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第40話 淡雪さえ溶けない夜に

「……なぁエンドリィ、お前、銀行強盗に巻き込まれてたよな?」


 そんな事を言ったのは、王城の近くにある銀行の本店帰りに偶然出会ったストレンスだった。


「そんなこともありましたね……それが何か?」


 アレからもう二ヶ月くらい経とうとしている。時の流れというのは早いものだ。


「何かって……怖くないのかよ? また同じ事があったら、なんて考えたりよぉ」

「あはは、この一年で色々ありましたから……気にしすぎるのもよくないなって考えるようになりました」


 それに、今回は重要な目的があって銀行に来たからな。


「……そういや強盗のときも冷静な顔をしてたな、お前。どんな経験をしたんだよ」


 呆れた表情のストレンス。

 オレだって慣れたくはないが……。


「自慢できるような経験じゃないので……」

「ま、俺も深く聞くつもりはねぇけどよぉ……柄にもなくこっちから話しかけちまったな。ほら、もうどっか行った方がいいぜ」

「ちょっ、酷くないですかー?」


 其方から話しかけておいて、手で軽く振り払われては此方も少しは腹が立つものだ。


「……はっ、俺は奴隷なもんでね。お前とは住む世界が違うんだよ。関わりすぎない方がいい」

「……わかりました。離れますよ。離れればいいんでしょー?」


 それが彼なりの優しさだということはわかっているので、少し揶揄うような声を出しながら離れる。


「わかればいいんだよ。それじゃあな」


 ヒラヒラと手を振りながら去っていくストレンスの背を見送る。

 ……さて、借り馬車に乗って寮に帰るか。



「──おや! まさか君に出会えるとは!」

「……あ! ストレンスさんのおじいさん!」


 あまりの寒さに悴む手を摩りながら借り馬車の出発を待っていると、ストレンスの祖父が乗り込んできた。


「いつもストレンスに話しかけてくれてありがとう! おかげであの子も本来の明るさを少しだけだが取り戻せているよ!」

「いえ、私は何も……」

「いやいや、そう謙遜しなくてもいい! どれ、今回の借り馬車代は私が出そう!」

「えっ、それは逆に此方が申し訳なくなってしまいますよ!」


 借り馬車の代金は乗客の人数で決まる。

 そして現在の乗客はオレとストレンスの祖父しかいない。本来ならば割り勘するところを全額払うとなれば結構な額になる。


「そうかい……あぁ、それなら饅頭を買ってあげよう。学校近くの公園の傍に美味しい饅頭屋があるんだ。君も知っているかもしれないが」


 カフェの隣の店のことだろう。もちろん知っているが……。


「ええ、もちろん! あそこのお饅頭屋さん、美味しいですよねっ! でも……」

「このくらいはさせてもらわないと私の気が済まないんだ! 私を助けると思って、どうかな?」


 ストレンスの祖父が柔和に微笑む。

 そこまで言われると流石に断りづらいな……。


「助けるって……わかりました。ありがたくいただきます。ありがとうございますっ!」

「ははっ、よかったよかった!」



「──ありがとうございましたっ!」

「こちらこそ! よければまたストレンスと話してやってくれ!」


 馬車の中で、ストレンスの過去話を聞いているとあっという間に学校近くに着いた。

 捻くれてるように振る舞うアイツも勇者に憧れる純粋な時期があったんだな……いや、今も本当はそうなのかもしれないが。


「……あっつ!」


 出来立ての饅頭……前世で言うとあんまんに近いものを両手の先で持ちながら公園へと向かう。

 寮に持って帰っても良かったが、冷めたらもったいないからな。


「……ん?」


 今の時刻は午後七時頃。

 辺りはすっかり暗くなっている。

 と、いうのに公園のベンチに一人ポツンと座っている誰かがいた。

 例の老人よりもその背丈は遥かに小さく……。

 とりあえず近づいてみるか。


「あの……寒くない、かな?」

「……え?」


 敬語で話そうとしたがタメ口になったのは、人影の主がオレと同年代くらいの幼女だったからだ。


「ごめんね、いきなり話しかけちゃって……一人だったから、どうしたんだろうって」

「……お、おきづかいなく。ひとりなのはあなたもおなじでしょう?」


 水色のドレスに白色のエプロン……そして縞々の靴下。

 素っ気ない態度の彼女は前世の有名な物語『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の主人公、アリスにそっくりな服装だった。

