第42話 ゼション・S・オブトーカー
「……ふふ。うっふふ! 気づいてくれたんですか! 『ノリタマ』さん!」
窓に叩きつけられたにも関わらず、此方に笑顔を向けるゼション。
「……やっぱり、そうなんですね」
「ああっ! 気づかれてしまったという気持ちと、気づいてくれて嬉しいという気持ちが混ざって複雑な心境ですよっ!!」
その口調は、前世『VRトーク』で話した『シー』さんのようで。
「……どうしてアナタもこの世界に!」
「うふふっ、その前に私から一つ、質問を投げかけてもいいですか? どうして、私が『シーと名乗っていた人物』だとわかったんです?」
「証拠としては不完全なので疑いの範囲でしたし馬鹿らしいとも思いましたが……仕草です。『シー』さんの仕草とゼションさんのソレが似ていました」
「あらあら、フルトラッキングがアダになった形ですね……アレ、高かったのに。仕草って、なかなか変えられないものですね」
「……」
「でも、アナタにとっては七年以上前のこと。よく覚えていましたね? ああ、やっぱり私たち、想い合っているんですよッ!!」
ほざけ。夢を見たことで思い出しただけだ。
「……その想い合ってるってなんなんですか? ユーティフルが言っていましたよ。オレが彼女と話しているとき、アナタからの好感度が著しく下がったって」
食事会のときにユーティフルが怯えてたのはコレが原因だ。
「もうっ、他の女の話はしないでくださいよーっ!」
腕を振り上げてゼションは言う。
「……ッ! 『VRトーク』では何気ない話をしただけじゃないですか!」
「あら? その様子だと、気づいてないんですか? ……いや、自意識過剰だと思って切り捨てているだけですかね?」
その言葉に、オレのもう一つの疑念は確信に変わる。
「私を……いや、オレを殺したのはアナタなんですね?」
「……それと?」
「……オレはその存在すら全く気づいていませんでしたが、アナタはオレのストーカーだったんです」
「大正解ですっ! 凄いっ!」
パチパチと拍手をするゼション。今はなんだかその音にすら腹が立ってきて。
「……そんな馬鹿なことがあるかッ! 何が楽しくてそんなことをしていたんです!? オレなんてただの陰キャで、なんの取り柄も無くてッ!」
「ふふ、そうですね。ですが、そういうところが好きなんです」
「……ッ!」
そこは否定してくれよ、という考えが過らないでもなかったが、陰キャは陰キャなのでそれは置いておくとして。
「キッカケは些細なことでした。大学でアナタが私の落とし物……ハンカチを拾ってくださったんです」
「同じ大学……だったんですか?」
「ええ、それすら知りませんよね。覚えていませんよね。アナタの一つ上の学年だったんですよ?」
人差し指を立てるゼション。
大学なんて何人が通っていると思ってるんだ。覚えてられるか。
……ハンカチの件も、記憶にないな。
「オドオドして、『落としましたよ』とただ声をかけるだけなのに言葉が詰まって、私を見ているようで見ていなくて……そういうところが『可愛いな』って思ったんです。友達は気持ち悪がってましたけど」
その挙動は間違いなくオレだ。最後の言葉は余計だろ、傷つくぞ。
「……そんな些細なことがキッカケで」
「我ながらアホらしいと思いましたよ? ただ、いざアナタを追い始めたら、どんどん夢中になっていって、好きだって気持ちが溢れてきて……気づけば七年の時が経っていました」
そんなに……? オレはオレでよく気づかなかったものだ。まあ、こんな自分にストーカーだなんて、考えもしなかったからな。
「アナタからオレへの好意はわかりました。けど、オレからアナタになんて」
「え? だってアナタ、私以外にお話する女性なんていなかったじゃないですか」
「……いや、それはそう、ですけど」
女難の相を指摘した占い師を一瞬で偽物扱いするくらいには女性との関わりが一切なかった。
……今思えば彼の言ってることは間違っていなかったんだな。
「職場の女性とも上手く関われない、女友達どころかそもそも友達が片手で数えられるくらいしかいない……そんなところに現れた私は天使のように見えたことでしょう!」
「…………」
別にそんなことはなかったが。そもそも性別なんか意識してなかったし。
「アナタがよく話す女性は私だけなんです。したがって、アナタは私が好きなんです。深層心理的にはもう好きになっていたんですよ」
なにが『したがって』だ。論理が破綻しているぞ。
……コイツがまともじゃないことはわかった。
「……そろそろ、オレの質問にも答えてくれませんか? どうしてアナタもこの世界に?」
「どうしてって……運命ですよ。二人ほぼ同時に死んで、この世界にやってきたんです」
「同時に……」
最期に聞こえた呻き声とあの血の温もりは勘違いではなかったようだ。
……だが、同時に死んで転生したというなら、オレはゼションと同い年じゃないとおかしくないか?
