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第28話 老人

「エンドリィ! 見たわよ! あのニュース!」


 月曜の朝、教室へ辿り着くや否や、ユーティフルがつかつかと歩み寄ってきた。


「ユーティフルさん、エンドリィはまだつかれているんです。すこしソッとしておいてあげ……」

「そうだそう……」

「アナタたちは黙ってて!」

「はいっ!」

「にゃっ!」

「ふふっ」


 ユーティフルの剣幕に圧倒されるカインとケアフ……コミカルで少し笑いが漏れてしまった。


「なーに笑ってるのよ! 無事だったからよかったけれど……!」

「ええ、そうですね、事件自体は笑い事じゃありません。スー家の使用人さん六名がお亡くなりになって、エンシェントドラゴンに襲われた数名の方が怪我をされたんですから……あと、やっぱりユーティフルさんは心配してくれてたんですね」

「……っ! アナタが一位のまま勝ち逃げされたくないだけよッ! カンチガイしないでくれるっ!?」

「ふふっ!」

「だーかーらー! なーに笑ってるのよ〜ッ!!」


 典型的なツンデレにまた笑いが漏れてしまい、ユーティフルに詰められる。

 ああ、平和だ。

 ……今回の件で、『花咲の丘』は一時閉鎖。

 九年前に倒されたはずのエンシェントドラゴンが現れたことからゼションも追及されていたが、九年前の個体の子どもだったと報道された。

 ……いや、そもそも九年前の件は箝口令が出ていたようで、その事について今日も議会で討論が続いているようだが。


「エンドリィ! ちょっと来てくださいませっ!」

「……あっ、エストさん!」


 オレはユーティフル達に礼をして、エストが開いた扉へと駆け寄る。


「ラボーさんとリーズさん、Aランクに上がったようで……良かったですね!」


 今回のエンシェントドラゴン討伐の件で、ラボーさんはAランクに上がり、それに合わせてリーズさんのランクも上がったらしい。

 成人後に極大級魔法を二属性使えるようになったことから、以前から検討はされていたらしいが、今回の件が決定打になったのだという。


「本人たちは困惑していますけれどね……ワタクシも負けていられませんわ!」

「あははっ、エストさんなら大丈夫ですよっ! それで、用件は……」

「……やっぱり、このハンカチはアナタに差し上げますわ! 今回の御礼として、受け取ってくださる? 親愛なるエンドリィ!」

「……ありがとうございますっ!」


 満面の笑みでハンカチを差し出される。

 お礼と言うことなら、素直に受け取っておこう。



「──今日も今日とて『ケアフ・E・アール』は補習だ。以上、解散!」

「にゃああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


 なんかもうこの叫びも定番になってきたな。


「しかたありませんね、キョウもつきあってあげますか……」

「カイン〜! おみゃー、ほんとうにいいやつだな〜!」

「でもいいかげん、ホシュウにならないようにしてくださいよ? ホントに」

「にゃっ! きをつける……」

「エンドリィはどうしますか?」

「あっ、今日は用事がありまして」


 補修のサポートをするのも自分の復習になるので悪くはないが……今日は行ってみたいところがあった。


「ん、そうですか。ではまたリョウで!」

「またあとでな〜! エンドリィ!」

「うんっ、また後で〜!」


 オレは手を振って教室を出た。



「──ふんふっふーん」


 行ってみたいところ、ソレは今朝エストに教えられたカフェのことだ。

 楽しみすぎて鼻歌まで歌っている。

 前世でも一店舗だけ通いまくっていたカフェがあった。あそこくらい滞在しやすい店だったらいいが……。


「あっ」

「おっ?」


 十字路に差し掛かったところで、一人の奴隷が此方へと曲がってきた。

 彼はたしか……ストレンスだ。


「こんにちはっ、ストレンスさんっ!」

「あのときのチビのガキじゃあねーか。奴隷に挨拶するなんてやめとけやめとけ」


 顎を動かして向こうに行けと促すストレンス。

 その鼻からタラリと血が垂れる。


「は、鼻血っ!?」

「おっと……」

「まっ、待ってくださいっ! ほらっ、ハンカチっ!」


 流れ出る鼻血を己の腕で拭こうとするストレンスを制止し、ハンカチを差し出す。

 ちなみにこれはオレが元から使っていたやっすいヤツだ。


「あん? 必要ねーよ」

「私が見過ごせないんです!」

「……わーったよ」


 ストレンスはため息を吐きながらハンカチを受け取り、鼻周辺を拭く。


「突然の鼻血……のぼせてしまったんですかね?」


 今は七月の上旬だ。まだ夏最中というわけではないが、そろそろ日差しがキツくなってきた。


