないなら、ちょっと嬉しいかな」
疑うようにジトっと此方を見つめてくるアリスジセル。
するに決まってるだろ。何年陰キャやってたと思ってるんだ……って、知る由もないか。
「そう、ですか……ぼくだけがっておもってましたけど、ちがったんですね」
「うん、みんな平気そうな顔をしているように見えているかもしれないけれど、実際はそんなことないんだと思うよ?」
「……でもやっぱり、ぼくはうまくやっていけるじしんがないんです。あのラビィってひと、『ひっきしけん』でいちばんになったのに、ふきげんそうなかおでこわかったですし」
「あはは、ラビィちゃんにも色々と思うところがあったみたいだよ。自分がBランクやCランクの人に点数で優っちゃったから、ガッカリしちゃったみたい」
「なんですかそれ……いみわかんないです。すなおによろこべばいいのに」
「まあ、私もそう思うけれど……そういえばアリスちゃんは筆記試験、どうだったの?」
「ちょうどまんなかでした。かもなく、ふかもなくってかんじです」
「それでも、半分の人たちより点数が上なんだよ? 凄いよ」
「……わっ」
アリスジセルの声で気づく。
オレは無意識のうちに彼女の頭を撫でていたようだ。
「あっ、ごめんね。嫌だったかな……?」
「い、いえ、いやじゃ、ないです。ちょっと、はずかしいですけど……」
アリスジセルの頬がほんのり赤く染まり、目線が逸れる。
「そっか! えらいえらーいっ!」
「あわわ……!」
その様子が可愛らしくて、つい、また彼女の頭を撫でる。
「……エンドリィせんぱい、おもしろがってませんか?」
「そんなことないよ? でも、照れるアリスちゃんが可愛くて、もっと見たくて!」
「……うぅ〜。せんせいがホームルームでいっていました。にねんせいのエンドリィさんはすごいひとなんだって。まほうもできて、べんきょうもできて、ともだちもたくさんいるって」
「……あはは」
他学年でも話が出ているのか。ちょっと恥ずかしいな。
「せんせいはいってました。そんなせんぱいにおいつけるようにがんばってくださいって……でも、ぼくは。すごいな、とはおもいますけど、そうなれるきがしませんし、そうなりたいともおもえません」
アリスジセルがネズミの人形をギュッと抱きしめる。
そうなりたいとも思えない、か……。
「別に、それでもいいと思うよ? アリスちゃんはアリスちゃんなんだから、無理に私の真似をする必要はないんじゃないかな」
「……でも、パパやおにいちゃん、おねえちゃんたちのことをかんがえると、がんばらなくちゃっておもうんです。がんばってともだちをつくって、いいせいせきをとって、みんなのじまんにおもえる『いもうと』じゃないといけないんだって」
「……なるほど、その思いがあるから、しんどいんだね。アリスちゃんは」
「……はい」
「……君がただ笑顔で居てくれるだけで、家族のみんなはそれ以上に望むことはないと思うよ?」
「…………そう、ですかね」
アリスジセルは俯いて、そしてネズミの人形に顔を埋める。
「そうだよ。君のことが大切なら、そう思ってくれているよ……だから、君が笑顔でいられる方法を考えなくちゃね」
「えがおで、いられる……」
「今の状況が続いても、きっとアリスちゃんはしんどいままだと思うから、私と一緒に色々考えてみよう? どうすればキミが楽しく過ごせるか……」
「……ぶっちゃけていうと、ぼくはみんなのもとをはなれて、おうとのがっこうにはいきたくなかったんです。でも、『アリスジセルのせいちょうにつながるから』っていわれて、しぶしぶにゅうがくして。こんなぼくでも、ここでえがおでいられるんでしょうか」
「そうなるように、私も頑張るよ。だから、ゆっくり考えていこう?」
「……はい。え、えっと、それじゃあ、ぼくからひとつ、おねがいごとをしてもいいですか?」
「お願い事?」
なんだろうか? そう言われてしまうと思わず身構えてしまうが。
「いまから『とらんぷ』であそんでくれませんか? その、まずはふたりで……」
「あははっ、もちろん!」
そういうことならいくらでも願ってくれて大丈夫だ。
「えへへ、ありがとうございます……!」
と、いうことで、オレは夕食時までアリスと楽しくポーカーをしたのであった。