「……アナタの疑問はわかります。私はこの世界で正しく生まれて、アナタは魂だけの状態でこの世界に辿り着いたんです」
「魂だけの、状態……?」
「詳細を話すと長くなるので手短に……私は十数年もの時を経て、魂を身体に移す魔法が使えるようになりました」
「ソレを自分の親戚の娘に使ったと……?」
「ええ、そうですねっ、お腹の中にいる胎児にアナタの魂を押し込めました」
手を叩いて楽しそうに笑うゼション。
……いや、笑えない。
「少なくともこの世界では胎児にも魂はあるとされています……『元々のエンドリィ』はどうなったんですか?」
「さぁ……? 上書きされて消えちゃったんじゃないですか?」
「よくもそんなことを軽々しく言えますね!」
オレが入ってきたせいで、『元々のエンドリィ』が消えた……? そんなの、コイツとオレで殺してしまったようなものじゃないか!
「ま、そんなことはいいじゃないですかっ。それよりも私、興奮しましたよっ! 私が男として生まれたらアナタは女の子として生まれてっ! これは運命だと思いました! ……あっ、仮に男同士でも私は構わなかったんですけれどねっ?」
「もういいです。『シー』さん、貴女と話す事柄はもうありません……次は『ゼション・S・オブトーカー』にの罪を追及します」
「ああ……つれないですね。じゃあ僕もゼションとして接するね。どうぞ?」
顎で俺の続きを促すゼション。
オレは胸に手を当てて……。
「……レディー、『風属性魔法』!」
「おっと、不意打ちのつもりかい?」
ゼションは対抗魔法を放つわけでもなくヒラリと避けて。
窓のガラスが割れる。
「……効きませんか」
「ふふっ、僕は強いからね……仕掛けてくるならこちらからもっ! レディー『大風属性魔法』ッ!」
「ぐ……ッ!」
オレは壁……いや、本棚にぶつかる。
バラバラと落ちてくる無数の本から頭を守ろうとして腕を掲げる……制服がズタボロになってるな。
「ゼション様っ、何事かありましたか!?」
扉越しに若い使用人の声が聞こえる。
「なんでもない、食事の準備を続けてくれ」
「……はっ」
使用人は扉を開けずに去っていく。
「……それで? 聞かせてほしいな、名探偵さん」
「私は探偵じゃありません。推理ではなく、ただ事実を言うだけです……まず、歓迎遠足の件」
「犯人は捕まったんだろう?」
「……私に二度風属性魔法を撃ってきたのは別の人物です」
「ソレが僕だと?」
「ケアフちゃんの特殊能力、『魔力検知』で、二度目に私達三人を襲った風魔法と、食事会で貴方が放った『上昇魔法』の発動者が同じことがわかったんです」
「……特殊能力二つ持ち、か。なるほど、Eランクで『アニマルポゼッション』なんて能力で王都学校に招かれるのは妙だと思っていたけれど」
そう、ケアフは前代未聞の特殊能力二つ持ち。だからEランクでも王都学校に招かれた。
「次に花咲の丘の件……襲撃犯を手配したのも、エンシェントドラゴンが『目覚めた』のも貴方の仕業です」
違法な捜査になるので口外はしないが、ゼションの金品のやりとりはクトレス家に尋ねて確認済みだ……もちろん馬鹿正直に暗殺者に銀行を通じて金品をやり取りはしていないが。
一件だけ、気になる取引があった。
スー家の使用人……襲撃犯と一緒にエンシェントドラゴンに喰われた彼女宛に高額な金品を預けていたのだ。
そこから彼女が内通者であるということがわかるまでまた紆余曲折あるのだが、今は省くとして。
「エンシェントドラゴンが目覚めた、ね。そこまでわかってるんだ……うん、そうだね。全部僕の仕業だ」
エストから『エンシェントドラゴン』の身体に覚えのある傷跡があるのを教えてもらったのは、食事会の後だ。
リーズさんが魔法ではなく物理の矢を放ってつけた傷跡が、あのエンシェントドラゴンの亡骸にもあったらしい。
ゼションは過去にエンシェントドラゴンと対峙したときに、倒したのではなく……ここからはオレの推論になるが、丘の目立たないところで強制的に眠らせて透明化させたのではないか? 覚醒の鍵が人間の血だったとか。
まあ、本人が大人しく認めるならば、この推論に意味はない。
「……じゃあ、お利口なエンドリィに一つ教えてあげようか。夏休み、キミが帰っているときに、故郷の村を焼こうとしていたんだよ」
「……は?」
そんなの初耳だ。オレの村を……?
