第47話 エイバー・SS・ウーパー
「う、ぐううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!! ……は、はははッ! エンドリィ! エンドリィッ!! 勇者とも友達だったのかいッ! ここまでくると笑うしかないよッ! くくくッ、あはははははははははははッ!!!!」
ゼションの左腕が飛んで。
彼は心底おかしそうに、狂気的に笑う。
自分に依存させたがっていた人物がここまで広い人脈を見せてくると、そうなってしまうのかもしれない。
問題はオレが特に何も考えていなかったことだが。
勇者って……勇者ってことだよな?
ああ、ダメだ。頭が混乱している。本で読んで憧れていた伝説の勇者が、公園でよく話していた老人だったなんて!
いや、最初は見窄らしい姿だったのが実は、というのは考えてみれば物語では定番の話だが……!
いざ自分が体験するとなると、本当にそんなことあるんだぁ、と放心状態になる。
「どうした? もう終わりか? ハァッ!!」
「う、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
エイバーさんがゼションの右腕も切断し、ボトリと落ちたソレを足で蹴って、左腕の近くへと転がす。
「はぁ……これで『最強』か。世界は平和になったものだ」
「あはは……」
いや、エイバーさんが強すぎるだけだと思うが……えっ、五十年くらい前はこんなにレベル高かったとか、そういう話?
「……ッ! レディーッ!」
「ッ! 闇属性を含めた極大級の全属性混合魔法が来ますッ! 気をつけてッ!」
「むッ! そうこなくてはなッ!」
頭に来ているのだろう。ヤケになったゼションが『極大真全属性混合魔法』を宣言した……これによってみんなを苦しめた『重力魔法』は解除されたはずだ。
……オレの言葉を受け、エイバーさんが後方へと飛び退く。
「レディー! 『光属性付与魔法』ッ!」
そして、付与魔法を発動し、光属性を剣に宿す……前世では馴染み深い概念だし、この世界にも存在するのは知っているが、戦闘において実際に見るのは初めてだ。
……エイバーさんが失敗すればオレもタダでは済まないだろうが、憧れの勇者の活躍を間近で見られるという誘惑に耐えられず、特殊能力によって魔法を発動しないことに決めた。
「……はぁ。よっと」
苦い薬を飲んでグロッキーになっていたストレンスが起き上がり、オレの前に立つ。
「あっ、ちょっと! 見えません!」
「あぁ!? 万が一にもお前が怪我しねぇように壁になってやってんだろうが!」
「……あ、そうでしたか、すみません。でも、伝説の勇者の活躍、見たくって!」
「まあ、気持ちはわかるぜ。じーちゃんになってもあんだけ強ぇとか憧れるもんなッ!」
振り返ってニカッと笑う表情はまさしく純粋な少年のソレで。どうして彼が奴隷であるのだろうかと改めて憤りを覚える。
「『極大真全属性混合魔法』ッ」
「くるぞッ!」
「ハアァァ……! 『光我塵閃刃』ッ!!」
剣身を目前に掲げ少し溜めた後、幾度も幾度も剣を振り乱す。
素人目から見るとメチャクチャに斬っているように見えるが、黒い閃光は虹色の光へと変わり、そして解けるようにそれぞれ火、水、土、風、光、無に分かれていき消滅していく。
「最終……閃ッ!!」
エイバーさんが横薙ぎに剣を振ると、光の一閃が飛び、ゼションの両脚を切断する!
「ぐ、うおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!! レディーッ!!!」
血を噴き出しながらボトリと地に落ちたゼション。その瞳がまだ起き上がれていない騎士団員や教員たちの方を向くとともに、彼は再び『極大真全属性混合魔法』を宣言した。
「……ッ!」
オレは咄嗟に左手を天に掲げ、『大真全属性混合魔法』を発動する。
「……はッ!? お前もなかなかすげぇことやってんじゃねぇかエンドリィ!」
そういえば彼が来てからは発動していなかったな。子供らしいワクワクキラキラとした目でオレを見るストレンス。彼には幸せになってほしいが……そもそも今回の件って脱走扱いになるんじゃ? え、大丈夫なのか!?
