第34話 『ハートレース』
──結局、合同遠足のときにオレたちを襲ってきた犯人は捕まらなかった。
……『極大熱源感知魔法』を使える教員もいたのに? 犯人は何らかの特殊能力持ちなんだろうか。
「……ドリィ! エンドリィ!」
「……はっ!」
「どうしたの? ボーッとして……ほら、次はアナタの番よ?」
「あっ、すみません?」
今は十月の三日……土曜日だ。
場所はユーティフルの自宅。
今はトランプでババ抜きをしていたところだ。
ユーティフルの使用人二人がそれはもう強くて強くてさっきから一抜け二抜けされまくっている。
しかし、ユーティフルがソレに対してギャーギャー言わないのは少し意外だな。
「まっ、まあ? アナタがワタシの顔に見惚れていたって言うのなら悪い気はしないけれどっ?」
……もしかして、見つめ合わせるためにそうしてるだなんて言わないよな?
いや、流石にソレは考えすぎか。たしかにこの子は懐いてくれているが、それで自意識過剰になるのもアホらしい。
「……たしかにユーティフルさんの顔は美しいですよ? けどさっきは、少し考え事をしていて」
「ふふーん、そうでしょうそうでしょうっ! ……考え事って、やっぱりこの前の合同遠足のこと?」
「ええ」
頷きながらカードを引く。ジョーカーだ。
背後を向いてコッソリ左右を入れ替え……るフリをしてそのままにする。
「そうねぇ……考えても仕方ないわよ。ワタシたちは子供なんだし、そういうのは大人たちに任せましょう?」
「そう、ですね……あっ!」
ジョーカーじゃない方のカードを取られる。
「オーホッホッホッホ! 今度はワタシの勝ちねっ!」
カードを場において見事な高笑いをあげるユーティフル。
トランプでここまで盛り上がれるんだから子供っていいよな……いや、オレも今めっちゃくちゃ悔しいんですけど。
「あはは、負けちゃいました……」
「そろそろトランプも飽きてきたわね。ねぇ、次はボードゲームが遊びたいわっ! 簡単なやつ!」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
使用人は立ち上がり、恭しく礼をすると別室へ移動する。
……この部屋、あまり物を置いてないんだから、ここに並べておけばいいのに。
「……」
「どうしたのよ、キョロキョロして」
新築だからなのかやけに綺麗な白を基調とした部屋にグレージュの本棚やベット、ライトが置いてある落ち着く空間だ。
……だが、やはりオレの心は騒めいている。
「やっぱり、ちょっと不安で……瞬間移動でいきなり屋内に現れる、なんてことはないってわかってるんですけど」
「そんなことまで想定してるの!? はー、ありえないわよー!」
魔法が存在しない世界で二十七年の時を過ごしたオレからすると、瞬間移動魔法というモノの脅威はあまりにも大きい。
ただ便利というだけでなく、殺人に応用すれば恐ろしいことが起こるというのは想像に難くない。
だが、こちらの世界の人間は瞬間移動魔法が存在することが当たり前で。
瞬間移動魔法を封じる対抗魔法を木材等に込めて建築することで屋内への侵入を防いだり、空気中の魔素の揺らぎで転移先には一歩早く転移が伝わるという特徴から予め魔法を宣言することが出来たりと、対処方法はいくつもあるのだ。
「でも、この世界に存在する特殊能力の全貌って明かされていないじゃないですか……私はソレが怖くて」
「たしかに、未知の能力を持って生まれて、ソレを悪用しようとする人間もいるかもしれないわね……でも、恐怖で物事を素直に楽しめなくなることは勿体無いと思わない?」
「それは、そうですけど」
「特に、こんなに美しいレディと一緒にいるときなんて、楽しんでなくっちゃいけないわよ!」
「あははっ、それはたしかに……!」
こちらに歩み寄ってきたユーティフルに背中をポンと叩かれる。
彼女だって、立場を考えればその身を狙われかねないのに……それでもこうやって笑っているのだ。
オレも見習わないと。
「……遅いですね。様子を見に行ってまいります」
「ええ、よろしく頼むわ」
黙ってオレたちの話を聞いていた使用人が立ち上がり、別室へと向かう。
……なにか嫌な予感がするな。
だって、こういうとき、小説とかなら……。
「わ、私も……」