「でも、できなかった。テロリストの対処に追われてね……」
ゼションが口端を歪める。
そんな儚い表情をしたって騙されないからな。
「……そもそも、なぜ一連の事件を起こしたんです?」
そう、どれだけ事実を重ねても、それだけはわからなかった。
「僕が入学式の日に言った言葉を覚えているかい? 『何かあったら僕に助けを呼ぶんだ』って」
「……は? それが──」
歓迎遠足のとき、エンシェントドラゴンが暴れたとき、未遂に終わったが村を燃やされたとき……。
オレがゼションに頼っていたらどうなっていた?
きっと、自信も力も友達も今ほどはなく、すぐにゼションに頼る人間になっていたのではないか。
「僕は君に依存してほしかったんだよ。僕無しじゃ生きていけないような人生を歩ませたかった!」
「……は? それで、何人もの安全を脅かして、犠牲者を出したんですか?」
「そうだよ? 僕にとって、君以外の命なんてどうでもいいからね」
……わかってはいたが、コイツは狂っている。
言質は取れた。そろそろ、逃げるか。
「レディー『中上昇魔法』」
「ぐッ!」
立ち上がり駆け出そうとしたその瞬間、足元から風が巻き起こり……オレは天井に激突し、地に伏せる。
「まあ、逃げないでよエンドリィ。酷いじゃないか。頼ってもくれないし僕の元を去ろうとするなんて……」
「う……」
全身を巡る痛みで身体のコントロールが効かなくなる。
胸に手を当てて大袈裟にため息を吐きながらゼションが近寄ってくるが、抵抗も出来ずにオレは抱え上げられる。
「僕は君と同じになろうと孤独を選んだのにッ! 友達なんて作ってさぁッ! どんどんたくましくなって強くッ! 明るくなっていくッ! 貴方は陰気な奴なのにッ! 嗚呼、今となっては明るくなった貴方を少しは受け入れられたけれどッ! 何度眠れない夜を過ごしたかッ!」
ドン、ドンと何度も本棚に身体を打ち付けられる。
ボヤけていく視界の中で、窓から小鳥が飛んで入ってくるのが見えた。
……そもそも、オレは進んで孤独を選んだワケじゃない! 気づいたらそうなっていただけだッ!
オレだって、できるならば前世から明るく生きていたかったさッ!
「なんだこの小鳥……! 邪魔するなッ!」
小鳥はゼションの頭をつつく……が、片手で容易く払われて。
「お食事のご用意が……! ゼション様ッ! 何をッ!?」
扉を開いた使用人がゼションに掴みかかり、オレは解放される。
「レディー『小闇属性魔法』」
「は? ぁ……」
しかし、彼はすぐに息絶えてしまう。
……こんなにもアッサリ、人を殺すなんて。
「……ああ、そうか」
「解除してッ! ケアフちゃん!」
「レディー『小闇属性追跡魔法』」
ゼションが小鳥に闇属性魔法を放つ。
命中し、ポトリと地に落ちる小鳥。
……ケアフは無事だろうか?
「カーテン、窓、小鳥……」
「……ッ!」
やはり気づくか。オレは立ち上がってゼションを睨む。
「カインと言ったかな? 彼の特殊能力、『ヴィジョンハイジャック』は自分だけでなく、他者……そうだなぁ、触れた他者の視界もヴィジョンに映すことができる。違うかい?」
「……レディー」
その通りだ。これが今バレたとなると……。
「どうとでも揉み消せると思ったけれど、それなら僕はおしまいだね……じゃあまた来世で会おうかッ!! レ──」
ヤケクソになってこうなるに決まってる!
「『小閃光魔法』ッ!」
「……くッ!! レディー!」
「レディー、『小上昇魔法』!」
オレはガラスが割れた窓へと突っ込み、外に脱出する。
……これで、援軍がやってくれば──
「『小全属性混合魔法』ッ!」
……え?