「ふむ、他者の宣言を自分の宣言に変える能力も持ち合わせている、か……まあ、エンドリィちゃんなら大丈夫だろうッ! わっはっはッ!」
その能力の強大さにエイバーさんが一瞬顔を顰めるが、『大丈夫』判定をされた……良かった。
「……レディー」
騎士団員に囲まれたゼションが『極大瞬間移動魔法』を宣言する。往生際の悪い奴だッ!
「……させません!」
オレはゼションの前に瞬間移動をする。
「……ゼションさん。いいえ、『シー』さん」
「……なんですか。もう魔力は残っていませんよ」
ジッと湿度のこもった目で此方を見るゼション……正確に言えば今は『シー』さんに話しかけているのだが。
「VRトーク、急にやめてしまってすみませんでした。アナタとの会話は心の拠り所になっていましたよ。嫌だったワケじゃないです」
「わかってますよ。貴方は飽き性で変に思い切りがいいから……そのくせコンビニ店員に優しくされて鼻の下伸ばしてるし」
「やっぱり見られてたか……本当に疑問なんですけど、なんでこんなオレのことが好きになったんですか?」
「さっき部屋で言ったでしょう? 可愛いと思ったからです……優しさがストレートに伝わらない感じが、惨めだったから」
「……」
「よかったですね、今世では貴方の優しさは素直に受け止められます。お友達もたくさんできたじゃないですか」
「……ええ」
「どうしたんですか。浮かない顔をしていますけど」
彼女が知る由はないが、結局、この身体はオレのものではなくて。それじゃあオレは……。
「いや、前世で、貴女に愛されていたことを知れたらよかったなって」
咄嗟に出た言葉だったが、これもオレの気持ちとして正しい。
あのときは愛を信じられず、そのくせ渇望していたから……彼女が普通にオレの前に現れてくれていたら、と思ってしまう自分がいて。
「……満たされている貴方は、解釈違いですから」
「……厄介オタクみたいなこと言いますね」
「ふふっ、実際そうだったんでしょうね……だから私と貴方は最後までわかりあえなかった」
「……そうですね。じゃあ、そろそろ」
「ええ。さようなら、今世こそお幸せに」
「前世も不幸ではありませんでしたよ。不運ではありましたけど……さようなら、己の罪と向き合ってくださいね」
今世の罪はもちろん、前世の罪も。
……前世の両親はきっと深く傷ついてくれただろう。ぶつけどころのない怒りに震えていてくれたことだろう。人の傷をこう呼ぶのはいけないことだが、そうだろうと思えることはオレが『幸せ』であった証で。
……オレたちの会話を不思議そうに聞いていた騎士団員にお辞儀をして、エイバーさんたちのところへと戻る。
「──エンドリィッ! 無事でよかったですわっ!」
「わっ!」
エイバーさん達と談笑していたエストがオレに抱きついてくる。
「……ああ、その腕、治さないといけませんわねッ!」
エストがオレの右腕を持って肩に固定し、回復魔法をかける。
「レディー、『中風属性回復魔法』ッ!」
手を握ったり開いたりして動作を確かめる。
……よし、バッチリだ。
「あ、ワシが治したかったのに……」
「伝説の勇者様が子供みたいなことを仰らないでくださいましっ!」
「わははっ!!」
エストが苦笑し、ストレンスが声をあげて笑う。
「……あの、エストさん」
「どうしましたの、エンドリィ?」
「私、さっきの闘いのとき、急に特殊能力に気づいたんです……だから、その、えっと」
言葉に詰まる。その先を考えずに喋ってしまったからだ。
「……大丈夫、変に疑ってもいませんし、落ち込んでもいませんわ! ただ鍛錬を続けて強くなるのみッ! もしかしたらワタクシも、突然特殊能力に目覚めるかもしれませんしっ!」
エストがパンと音を立て手を合わせる。
……それは流石に可能性が低いんじゃないか。
オレの場合は『本来のエンドリィ』に貸してもらっているというレアケースだし。
「わっはっは! 特殊能力なんてなくても強くなれるぞッ! なんたってワシも無能力だからなッ!」
「「「……え?」」」
エストとストレンスとオレの声がハモる……無能力?