「エンドリィ? 客人はジッとしてなさい!」
「わ、わかりました……」
そうだ。オレがそういう系の小説や映画を好んで読んだり観たりしていたからそう思うだけで……これはきっと杞憂に過ぎない。
「…………」
「…………」
「……ホント、遅いわね?」
「ですよね……?」
やっぱり、何事か起こっているのではないか。そう疑念が再沸したところで……。
扉が僅かに開いた。
「あっ、おっそーいっ!」
使用人が顔だけ僅かに出して。
そしてそれが、ゴトリと地に落ちた。
「……はっ、はっ!」
ドクドクと心臓の鼓動が早くなるのを感じる。それを起点に汗が出て。呼吸が上手くできなくなって。思考が……
「エンドリィ!」
瞬間、ユーティフルに両手で頬を包まれる。
「ワタシを見てっ! 大丈夫、大丈夫だから……っ!」
トク、トクと、心臓の動きがゆっくりになっていくのを感じて。段々と冷静になっていく。
「学校通信室、学校通信室……! 聞こえますか!?」
オレは黙って頷いたあと、腕時計型のビジョンを使って学校通信室に救援要請を送ろうとする……。
が、返事がない。
「無駄だよゥ! その通信魔法は届かないッ!」
バンッと大きな音を立てて扉が開く。
「レディー、『中光属性魔法』ッ!」
「レディー、『小火属性魔法』ッ!」
その瞬間を狙って魔法を放つ……が、その軌道は不自然に逸れて。
「レディー、『中水属性魔法』! おれに当たんなくても家を燃やされちゃあ気づかれちまうからなァ!」
襲撃者を見る。
屈強な赤毛の坊主の男だ。
……もしかしたら、歓迎遠足のときにナウンス達と対峙したという犯人じゃないか?
「アナタ……! どうやって!」
「……ま、教えてやってもいいかァ! おれはなァ、この家の工事に関わってたんだよォ!」
「……何か細工を仕掛けたのね?」
「んー、仕掛けなかったって方が正しいかなァ?」
……考えられるとすれば、対抗魔法を木材に込めなかった、とかだろうか? だからこそ、その箇所から瞬間移動で入ることができた?
「……おれの特殊能力は『ジャミング』。放たれた魔法の方向を逸らすことができる! さ、これで絶望したならお喋りは終わりだァ! 大人しく攫われてもらうぜェッ!」
男はオレたちに近寄ってくる。
オレは後退しながら胸に手を当てて……。
「レディー、『中上昇魔法』ッ!」
「なッ! てめぇ、頭良いなァ!」
「馬鹿正直に自分の能力を話すからですよッ!」
男の足元に上昇魔法を放つ。
これならば方向を転換させたところで上に飛び上がるか足元をすくわれるのかのどちらになるだろう。
実際、男は転けた。オレたちは彼を避けるように扉へと……。
「ああ、もうッ! 大人しく攫われてくんねぇかなァ!?」
「わっ!?」
「エンドリィ!?」
男に足元を掴まれ、コケる。
マズい……!
「へへっ、一人は捕まえたぞォッ!」
オレは足を捕まれ宙吊りの状態になる。
「や、やめてッ! 攫うならワタシ一人で十分でしょ!? なんでその子を狙うのよッ!?」
「あァ? あァ……ほら、このガキ、神童っつって持て囃されてたんだろ? それで、趣味の悪い変態が興味を持ってなァ。高く買ってくれるそうだッ!」
「そ、それならワタシでもいいじゃないっ! Sランクの娘よッ!? 高い身代金が払われるはずだわっ!」
「いいや、おれは両方狙うね。このガキは変態に売り飛ばすし、てめぇも金と引き換えに……よく見りゃ綺麗な顔してんじゃねぇか。ちょっとくらいお手つきしてもいいよなァ?」
「ひっ……!」
コイツ、七歳児に何欲情してんだッ!
「おらッ、逃げたら闇属性魔法を使ってこのガキを殺すぞッ! 付いてこいッ!」
「逃げてくださいッ! ユーティフルさんッ! どうせ私のことは殺せないはずですッ!」
変態に売り飛ばすって言葉が本当なら、ソイツが度を超えたヤツでなければ生きた状態でという条件がついているだろう。
ユーティフルが大人しく従う理由はない。
「……ねぇ、ワタシの顔が、身体が気になるの?」
「おぉ? そうだなァ。てめぇほどの美人はなかなかいねぇ。ガキとはいえ、楽しめそうだ」
「ユーティフルさん、何を……!」
男が身を屈めてユーティフルに顔を近づける。
まさか、自分を犠牲にオレを解放しようとしてるんじゃ……!?
