第46話 ストレンス・G
「は、はは、エンドリィ……奴隷にも友達が居ただなんてね。その交友関係の広さに改めて、反吐がッ! 出るよッ!」
モノクルが地に落ち、ソレを二度踏みつけるゼション……駄々をこねる幼子のようだ。
「反吐が出んのはこっちの方だってのッ! 大の大人がチビガキいじめやがってよぉ……! Sって別の意味のこと言ってんのかよ」
ストレンスの歯軋りの音が聞こえる。彼がいじめという事象に敏感なのは無理もない。
「奴隷がほざくなよッ! レディー!」
「ストレンスさんッ! 『極小火属性魔法』が来ますッ!」
「ああ!? んなことわかんのかよッ! だが、俺にゃ、関係ねぇッ!!」
「……ッ! 極小火属性魔法ッ!」
己の元へ真っ直ぐ走ってくるストレンスに困惑しながらも、ゼションは魔法を放つ。
「魔法魔法って……うるせぇんだよッ!!」
火属性魔法がストレンスに命中するが、彼は怯まず……!
「はぁ……!? 馬鹿だから痛みに鈍いのかッ!?」
「あぁッ!? お前ッ! 何を見て判断しやがったァ!? ゴラァッ!!」
「うぐ……ッ!!」
ストレンスの拳が今度は腹に辺り、ぶっ飛ぶゼション……この状況でも『重力魔法』が解けないというのは彼の集中力によるものなのだろうか?
「巨人族だから馬鹿そうだってか!? ふざけんのも大概にしろよッ!」
「……実際馬鹿じゃないか。こうやって突っ込んで来てさぁ! レディー!」
「ッ! 闇属性魔法がきますッ! ストレンスさんッ!!」
もう一発追撃しようとしたストレンスが走りながら拳振り上げようとしたその時、ゼションが『極小闇属性魔法』を宣言する。
さっき闇属性魔法を使わなかったのはブラフだったか!
「関係ねぇって……言ってんだろうがあああああぁぁぁぁぁぁぁッ」
「え……!?」
「がッ!」
闇属性魔法はたしかにストレンスの顔に命中した……が、彼は止まらず、ゼションの顎を殴り上げるッ!
……は? 掠れても即死の闇属性魔法だぞッ!?
「じょ、冗談だろ、コイ──」
「お前の顔を冗談みてぇにしてやるよッ!」
ストレンスはゼションに馬乗りになって両手を高く振り上げる。
「俺はぁ! マジでぇぇッ!!」
鈍い音が周囲に響く。
「……マジで、なんですか?」
「あぁ? 考えてなかった。ただの気合入れだからよぉ……強ぇからァ! とかでいいんじゃねぇの?」
いいんじゃねぇの? って……自分が言ったことだろ。
……って!
「ストレンスさん! それ以上殴ると死んじゃいますよッ!」
ストレンスは尚も殴打を続ける。
「あぁ!? 俺はヴィジョンで見たぜッ! コイツが人を殺すところをよぉッ!! さっきだって、俺じゃなきゃ死んでただろうがッ!! コイツの命を護らなきゃいけねぇ道理なんてねぇッ!!!」
「道理って……! 私はこんなヤツのために貴方に罪を背負ってほしくないんですよ!!」
「……俺は奴隷だ。元々名誉もクソもねぇッ! 罪を背負うにゃ打ってつけじゃねぇかッ!!」
「そんなことありません! 私は貴方に自由になってほし──ストレンスさんッ!」
「お?」
「れ、レディー……」
「まだ生きてやがったかッ! 何かやるってんなら受けて立つぜぇッ! 来いよぉッ!!」
「……ッ!」
ゼションが宣言したのは『|極大火水光闇混合回復魔法《キーロファイアウォーターライトダークヒール》』……なんだよソレ! こんなの、オレが発動するにしても誰に向けて発動すればいいんだッ!?
……闇属性魔法も平気だったストレンスなら!
いや、でも彼の能力の詳細も知らないのに危険すぎるッ!
「ソイツ、回復するつもりですッ! 気をつけてッ! ストレンスさんッ!!」
「『|極大火水光闇混合回復魔法《キーロファイアウォーターライトダークヒール》』……!」
「まだ殴れるってことだ……なッ!?」
ゼションは回復するや否やストレンスの股間を蹴り上げた。
悶絶するストレンスと距離を取るゼション。
思わず自分の股間を押さえてしまう……が、そんな事より!
「てめええええええぇぇぇぇッ!」
「待って! ストレンスさんッ!」
ストレンスが叫びながらゼションに殴りかかるが……。
ゼションは毒薬の瓶の蓋を開けており……!
「う、ぐ……ッ!? なんだッ! これッ!?」
ストレンスの顔面に毒液がぶちまけられる。
「それ、毒ですッ!」
「毒、だとぉ……!? 卑怯な手を使いやがっ、てッ!」
膝から崩れ落ちて地に伏すストレンス。
「闘いに卑怯もクソもないんだ……よッ! その毒、強烈だろ? 常人なら五分もかからず死ぬんだってさ」
「う、ぐ……ッ!」
ゼションに蹴られたせいか、それとも毒のせいか、ストレンスが身悶える。
「ストレンスさん……ッ!」
五分以内に死ぬ……!?