「あの、おじいちゃん……魔法を斬ってたアレは?」
「ああ、アレは魔法という力の流れを上手いこと断ち切って元の魔素に戻しているだけだッ!」
……は?
ちょっと何言ってるかわかんない。
「女神様の剣だから……とかではないんですの?」
「なーにが女神様の剣だ! これは友がワシのために打ってくれた剣よッ!」
……カインにこの事実を知らせたい気もするし知らせない方がいい気もするな。
「なあ、オレにも稽古つけてくれよッ!」
「今の奴隷にそこまでの自由はないだろう……それに、ワシはもう弟子を取っていない」
「……あっ、おじいちゃん。あの指輪、ありがとうございました。おかげで助かりました!」
オレが左手を掲げたとき、指輪に嵌められた白い宝石が少しひび割れているのが見えた。
きっと、『極小真全属性混合魔法』をくらった時に闇属性を抜いてくれたのはこの石の力なのだろうと推測していた。
「……そうか。本当は用途がわからないままが一番だったんだがなぁ。だが、エンドリィちゃんの助けとなれて嬉しいぞッ! ワシは今度こそ家族を護ることができた!」
「家族って……」
あまりにも恐れ多い。
そういえば、勇者の妻子って、魔王の特殊能力のせいで死んだって話だったよな?
「……その件でお話があります。エイバー様」
ランブルロックが足早にオレたちの輪に近づいてくる。
「お前は……ランブルロックか。老けたなぁ!」
「お互い様です。貴方に仕えたのは僅かな期間でしたが覚えてくださっていたのですね」
ランブルロックが感慨深そうに胸に手を当てる。
「ああ、覚えているとも、あの時は幸せの絶頂期だったからな! ……アイツに妻子を暗殺されるまでは」
……え? 暗殺? 話が違うぞ。
「あの、勇者の奥さんとお子さんって魔王の……」
「アレはワシの妻子を暗殺した政敵が広めたデマカセだ」
「政敵って……」
「魔王を倒し、国の要職に招かれたワシだったがな、勇者の影響に恐れ慄いたのか……そのときは証拠もなく、十数年経ってからその噂が広がって見当がついたんだが」
「……エイバー様、『妻子を殺された』というのは誤りなのです」
「……どういうことだ?」
「……貴方の息子様は無事だったのです。奥様は息子様を守り切った」
「……なんだと?」
勇者の息子が生きている、だって?
「……そして、その息子様を、私は託されたのです」
「お前……そんなこと一言もッ!」
「ご存知の通り、私の能力は『未来予知』……そうしなければ世界が滅びる未来が見えたのです」
「……なん、だって?」
未来予知……強力な能力だ。
世界の命運を握るだなんて、重すぎる責任だけれど。
「そうして私は、息子様を孤児院に預けました……彼は巨人族の女性と結婚し、子宝に恵まれた。今ではエイバー様、貴方の曽孫も存在するのです」
「なんと、いうことだ……! アベルは、アベルは今何という名で生きているのだ!?」
「『アトレス・C・クーライン』でございます」
「……は? んだそれ、ありえねぇ! どういうことだよランブルロック先生ッ!!」
今まで黙って話を聞いていたストレンスが声を荒げる……どうしたんだ?
「『アトレス・C・クーライン』は、俺のじーちゃんじゃねぇか!!」
「……え。えぇぇぇッ!?」
「おいどういうことだッ! 何故ワシの曽孫が奴隷になっているッ! それも未来視かッ!?」
「ええ、そうしなければならなかったのです。申し訳ありませんでした。ストレンス様……この日と、そこから続くこれから先の未来のため、貴方達家族には苦痛の日々を過ごさせてしまった」
……『この日』と? ランブルロックはゼションが捕まる未来を予知していたということか?
「……んだよッ、ソレッ!」
「ふざけるなッ! ワシがこれまでどんな想いで生きてきたかッ! この国はどれだけっ、どれだけ……ッ!」
「申し訳ありません……!」
頭を下げるランブルロック。
オレとエストは……いや、当事者である二人も何も言えないまま、しばらく重い時間が続いた。