第29話 夏休み
「さて、今日から夏休みが始まるが……その前に夏期補習者の発表をする」
「にゃ……!?」
クラス全員の視線がケアフに向かう。
良い奴だったよ、ケアフ……。
「今回の夏期補修者は『対象無し』とする。よく頑張ったな」
「みゃ、みゃーは……?」
あ、むしろ自分から聞いていくスタイル……たしかに意外だったけれど。
「日々の補習の成果もあって辛うじて及第点に達していると看做した」
「にゃーーっ!! やったーーーーっ!!!!」
ケアフが両手を挙げてバンザイする。可愛いね。
「……はぁ、よかった」
カインがため息を吐く……うんうん、報われたな。
「貴様ら、休みだからといって羽目を外しすぎることのないようにな……それでは、解散ッ!」
「にゃー! ありがとっ! カイン! エンドリィ!」
ケアフがトテトテと此方に駆け寄ってくる。可愛いね。
「はぁ、キモがひえましたよ。まったくもう……」
肝が冷えるといえば……肝試しも今の時期だよな。怖いから参加したくないけど。
「……あっ、そうだ! ケアフちゃん、カインさん! エストさんの家のプライベートビーチに招待されたんですけど、お二人もどうですか?」
「えっ、ボクたちも……」
「いいのか!?」
「ええ、エストさんたちの許可はもらっていま……」
「オーッホッホッホッホッ! 面白い話をしているわねエンドリィ!」
……げ。しまった。寮に帰ってからこの話をすればよかった。
「あっ、ユーティフルさん……」
「当然、ワタシも誘ってくれるのよね? まあ、忙しくて行くのは難しいかもしれないけどっ!」
「ニッテイはいつなんです?」
最早ユーティフルのことは無視しているカイン。慣れたものである。
「八月の二十日から二十三日ですね」
「あっ、その日は本当に外せない用事がある……」
ユーティフルが眉を顰める。
……よかったー! Aランクに上がったばかりのラボーさん達に爆弾をなすりつけるところだったー!
「まっ、まあっ? せいぜい楽しむといいわっ? オーッホッホッホッホッ……うううぅぅぅぅぅぅ〜〜!!」
「あっ、まってくださいおじょうさま〜!」
「セキニンとれエンドリィ〜!」
高笑いした後に変な声をあげて走り去っていくユーティフルとそれを追う取り巻き達。責任取れって何のだよ。
「……で、カインさんとケアフちゃんは大丈夫そうですか?」
「おぉっ、だいじょうぶだぞっ!」
「ボクもモンダイありません!」
「よかった……では、そのように伝えておきますね」
──夏休みというものはいざやってくるとあっという間で。
もう夏休み終盤の、八月二十日になっていた。
つまり、スー家のプライベートビーチに行く日だ。
……いや、早くない? 自分もっと休めますっ!!
まあ、休み中も魔法の練習は欠かさずしていたんだけどな。
「うぅ、なんだかキンチョウしてきました……」
「みゃ、みゃーも……!」
「あははっ、大丈夫ですよっ! ただ海に遊びに行くだけなんですから!」
「そうはいいますけど、プライベートビーチだなんて……!」
「エンドリィ〜!」
学園の門前で喋りながら待っていると、此方にやってくる馬車の中からエストが顔を出して手を振っていた。
「エストさん! お久しぶりです!」
「うふふっ、実家は楽しめたかしら!」
「ええ、みんな変わらず平和に過ごしていまして……ゆっくりできました」
そう、ここ一ヶ月ほど、オレが生まれ育った村に帰ってゆっくりと過ごしていたのだ。
オレの成長具合に両親はもちろん村のみんなも驚いていて。
村に帰った当初は『次期村長は決まったな!』とか『そんなところで収まる器じゃないぞ!』とか、とにかく祭り上げられてたのがむず痒かった……。
一応、御者のおじさんが護衛として村に滞在してくれたが、特に事件も起こらず平和に過ごすことができた。
むしろ付き合わせてしまって申し訳なかったとおじさんに謝ると『なぁに、田舎で平和に過ごすのも悪かねぇ!』と豪快に笑っていた。
良いおじさんだ……馬車の乗り心地はクソボケだけど。
「あらあら、それは何よりですわ! さあ、三人ともお乗りになって!」
「し、シツレイします……!」
「し、しつれいしまーす……!」
ガチガチに緊張したカインとケアフが馬車に乗る。
この馬車は四人乗りなので、カインが普通に座って、オレとケアフはそれぞれエストとリーズさんに抱かれる形となった。
「お二人とまともに話すのはこれが初めてですわね! ワタクシは『エスト・B・スー』! 改めてよろしくしますわね!」
「か、『カイン・D・ウール』です! よ、よろしくおねがいします!」
カインが目を泳がせながら挨拶する……ははーん、もしかして歳上の美人なお姉さんに照れているな? 気持ちはわかるよ。
「みゃーは『ケアフ・E・アール』! よろしくおねがいしまーす!」
「うふふ、よろしくね〜。カイン君、ケアフちゃん〜」
逆にケアフはいたくリラックスした表情で挨拶する。リーズさんに抱かれて安心しているのだろう。
「……そういえば、今日は使用人の方々の馬車は無いんですね?」
「人手不足でな……プライベートビーチの方にも数人の使用人が待機しているので、必要ないと判断した」
ラボーさんがため息を吐く。
そりゃそうか。六人の命が失われているんだ。それに、新しく人を雇おうにも本当に信頼できる人間か目を光らせなければならない。簡単に人材を補充できるワケがないのだろう。
「まあ、お父様とお母様、それにワタクシがいれば例え襲われようが撃退できますわよ!」
それもそうか。極大級魔法使いが三人もいれば安心だ。
「たのもしいですね……!」
カインが目を見開いて息を吐く。日頃関わる極大級魔法使いなんてナウンスくらいだからな。いや、彼を馬鹿にするワケじゃないが、共に時間を過ごしすぎていて特異感が少し薄れているというか……。
「……あ、それともう一つ聴きたいことがあったんです。『テロリストの件』で、何か影響はありました?」
「にゃ! みゃーもそれをしってびっくりしたぞ!」
「……ワタクシの家自体には何も影響はありませんでしたわ。お父様は騎士団員として対処に追われていましたが」
「対処に追われていたと言っても、基本的にはゼション達が鎮めた後始末と城の修繕が主な仕事だったがな……」
「なるほど……」
そう、オレが村に帰っている間に、王都ではテロリストが王城を占拠するという事件があった。
幸いにも死者は出ず、ゼションやその他Sランクの人々が事を鎮めたらしい。
化け物みたいなやつらがウジャウジャいる王城で事を起こすとは肝が据わった連中だ。
……なんでも、『正体不明の人物に襲われる事件群』については、彼らが資金稼ぎのために行っていたらしい。
……オレを狙う人物とは別件と考えていいのだろうか。
「……まあ、暗いお話はあまりしないようにしましょう〜? これから私たちは楽しく遊ぶのだから!」
「……そうですね! すみません、こんな話をしちゃって」
「気にするな、悪いのは事件を起こす奴らだ」
「そうそう、エンドリィは何も悪くありませんわよ〜!」
ラボーさん達にフォローされる。それはそれで申し訳ないが……いいや、気にしないようにしよう。
オレたちは楽しく遊ぶんだ!