それじゃあ、ゼションとの闘いをそれまでに終わらせなければ……!
「さあ、エンドリィ、邪魔者はいなくなったし、続きといこ──」
ゼションが大袈裟に周囲を見回しながら高らかに叫ぼうとして、その表情が歪む。
オレも目線の先を追うと……。
「エンドリィちゃんッ!!」
公園で出会ったおじいちゃんが人の間を通って此方へと走ってきていた。
「……だからなんで重力魔法が効かないんだよ」
ゼションが大きくため息を吐く。そんなのオレも聞きたいよ。
「すまんなぁ、行ったことのない場所だから瞬間移動が使えなくて……時間が掛かってしまった!」
「いや、おじいちゃん、何者……!?」
「ワシか……? いや、ソレよりもそこの坊主はどうした!?」
老人が持っている剣でストレンスを指す。
……なんか、貴重そうな雰囲気が漂っている剣なんだけれど、それよりも!
「毒液を飲まされて……!」
「なにッ!? 毒か……! レディー!」
老人が『取出魔法』を宣言する……まさか、解毒薬が出てきたりとか、そんな都合の良い展開はないよな?
「『取出魔法』ッ! ……ほれっ! 『解毒薬』だッ! その小僧に飲ませてやれッ! その腕も後ですぐに治してやるからな!」
「は、はいっ!」
……あったんだけど!
「大人しく飲ませるとでも思──」
「やかましいッ! お前の相手はこのワシだッ! ワシの可愛いエンドリィちゃんに穢らわしい手を出しおってッ!」
「は? エンドリィは僕のなんだけど」
どちらのものでもないです。なんて心の中でツッコミながら解毒薬瓶の蓋を開けストレンスに少しずつ飲ませる。
「ぶはっ! これ苦ッ! にげぇ──」
「大人しく飲んでくださいッ!!」
文句を垂れるストレンスの口に容赦せず解毒薬を流し込みながら、老人たちを見る。
「老いぼれなんだから自分の寿命を大事にすればいいのに……」
「ほざけ小僧がッ! これから先もずっと大事にするわ。お前如きにワシは倒せんよ!」
「あ? 僕は『最強のSランク』だぞ?」
「何が最強だ。見せてやろう、本物の強さを」
「はっ、それじゃあお手並み拝見といこうかッ! レディー!」
宣言されたのは『極大火光混合魔法』……オレは特殊能力による魔法を発動すべきなのだろうか!?
「『極大火光混合魔法』が来ますっ! おじいちゃんッ!」
「なっ……!? エンドリィちゃん、キミ、『魔法名検知』が使えるのか!?」
「似たような能力です! というか、前を向いてくだ──ッ!」
「『極大火光混合魔法』ッ!」
なんだか危なっかしいぞ、この老人!?
なんて思っていたら魔法が飛んできて。
「ふん」
老人は飛んできたソレを見て鼻で笑うと片手で軽く剣を振るった。
すると、絡まり合う炎と光は解けていき、老人に辿り着く頃には粒子となって消えていて……。
「……え」
いや、何が起こった?
ただの軽い剣の一振りで、魔法が……消えた?
「……は? な、なんだよ、何者だよ、アンタ!?」
ゼションが驚愕の表情で老人を見る。
「……なぁ、これは闘いなんだぞ? 命ぁ取るつもりでこいや」
「き、極大級魔法だぞッ!? ソレをあんなッ!」
「……はぁ、エンドリィちゃん、あまり言いたくはないが、最近の若者はこんなのばかりなのか?」
いや、その人この国で一番強い人です……って言うと呆れられるのか?
「私みたいな若者もいますよっ! おじいちゃん!」
……ここは冗談でお茶を濁しとこ。
「わははっ、そうだなそうだなっ!」
「何をワイワイと……レディー!」
「『極大闇属性魔法』が来ますっ! おじいちゃんっ!」
「『極大闇属性魔法』ッ!」
「わははっ! そうそうっ! こういうのを待っていたッ! それにしても、こうやって宣言された魔法名を言ってもらうとッ! 妻達と一緒に闘っていたときのことを思い出すなぁッ!」
豪快に笑いながら老人は剣を両手で持ち、三回軽く振るう。
すると、闇属性魔法が見る見るうちに消えていって!
……凄い、闇属性魔法に対してもさっきと同じようにできるんだ!
こんなの見たら剣に憧れを……あれ?
似たような台詞を、いつか言ったような……。
「小僧、ワシが何者か聞いたな? 答えてやろうッ!」
老人が剣先をゼションに向ける。
「ワシは……『エイバー・SS・ウーパー』だッ!!」
エイバーと名乗った老人はゼションに突っ込んでいき、彼の左腕に斬りかかるッ!
ん……?
エイバー? SS……ウーパー?
……伝説の、勇者!?
「え、ええええええぇぇぇぇぇぇッ!?」