第30話 海
「──海っ、ですわ〜〜ッ!!」
「うみ〜〜っ!!」
お喋りをしていたらあっという間に到着した。
海だ〜〜っ!!
「わぁ、キレイですね〜!」
カインの瞳が輝いている。
どんな色だと綺麗な海と言えるかはオレにはわからないが、この透明感は凄いな……!
「まずは別荘に向かいましょう!」
オレを抱きながら馬車から降り立ったエストが意気揚々と建物へ歩みを進める。
……砂浜近くに建つ二階建ての家。
海の家、といえばそうなのかもしれない。
「いらっしゃいませ、旦那様、奥様、お嬢様、そしてゲストの方々!」
「お荷物、お預かりいたしますね!」
「このご夫妻が別荘の管理人さんよ〜……あ、荷物は自分で持っていくから大丈夫〜」
「いえ、そういう訳には……!」
「お気になさらないでくださいませ! この建物の管理をしてくれているだけで十分ですから!」
家から出てきた老夫婦がオレたちの荷物を持とうとするが、断られる。まあ、年齢を考えるとあまり無理はさせたくないよな。
「そ、そうですか……? では」
「ああっ、それにしてもお嬢様! 大きくなられまして! お嬢様が此処にやって来るのは何年振りでしょう!」
「うふふ、またお会いできて嬉しいですわ」
エストが照れくさそうに笑う。
彼女はエンシェントドラゴンの件があってから王都の外に出たがらなくなって……此処に訪れるのも久方ぶりだというのは先ほどリーズさんから聞いた話だ。
それまでは毎年ラボーさんたち夫妻と使用人で訪れていたのだと。
「こうやってまた御家族が揃った姿を見ることができて嬉しゅうございますぞ! 今年はゲストの方々まで!」
「私達の恩人とその友人よ〜。丁重にもてなしてちょうだいね〜」
「あはは……」
そういう言い方はプレッシャーがかかるからやめてほしいが……。
「「「……いらっしゃいませ!」」」
管理人が扉を開くと三名の使用人に恭しく迎え入れられる。
スー家の豪邸に行った時も思ったけれど、やっぱりなんか全身がむず痒いな。
「彼らは夏期になるとこの別荘に向かわせている者達でね。必要とあれば彼らに聞けば、泳ぎ方や魚の釣り方まで教えてくれるだろう」
「にゃ! かつおはつれますか!?」
「ふふっ、沖合まで出なければいけませんが、釣れますよ!」
使用人の一人が柔らかな笑みをケアフに向けながら頷く。
鰹……もしかしたら今日の夕飯にでも出てくるかもしれないな。
「……さて、では着替えましょうか!」
オレはエストに抱えられたまま別室へ連れて行かれる……オレたちはいつまで抱えられてるんだ?
「──ふぅ、久しぶりの水着ですけれど、どうかしら……?」
エストが水着を着た己が身体をチェックする。
……うん、流石はハーフエルフだ。引き締まった身体と、それでいて出るところはしっかりと出ていて。
前世の自分なら緊張で言葉一つも発せなかっただろうが……。
「とても似合っていますよ!」
今のオレの気持ちは『わたしだっておおきくなったらこんなからだになるんだもんっ!』といった具合で、対抗心すら燃え上がっている。
「うふふっ、ありがとうっ! エンドリィ! ……あぁ、そうだっ! 日焼け止め、塗ってくださらない?」
言いながらエストが室内のベッドに寝っ転がる。
……流石にそれは、えっちじゃないか?
こんなでもオレ、一応前世では男で……。
いや、でも、今のオレは『わたしだっておおきくなったらこんなからだになるんだもんっ!』という気持ちが更に沸き立っている。
邪なことは考えずに遂行できるだろう。
「わかりました……!」
「どうしてそんなに決心した顔をしているのかしら……?」
不思議そうな顔をしているエスト。
いや、オレの中では色んな葛藤があって……!
「はーい、それじゃあケアフちゃんはこっちで日焼け止めを塗ってあげましょうね〜!」
「みゃーはひやけしてもへいき……ですっ!」
「あら、ほんと〜? お肌、いたいいたいになっちゃうわよ〜?」
「にゃっ! たしかに……それじゃあ、おねがいします!」
リーズさん、あやすような言い方が似合ってるな〜なんて思いつつ、日焼け止めの液体を手につける。
「満遍なく塗ってくださいましね〜?」
エストの白くきめ細やかな肌に日焼け止めを塗っていく……。
いざやってみると、やはり邪な考えは一切沸かず、『肌のケアはどうしているのだろう?』といった疑問で埋め尽くされる。
「えっと、エストさん、普段使っている化粧水とかは──」
結局、塗っている間は終始美容の話をするばかりで……オレも女の子になったということかと改めて実感した。
「──では、まず軽く身体を動かしましょう!」
そう言うエストが持っているのは、所謂ビーチボールで。
……ビーチバレーか。なんだかんだで前世ではやったことなかったな。そもそもバレー苦手だし。
「……エンドリィ、どうしたんですか?」
「……へ? いや、上手くできるかなーって思って」
「上手にやる必要はないわよ〜。ただ楽しめばいいだけっ!」
ただ楽しむ、か。この世にはソレができないくらい壊滅的な運動神経の人間も──。
「──えいっ!!」
ビーチバレー楽しいっ! ビーチバレー楽しいっ!