「お断りよッ! クソロリコン野郎ッ!!」
ユーティフルが男に唾を吐きかける……って、え?
「じゃあてめぇはここで死ねクソガキッ! レ──」
いや、ユーティフルは年齢の割に聡明な幼女だ。何か考えがあってのことだろう。
「──う、ぐ……あァ!?」
すると突然、男が胸に手を当て苦しみだした!
「ぁ、ぁ……!」
「わっ!」
ダラリと脱力した男に解放され、地に伏せる。
何が起こった?
「エンドリィ! とりあえずこの家を出るわよッ! その後学校に連絡しましょう!」
「え、ええ!」
「──ようやく犯人を捕まえることができたか」
いつものようにすっ飛んできたナウンスが神妙な面持ちで呟く。
「厄介な相手でした……都内の家で犯行を起こそうとするだけあります」
「まぁ、ワタシがなんとかしたんだけれどね! オーッホッホッホッホ!」
「あれがユーティフルさんの特殊能力……なんですね」
「ええ、そうよっ! ワタシの特殊能力は『ハートレース』! 自分への好感度が低ければ低いほど、見つめた相手の心拍数を高めることができるの!」
ユーティフルから耳打ちで伝えられる……くすぐったい。
それはそれとして、そんな特殊能力があるとは……だからあの男は急に気を失ったのか。
「……逆に好感度が高かったら、その相手の心拍数を低くすることができるんですね?」
耳打ちをし返す。
「……ええ、そうよ? よくわかってるじゃない」
顔を離すと、ユーティフルの耳が真っ赤になっていた。
オレの頬を包んでくれたあのときに能力を発動してくれたんだなぁ、なんて考えていたが……よく考えると、オレからユーティフルへの好感度がだいたいわかったってことじゃないか?
……恥ずかしいなっ!
「……普段から好感度が可視化されるというのは日常生活で不都合もあるだろう。しかし、それに引き換えて強い能力だな」
「……え?」
「ちょっとナウンス先生!? その話はしていないんですけど!?」
「……む。これはすまない」
「あはは、大変な能力ですね……」
だいたいわかったどころか、普段から筒抜けだったってことか!?
恥ずかしすぎるだろ!!
「……エンドリィ、アナタはその事を知っても変わらずに接してくれる?」
「……えっ、逆になんで変わるんですか?」
「なんでって……自分からの好感度が筒抜けになっているのよ? 不気味に思ったり、変に取り繕おうとして態度が変になったりするでしょ」
「んー、別にユーティフルさんに無理して好かれようだなんて思っていませんから、何も変わりませんよっ!」
「そっ、そう? そうなのね……そっかぁ! ふふふっ」
ユーティフルがむず痒そうに口をモニュモニュさせ、両手でソレを隠す。
なんだか見ててこっちが恥ずかしくなるな。
「……ともかく、二人とも無事でなによりだ。『ユーティフル・B・クトレス』は本家に、『エンドリィ・F・リガール』は寮に帰るということでよかったか?」
本当なら今日もこの家に泊まるはずだったが……あんな事件があったんだ。仕方あるまい。まさかオレがクトレス家に行くわけにもいかないし。
「は──」
返事しようとしたそのとき、ユーティフルに制服の袖を掴まれる。
「……傍に、居て?」
潤んだ瞳、震える手。
いつもは神秘的に見えるユーティフルの顔が、年相応の幼子のようで。
可愛いな、と感想が出てくるのと同時に……。
こんな目に合わせたアイツを許せないという気持ちも湧き上がってきた。
「わかりました。ユーティフルさんの傍に居ますよ」
……そもそも事件はこれで解決したのだろうか。
あの男が言っていた変態が捕まらない限り、また別の誰かが犯行を行うのでは?
「……犯人が言っていた人物については騎士団にも依頼して調べてもらうことにする。じきに全てが明るみに出るだろう」
……やっぱりこの人が言うとフラグっぽく聞こえるんだよな。
それでも、うん……全てが終わると信じよう。
「……それじゃ、馬車に乗りましょ、エンドリィ」
……というか、そうだ。今からオレ、クトレス家に向かうんだ。こっちの方が大問題すぎるだろ。
思いっきり娘さんを巻き込んでしまって、ユーティフルの両親に合わせる顔ないよオレ!
「……ええ」
まあ、なるようになるか。