「うるせー、お前にゃ関係ねー」

「栄養……ちゃんと取っていますか? お水も……」


 巨人族は身体の丈夫さが特徴であるが、だからといって何をやっても倒れないというわけではない。


「あぁ、ストレンス! 鼻血を出して……! そこのお嬢ちゃんがハンカチを貸してくれたのか? ありがとう!」

「いちいちこっち来んなっての、じーちゃん」


 老人……いや、老人というにはまだ若いか。五十代くらいの男性がこちらに近寄ってくる。

 ……じーちゃん? そういえば、彼と初めて会った時もこの人の声が聞こえてきた気がする。


「聞いたぞストレンス。自分の食料や水を他の奴隷に分けているようだな……その心がけは素晴らしいが、それで体調を崩しては元も子もないだろう!」


 ……なるほど。それで身体が弱っているのか。


「腹の音がうるせーからくれてやっただけだ。美談みてーに語るんじゃねー……おら、そこのチビのガキも笑ってるんじゃねぇ!」

「……いや、良い人だなと思いまして」

「あ? どうして俺が奴隷になったか教えてやろうか!?」

「こら、よせ、ストレンス……お嬢ちゃん、ハンカチを貸してくれてありがとう。必ず返すからね」

「おら、もういいだろ? 二人ともどっか行きやがれッ!」


 オレと男性はストレンスに追い払われるように退散して……。

 その後、彼もお辞儀をして何処かへと立ち去っていった。



「……ん?」


 もうすぐカフェに辿り着くかというところで、公園のベンチに座っている一人の老人が目に入った。


「ママー、あの人なに〜?」

「シッ、見ちゃいけません……!」


 お手本のようなセリフで遠ざけられる子供。

 まあ、ソレも無理はない。

 老人は王都に似つかわしくない、みすぼらしい格好をしていたのだから。


「……こんにちは、良い天気ですね?」

「わっはっは、こんにちは、お嬢ちゃん!」


 乱雑にされた白い長髪。胸まで届くかというほどの大きな髭。

 特徴だけ書き出せばランブルロックに似ている気がするが、こうやって見ると似ても似つかない浮浪者だ。

 ……だが、その挨拶は思ったよりも爽やかで。


「ワシなんかに話しかけていいのかぁ〜? 悪ーいジジイかもしれんぞぉ〜?」

「えー、そうなんですか〜?」


 まあ、話しかけていいのかという疑問はオレも抱いていたが、こんな浮浪者に話しかけられるのも警察か幼児の特権だろうから。


「冗談冗談ッ! しかし、話しかけてくれたのはキミが初めてだッ!!」

「……ここで何してたんですか?」

「なーんにも? ただ景色を見ていただけさ。平和だなぁ、と……まあ、物騒な事件が起こったらしいが」

「あはは……」


 きっと『花咲の丘』での事件のことだろう。知らんふりしとこ。


「お嬢ちゃん、その制服は王都学校生だな? 懐かしいなぁ、ワシも通っていたんだ!」

「えっ、そうなんですか!?」


 今の風貌からは想像もつかない……というか、この老人が学生の頃って、まだ魔王がいた時代じゃないか?


「ああ、そのときは魔王を倒そうと皆が躍起になっておってな!」

「──すみません、少しよろしいですか? 近隣の方から通報を受けまして……」


 マズい、警備員だ。


「……お嬢ちゃん、このおじいちゃんは知り合いかな?」

「……はいっ、さっき知り合いました! 面白いお話を聞かせてもらったんです!」

「それは知り合いとは言えないよ……おいアンタ! 身分証を出せ!」


 老人に対して語気を強める警備員。まあ、ちゃんと仕事をしていると言えるが……。


「おじいちゃんが何か悪いことしたんですか?」

「……最近、物騒な事件が増えているからね。それに見てごらん、このおじいちゃんの格好、どう見てもまともじゃないよ」

「それなら、おじいちゃんが綺麗な格好をしていたらまたお話を聞けるんですね!」

「いや、そういうわけじゃ……!」

「……わっはっは! そういうことならワシも出直すとしよう! レディー! 『極大瞬間移動魔法キーロテレポテーション』ッ!」

「あっ、おい待てッ! ……はぁ」


 ……ん? 極大魔法を使えるってことはBランク以上なのか? いや、何かやらかしてランクが下がったということもありえるか。

 ……なんだったんだあの老人。


「お嬢ちゃん、知らない人には話しかけちゃいけないよ?」

「はーい! すみませんでしたー!」


 オレはお辞儀をしてカフェへと走る。



「──あらっ、遅かったわねエンドリィ!」

「あらっ、貴女がエストちゃんとユーティフルちゃんのお友達っ?」

「…………え?」


 辿り着いたカフェにユーティフルが居たのはまた別のお話だ。

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