第50話 オレとエンドリィ
「……」
──オレは今、薄暗い空間に立っている。
カフェから帰り、ご飯を食べてお風呂に入って、今日は早く寝ようか、なんてベッドに入ったことは覚えている。
すると、ここは夢の中だろうか。
「おっにぃ〜ちゃま〜っ!」
「……!? エンド、リィ?」
ふわり。
そんな効果音が似合うように、薄闇の中から幼女が宙を一回転して現れた。
いつも鏡で見る、金髪碧眼の美幼女。
彼女は何でもない日に着る水色のワンピースを着ていて。
「やっ! ぱんつみえちゃったかもっ! でもっ、おにいちゃまならへいきかぁ! いつもみてるもんねっ!」
「はしたないからそんなこと言わ……ッ!」
──今、オレはどんな姿をしている?
俯いてみると、ネクタイとスーツが見えて。
「……ッ!」
「え〜っ、どうしてかおをかくしちゃうの〜?」
「キミと比べたら悲惨すぎるからだよ」
夢の中、ということもあってか吃音はないようだ。だが、俺の顔がどうなっているか、確認するのも恐ろしい。
「だいじょうぶっ、みるのはわたしだけだよっ! それに、わたしはべつにへんっておもわないよっ?」
当然のように思考が漏れていないか?
……言われて顔を覆う手を退ける。
「はぁーいっ、よくできました〜っ!」
パチパチ、と拍手をするエンドリィ。
彼女の口調はいつものオレよりも舌足らずで幼い印象を受ける。
「それはもちろん、しょうしんしょうめーのようじょですからっ!」
えっへん、と胸を張るエンドリィ。
「はは、そっか……今思えばキミは、歓迎遠足のときからオレを助けてくれていたね」
「えぇ〜、そこからぁ〜?」
「……えっ、もっと前からあったっけ?」
歓迎遠足のときにオレが落下した際と魔力切れになった際に、彼女が表に出てきてくれていたのは間違っていない気がするが。
「うんっ、それはあってるよっ! けどっ、そのもうすこしまえっ! ……りょうにはいったさいしょのひっ!」
「え? あの日はクソしょーもない夢を見た後にケアフとお風呂に入っただけだけど」
「はーいっ、そのりょうほうでーすっ!」
「……前者については、オレにあの夢を『見せた』ってこと? なんであんなどうでもいいところを」
「はいはーいっ! せいかいでーすっ! えへへっ、さいしょからみせたほうが、わかりやすいかなっておもったけどー、いまかんがえたらたしかにどうでもよかったねーっ!」
……最初から『シー』さんにアタリをつけてたってことか。
「え? だっておにいちゃまとそこそこはなしたおんなのひとってあのひとしかいなくない?」
「…………」
「あっ、ごめんねごめんねっ? きずついちゃった? わたしのこときらいにならいでねっ? わたしはおにいちゃまのことだいすきだよっ?」
「……このくらいで嫌いにはならないけれど」
エンドリィがふわりと浮いて近寄ってきて、オレの頭を撫でる……なんか恥ずかしいな。
「それで、お風呂の方は? あのときはケアフの裸を見ても何も感じなかったし、特に何も──」
「はいっ、そこでーすっ! わたしが! おにいちゃまを平常心にしてあげてました〜っ!」
……ちょっと待て。感情のコントロールもできるのか?
