第32話 ランブルロック・S・ユミレイト
「にゃっ! にゃっ!」
「はっ、はっ……!」
「フタリとも、タイリョクオバケですか……!」
夏休み最終日、オレたちはグラウンドを走っていた。
この夏休みの間にだいぶ体力がついたと思ったが、半獣人であるケアフには少し距離を離されつつある。
カインはオレたちからどんどん距離が離れていくが、彼の歩幅を考えるとよく着いて来れてる方だと思う。
前世のこの季節の暑さを考えればこの世界の夏は快適なのだが、やっぱり走ると汗が止まらなくなるな。
「ほっほっほ、三人とも頑張っておるのう。どれ、ご褒美にアイスでもどうじゃ?」
「はぁ、はぁ……あっ、ランブルロックコウチョウセンセイ!」
「にゃっ! アイス! わーいっ!」
「ちょうど欲しかったところです! ありがとうございます!」
オレたちはランブルロックの元へ駆け寄って棒アイスを受け取る。
オレのはブドウ味っぽいな。やった!
「はぁ、いきかえりますね……!」
「にゃ〜! あまくておいしいなぁ〜!」
「ふふっ、そうだね!」
「夏休みの間も頑張っておって感心感心! するとともに、申し訳なく感じるのう……」
「申し訳なく? どうしてですか?」
「エンドリィ、キミが頑張る理由はわかっておる。歓迎遠足から続く事件の影響で、『自分が強くならなければ』と考えているのじゃろう? そして、ケアフとカインはそれに付き合う形じゃ」
「まあ、仰る通りですね……」
「にゃ! エンドリィががんばってるのに、みゃーたちはなにもしないわけにはいかない……ので!」
「ええ、それにキソタイリョクをつけるのはショウライをかんがえればわるいことじゃありません! コウチョウセンセイがもうしわけなくおもうヒツヨウはありませんよ!」
「ええ、カインさんの言うとおりです。ランブルロック校長先生は悪くありませんし!」
「いやいや、この状況を解決できないのは学校としてとても不甲斐ないことじゃ。謝らせておくれ」
「ちょっ、大丈夫ですよそんなことしなくて! それで事件が解決するわけでもありませんし!」
頭を下げるランブルロックにフォローを入れる……フォローになっているかは定かではないが。
「ほっほっほ、それもそうじゃの……それに、キミたちが頑張る姿は魔王がいたときのことを思い出す。悪いことばかりじゃあないのもたしかじゃな」
「魔王がいた頃……」
「もちろん魔王という脅威は取り除かれるべきじゃが、脅威があってこそ人は成長するものじゃ。この夏休みの時期だって、昔は此処も人で埋め尽くされたものじゃった」
「そうですよね……マオウをたおすためにみんなヒッシだったとおとうさんからきいています」
「にゃ! こうちょうせんせーもそうだった……んですよね!」
「もちろん。あのときは魔法の練習に明け暮れておった……」
「マオウがたおされたのって、コウチョウセンセイがナンサイだったときなんですか?」
「ちょうどこの王都学校を卒業した時期じゃったから、十八歳のときじゃな……あのときは少し、ガッカリした記憶がある。」
ランブルロックが過去を懐かしむように目を瞑る。
「ガッカリ……ですか?」
「もしかして、自分が魔王を倒したかった……みたいなことですかね?」
「ああ、そうじゃ。皆が皆、魔王を倒すために躍起になっていたからのう。そう思う者たちばかりじゃったよ。しかし……」
「しかし?」
ケアフが首を傾げる。
「実際に勇者様の闘いを見たとき、考えを改めることになった。この人には勝てない、とな」
「えっ、コウチョウセンセイってユウシャがたたかうところをみたことがあるんですか!?」
カインがキラキラとした瞳をランブルロックに向ける。
「ほっほっほ、これはここだけの話じゃが、儂は勇者様の使用人……付き人のようなことをしとる時期が少しだけあっての!」
ランブルロックが人差し指を口の前に立てながら、されど自慢気な口調でそう言った。
「もしかして、ユウシャがオモテブタイをさるまでのデンセツのキカンですか!」
「……そうじゃな。あの人は表舞台を去った」
カインの言葉を受けて、ランブルロックの表情が沈む。
「ユウシャほどのヒトがカゲにかくれるなんてもったいないですよね! マオウのノロイさえなければっていつもおもいます!」
「……そうじゃの」
ランブルロックの表情はどこか寂し気で。
「……校長先生も勇者がそうなったことを悔しく感じているんですよね。近くにいたのなら、思うところも沢山あったと思います」
例えば、自分がどうにか力になれなかったのか、とか。
「……いいや。儂は最善を選んだよ。だからこそ」
「…………?」
ランブルロックが悲し気に首を横に振る。
その意味がオレにはイマイチ理解できなくて。
「コウチョウセンセイ! もっとユウシャについておしえてください!」
「ほっほっほ、儂もそうしてやりたいところじゃが……また今度、機会があったらじゃな。今から職員会議に向かわねばならん」
「にゃ! ざんねんだ……」
「ほっほっほ、若者たちよ、存分に励むのじゃぞ。それではな!」
しょんぼりする二人の頭をそっと撫でて、ランブルロックは校舎へと向かっていく。
……勇者か。また機会があれば是非話を聞きたいところだ。