今世のオレ、魔法の才能だけでなく運動神経もそこそこ良いようだ。
なるほど、スポーツを楽しむって、こういうことか!
「いきますわよっ!」
オレが打ち上げたボールをエストが思いっきり打つ。
「にゃ……!? やられたぁー!」
ソレに反応できなかったケアフが無念の声をあげる。
「やりましたわね、エンドリィ!」
「ええっ!」
パチンと手を合わせるオレたち。
……前世の陽キャたちへ。集まって玉動かして何が楽しいんだとか思っててごめん!
「それではいよいよ……泳ぎますわよ〜!!」
「わーいっ!!」
……夏、満喫してるなぁ!
「──にゃぁ〜……!」
「……失礼します」
泳ぎ散らかしたり、スイカ割りなどもやったりして、疲れ果ててビーチパラソルの下で涼むオレたち。
そこに現れたのは、エストとそんなに歳が変わらないだろうという容姿の使用人であり、何やら神妙な面持ちをしていた。
「……何かあったのかね?」
「実は、見回りをしたところ付近を彷徨く怪しい人物を捕えまして」
「……え?」
無意識に声が漏れる。
……また、オレたちを襲おうと?
「ただ道に迷っていただけではありませんの?」
「いえ、声をかけるなり『闇属性魔法』を撃ってきまして……前情報を教えていただいて『光属性魔法』を予め宣言していなければ危ないところでした」
「にゃ! 『やみぞくせいまほう』……!」
「……なるほど。ご苦労だった。騎士団への連絡は?」
「は。既に済ませております」
「……ここにもあらわれるなんて。おそろしいですね」
「ええ、たしかに狙われていますね。標的が私……だったらやっぱり学校の中に閉じこもっている方が」
「大丈夫ですって、エンドリィ! ワタクシたちがアナタの青春を無駄にはさせませんわっ!」
「……お嬢様方は気にせずお楽しみください。手荒なことは私めらにお任せあれ」
手を胸に当て、綺麗な所作で礼をする使用人。
カッコいいなぁ……! 見た目ではわからなかったが、性別はどちらなんだろう?
「──にゃ〜! かつお〜!!」
期待通り、夕食には鰹の刺身……と様々な海の幸が出てきた。
タタキじゃなくて刺身もいいよね。
「なんだかんだでケアフちゃんと鰹を食べるのはコレが初めて……だよね!」
「おぉ、そうだな! やっとエンドリィといっしょにたべられる! いっただきまーす!」
「いただきまーす!」
「「……おいしーいっ!!」」
新鮮さが伝わる美味さだ。嫌な臭みが感じられない。
「うふふっ、気に入ってもらえたようで何よりですわっ!」
「こんなゴウカなリョウリ……やっぱりAランクってすごいです!」
「ふふっ、最近Aランクに上がったばかりだけどね〜?」
「Bランクのころもこんなかんじのショクジだったんですか?」
「まあ、そうだな。特に食事面での変化はない」
「はぁ〜、やっぱりCランクとは大きな差がありますね〜! ……いつかはボクも!」
カインの言う通り、CランクとBランクには大きな差がある。Cランクが使用人ならBランク以上がその主人であるように。
極大魔法を一つ使えるかどうかで大きな差が出てくるのだ。
「あらっ、ソレなら明日と明後日は少しだけ魔法の特訓もしてみます? 直接指導しましてよ?」
「ほ、本当ですか!?」
……ああ、これを知ったらユーティフルがまた怒るんだろうなぁ、なんて苦笑いを浮かべてしまう。
「エンドリィは、もう必要ないかもしれませんけれどね?」
オレを見てエストが微笑む。いや、ソレは流石に買い被りすぎだろう。
「いえいえ! まだ大級魔法や極大級魔法は雲の上のように感じますから……! それに、まだ魔力量だって自身がありませんし」
魔力量。
例えどれだけ強力な魔法を使えたとしても、ソレを一発しか撃てないのか二発以上撃てるのかで話は変わってくる。
「……以前ワタクシが申し上げた訓練はこなしていまして?」
「ええ、もちろん!」
ケアフとカインが此処に来たいということを伝える時に教えてもらった、魔力量を伸ばすコツ。
ソレは、自分の限界ギリギリまで魔法を放つこと。
そうすると、段々と『限界』が高い数値になっていくらしい。
まあ、筋トレでも似たようなことが言えるか。
「うふふっ、ならばソレをコツコツと続けていけばいいのですわ! 努力は時には裏切ってくることもありますが、何もしなければ何も起こらないままですもの!」
前世のオレならば意識高い系の言葉だーと嫌な顔をしていただろうが、今世ならば不思議と素直に受け入れられた。