「げんどはあるけどねっ!」
「……水着のエストを見たとき、『わたしだっておおきくなったらこんなからだに──』とか謎の対抗心が湧いたのってキミの仕業?」
「しわざっていうか、わたしだってあのくらいの『ないすばでー』になるしっ?」
腕を組んで頷くエンドリィ。やっぱり女の子なんだな。それにしても……。
「キミの心が強く出たってことか。これじゃ、感情さえどちらのものか……」
「きほんてきには、おにいちゃまのものだよっ! たまにわたしの『どくせんよく』とか『しっと』がでちゃうけど!」
「独占欲って……ゼションを思い出して嫌だなぁ」
「あんなこじらせたのといっしょにしないでよっ! わたしのはもっと、じゅんすいで、かわいらしいのっ!」
「あっ、ごめん……嫉妬って、クトレス家でユーティフルと一緒に寝たときに『わたしのほうがかわいい』って気持ちになったあれ?」
「そうだよっ! おしきられちゃったけど……ねぇっ、やっぱりわたしのほうがかわいいよねっ? ねっ?」
上目遣いでこちらを見てくるエンドリィ。
まあ、それはたしかに悪いことをしたが……。
「いや、流石にあの時のユーティフルの可愛さには負けるよ。だってアレ尋常じゃなく可愛かったから」
「がーんっ! すっごくかなしぃ……! かなしすぎてつぎに『そと』にでたらなにするかわかんないかもっ!」
「怖いこと言わないでよ……というか、今と逆になることはできないの?」
「ぎゃく?」
「いつもはキミの人格で、何かあったときはオレが出る、みたいな……身体は間違いなくキミのものなんだから」
「うーん、できない、かな! ……からだはわたしの、とか、きにしなくていいんだよっ? おにいちゃまのすきにしていいんだからっ! わたしをいちばんすきでいてくれたらっ!」
……そう言われても。
「そもそもわたしは、ものごころついたときから『そと』にでないがわだったから、こっちのほうがおちつくんだよ?」
「……そっか」
「……わたしはね、ものごころついたときから、おにいちゃまのぜんせのきおくをよんでたの」
オレの、記憶を?
「それは……ごめん、つまらなかったよね。時間を無駄にしたよね」
「ううんっ、おにいちゃまのじんせい、おもしろかったよっ!」
「……それじゃあ他の人の記憶はもっと面白いよ。オレなんてどこにでもいる平々凡々なサラリーマンだったから」
アスリートや科学者の記憶だったらどれほど面白かっただろうか。
「うーん、そうなのかなぁ?」
「そうだよ。オレの記憶しか読んだことないからそう思うだけさ」
「でもっ、わたしはほかのひとのきおくなんて、しりようがないし……おにいちゃまのじんせいがいちばんなんだよっ?」
「それは……ごめん」
「もうっ、なんであやまるのっ?」
「……オレにもっと何か特技があれば、ソレを活かしてこの世界でも凄いことができたかもしれない。そうすれば、もっとキミを楽しませてあげられたのに」
「……」
「……オレは今世、キミの身体で、キミの可愛さだけを頼って生きてきた。前世の経験なんて、なにも」
「ううん、おにいちゃまのぜんせはむだなんかじゃないよ。わたしのかわいさだけじゃ、こんなにともだちはできなかった」
……友達。
「おにいちゃまがさりげない『きづかい』ができて、やさしくて、ほんがすきで、せきにんかんをもっているから、みんながこころをひらいてくれた」
「そんなの、他の誰にも当てはまることじゃ……」
「……ねぇ、おにいちゃま、ゼションがてんせいしていなかったら、このせかいでわたしは、どういきてたとおもう?」
ゼションが転生していなかったら? そりゃあ、今みたいに普通に友達を作って。ゼションがいないから平和に過ごせていたんじゃないか?