 ……跳ね毛で灰色の長髪は似ていないが。


「あはは、そうだね……その服可愛いね! 私が大好きな本に出てくる『アリス』って女の子にそっくり!」

「……! ありがとうございます」


 少し驚いたような表情を浮かべて、その後照れたように目を泳がせる幼女。


「……そのせいふく、おうとがっこうのものですよね。ぼ、ぼくもことし、にゅうがくするんです。いまはそのてつづきでおうとにきていて」


 オレが入学するときは手続きを父さんだけで済ませていたな。旅費の関係で。


「あっ、そうなんだ! それじゃあ保護者の人を待ってるの?」

「ん……『すぐもどる』っていってたんですけど。どうせまたながばなしです。パパのおともだちと」

「お父さんのお友達が学校に? ……でも、一人で待つのは退屈でしょ? 少しお話ししない? ……はいっ!」

「……えっ?」


 オレはあんまんを二つに割って幼女に差し出す。


「少し冷めちゃったけどまだ温かいよっ!」

「し、しらないひとからものをもらっちゃだめだって、パパが……あっ」


 断ろうとした幼女のお腹がくぅと鳴る。


「私は『エンドリィ・F・リガール』。君は?」

「あ、『アリスジセル・F・ワンダーランド』です……」

「ふふ! じゃあ私たちは今から知り合い! 遅かれ早かれ先輩と後輩になるんだから、大丈夫だよ!」


 正直、こういう論法は好きではないのだが、お腹を空かせて凍えている幼女をみすみす放ってはおけない。

 と、いうか、この子もFランクなのか……なんだか親近感が湧くな。

 それに、アリス、ワンダーランド……すごい偶然もあったもんだ。


「……ふふ。ごういんですね。じゃあ、ありがたくいただきます」


 あんまんを受け取って微笑むアリスジセルの横に座り、オレもあんまんにかぶりつく……うん、まだ全然あったかい。


「……おいしい」

「ねっ! この饅頭、大好きなんだー!」

「……エンドリィせんぱい、がっこうって、たのしいですか?」

「うんっ! すっごく楽しいよ! Fランクだけど、みんな気にせず仲良くしてくれてるし!」

「そっか。みんなとなかよく……ぼくはちょっとにがてです」

「あはは、その気持ちもわかるよ……そもそも、一人が楽なときもあるしね」

「はい……あ、ゆき」


 俯いてちみちみとあんまんを食べていたアリスジセルが空を見上げる。

 白く光る淡雪が地に落ちて、溶けることなくその場を薄らと白く染める。


「……本当に寒いねー」

「はい……って、たべるのはやいですね!?」

「あはは……私、結構食い意地張ってるし一口が大きいから」


 驚いた表情のアリスジセルに思わず苦笑いが漏れる。


「そうなんですか……ちょっとうらやましいかも。ぼく、たべるのおそいから」

「その分味わって食べられるってことだよ!」


 それにちみちみと食べている様子が小動物みたいで可愛い……というのは本人に言ったら拗ねるかもしれないので言わない。


「……おいしかった」


 最後の一口を食べて柔らかに微笑むアリスジセル……うん、よかったよかった。


「……うぅー、それにしても寒いね」

「こういうときに『ひぞくせいまほう』、つかえたらいいなあっておもいます」

「そうだね……私は今のところ風属性と光属性魔法しか使えないから、練習しようかなー」

「……えいっ」

「わっ!?」


 使える属性は増やしたいよなーなんて考えてたら、アリスジセルが突然オレの悴んだ手を両手で覆ってきた。


「まほうじゃないですけど、さっきのおまんじゅうのぬくもりがのこってるから……すこしはあたたかい、とおもいます」

「ふふ、そうだね……」


 可愛らしい発想に手と心が温まる。

 ……が。


「でも、やっぱりさむいのはさむいですね」


 アリスジセルがクスリと笑う。

 局所的に温まったところで寒いものは寒い。


「そうだね……そろそろ君のお父さんが来てくれたらいいんだけど」

「そうですね……って、うわさをすれば、きました!」

「いやぁ、待たせて悪かったねぇアリス……おや?」


 シルクハットを被った男性が手を振りながら此方へとやってきて……オレを見る。


「あ、私は王都学校一年生の『エンドリィ・F・リガール』です」

「そうか、キミが……! 話は聞いているよ」


 合点がいった顔でポンと手を叩く男性。

 話は聞いているって……誰からだ?

 王都学校に知り合いがいるらしいが……その人か?


「エンドリィせんぱいがおはなしあいてになってくれたんですっ!」


 父親の前だということで安心したのか明るい表情を見せるアリスジセル。先ほどまでの大人びた微笑みとは一転して子供らしい無邪気な笑みだ。


「そうかそうか、ありがとうエンドリィ。先ほど偶然会ったナウンスもキミのことを熱く語っていたよ。神童として文魔を兼ね備えているだけでなく、交友関係も広いと!」

「ナウンス先生が……? もしかして、先生が学生だったときのお友達ですか?」

「ああ、そうとも!」


 工房の主、ミシャさんとナウンスと……そして彼が仲の良い三人組だったということか。


「パパ、またおはなしながくなりますか……?」

「ああ、すまなかったね。今日は一段と冷える。待たせたお詫びに奮発したディナーにしよう。エンドリィもどうかな?」

「え、私……? せっかくなら親子水入らずで」

「ぼくはエンドリィせんぱいのおはなしをもっとききたい……です。その、いやじゃなかったら、ですけど」

「ほら、アリスもこう言っていることだし!」

「でしたら……寮に連絡だけ入れさせてください。えーっと、お父さんのお名前を聞いてもいいですか? 報告に必要なので」

「おっと、ワタシとしたことがまだ名乗っていなかったねぇ! ワタシはダイナ! ダイナ・A・テンプト! 以後お見知り置きを!」

「……テンプト?」


 ワンダーランド、ではなく?


「あっ、パパはほんとうのパパじゃないんです。『しせつ』のえらいひとで」

「……なるほど」


 児童養護施設の子供なのか。


「ふふ、それでもワタシは実の娘のように大切に思っているよぉ〜? さっ! 行こうか二人とも!」


 想定外の事態になったが、これもまた経験だ。オレ自身ももう少しアリスジセルと話したかったし、良いことづくしだな。

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