「……わたしはきっと、『ユアーレディーゴー!』をつかって、やりたいほうだいにいきてたとおもう。むかつくことをいってくるカインやユーティフルのことは、ころしちゃえって、おもってたんじゃないかなって」
「……考えすぎだよ」
殺す、だなんて舌足らずに物騒な言葉を言うものだから、思わず苦笑が漏れる。
「だって、おにいちゃまがやること、いみわかんないんだもん。なんでそんなことができるのって、おもってる。じぶんがあぶないめにあうくらいなら、みすてたほうがいいのにって」
「……」
「ゼションが『じょうしょーまほう』をつかったときだって……わたしのためだっていうのはうれしいけど、とってもしんぱいしたんだよ? せっかく『ユアーレディーゴー!』をかしたのに〜! って!」
「……そうだね」
愚かな行いであったことは間違いない。
死んだら元も子もないんだし、それでエスト達を巻き込んでしまっていたらと考えると恐ろしい。
もしストレンスやエイバーさんが来てくれなかったら……。
「そうそう、ぶっちゃけさー、ゆうしゃとストレンスのかつやくにぜんぶもっていかれちゃったよねー……」
「もしかすると……ランブルロックにはこの未来が見えていたのかもしれないね」
「もしそうなら……おにいちゃまのやさしさすらランブルロックのてのひらのうえってかんじでやだなー」
「それならそれで構わないけれどね……」
「そんなおにいちゃまだから、ともだちいっぱいの、たのしいいまにたどりついたんだろうねぇ……とうといなぁ」
エンドリィが両手で頬を押さえながらとろんとした目つきで言う。
「……ははっ、尊いって」
「……もうっ、ほんとうにおもってることをいってるだけだよっ!! わたしはおにいちゃまのことがだいすきなんだからっ! それをちゃんとうけとってっ!?」
「大好き、か……はは、ありがとう」
「……おにいちゃまは、わたしのことすき?」
「好きだよ。オレからすればまだ存在を知って数週間だから、キミの好きの大きさには至らないかもしれないけど」
「……むぅ、おなじくらいすきでいてほしいのに」
ソレは無理がある話だろう。キミからオレへの認知の時期とオレからキミへの認知の時期が違うのだから。
「……むぅ、おなじじきにおたがいのことをしってたら、きっとわたしたち、らぶらぶだったのに」
「……そうだね」
物心ついた時から四六時中一緒にいる、幼馴染よりも更に深い、半身とも言える関係だ。きっと、互いになくてはならないものになっていただろう。
「……わたしにとって、おにいちゃまはもうなくてはならないものだけど、おにいちゃまにとってはちがうの?」
「……正直、まだ実感が湧かなくて」
「……かぜぞくせいまほうと、『ユアーレディーゴー』、きゅうにつかえなくしちゃおうかなー? もじだって、きゅうによめなくなるかもしれないよ〜?」
……特殊能力はともかく、一つ目と三つ目は死活問題だ。
「ふふっ……ねっ! ねっ! わたしのこと、ひつようでしょ〜?」
エンドリィがオレと鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づいてくる。
「それは脅しと言うんだよ。対等に想い合う関係だと言えるかな?」
「それはもちろんっ? おにいちゃまとはそういうかんけいでいたいよっ? でもっ、おにいちゃまがほかのだれかをすきになるくらいなら、おどしてでもしばりつけないと……!」
「さっき純粋で可愛らしい独占欲だとか言ってなかった?」
「えっ、わたしなにかまちがえてる?」
「……うーん、まあ一旦このままでいいや。オレだって、完全に自分のものじゃない身体で恋愛しようだなんて考えてないからね」
「えへへっ、そっかぁ! うれしぃっ!」
鼻と鼻をくっつけた後、エンドリィはオレの周りをクルクルと回る。
「……ねぇっ、おにいちゃま! これからも、おにいちゃまがつむぐものがたりをみせてね?」
「……わかった」
キミがそう望むのなら、オレはオレの全霊を尽くそう。
「……でも、ぜったいにほかのひとをわたしよりすきになっちゃだめだからねっ!」
「わかったよ」
「ユーティフルも、だからねっ!」
「…………」
「ちょっと、なんでだまるのっ! おにいちゃまっ!」
「冗談だよ」
ユーティフルがあんな感じなのも、きっと今のうちだろう。
「……おにいちゃまには友達がたくさんできたけれど」
背中をくすぐる感触。そして、エンドリィに抱きつかれる。
「わたしにはおにいちゃましかいないんだよ♡」
耳元でそう囁かれ。
「……ぜったいに、わすれないでねっ! おっ、ねっ、がっ、いっ! それじゃ、またねっ!」
頬に口付けをされる。
その感触を手で触って確かめようとするも、もう腕は動かなくて。
「……はっ!」
気づけば寮の自室のベッドで目覚めた。
「……はぁ」
──前世からの因縁の相手をどうにかしたと思ったら……そもそもオレはとんでもない幼女と同居していたらしい。
エンドリィ・F・リガールと黒き願い 了
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これにて第一部完結、一区切りとなります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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もしお時間がありましたら、この区切りを機会に評価、感想等をいただければそれ以上の幸せはないと存じます。
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