第26話 全属性混合魔法
エンシェントドラゴンは幻とされる極大級の魔物だ。
その見た目は、この世界に広く存在するドラゴン……前世、ゲームなどで見た典型的なソレと大差はない。
しかし、一つ特徴をあげるとするならば、その白さ。陽の光に晒されて輝くその姿はまるで神仏の類のように見えて。
だからこそ、口元から滴り落ちる紅がいやに目立っていて。
……コイツはヤバい、と警告するように身体が震える。
「……あ、あ」
「エスト、気をしっかり保つんだッ!!」
「……ッ!」
エンシェントドラゴンを見つめていたエストは振り返り、駆け出して。オレたちもその後を追う。
……エストは最初この丘に来たとき、やたらと何かを警戒していた。
今ならわかる。彼女はコイツのことを恐れていたのだと。
九年前、エスト達一家はこのエンシェントドラゴンに襲われたのだろう。ソレが彼女のトラウマになっている!
「ラボーさん! 九年前は、どうやってヤツを倒したんですか!?」
「私達が倒したのではない。必死に攻撃を防いでいると、救援要請を受けたゼションがやって来てヤツを倒したのだ!」
「……っ!」
ゼション! そりゃあアイツなら倒せるだろうが……!
「学校通信室! 学校通信室ッ! 聞こえますかッ!? こちら、一年生の『エンドリィ・F・リガール』ですッ!」
オレは腕時計型の小型ヴィジョンを使い、学校通信室へ連絡する。
『こちら学校通信室です。どうされました?』
「現在スー家の皆さんと一緒に『花咲の丘』に居るのですが、そこにエンシェントドラゴンが現れました! 救援を要請できないでしょうか!」
『え、エンシェントドラゴン……!? わ、わかりましたッ! どうか救援が辿り着くまでご無事でッ!』
「私からも騎士団へ連絡しよう……! こちら『ラボー・B・スー』!」
ラボーさんが連絡し始めたのを確認し、背後を見る。
ヤツは遥か上空に飛んでいて。
このまま去ってくれるならば救援要請は無駄になるが、願ってもない……!
「……来るわッ!」
しかし、願いも虚しくエンシェントドラゴンは此方に……。
……いや。
ヤツはとてつもない速さで丘の入り口に突っ込んでいくッ!
……遠くから聞こえる悲鳴。
「ヤツは人が沢山居る方に向かっています!」
まるで空腹で目覚めたばかりの獣が食料を求めているようだ。
「……ね、ねえ! い、今の内に逃げましょうよ!」
震える声でそう言ったエストを見る。
気高く、そして人を想う彼女の発言とは思えない。かなり精神的に参っているようだ。
「……エスト達はそうすればいい。しかし私は騎士団員として襲われる人々を助ける責務があるッ! レディー、『大射出魔法』!」
「お、お父様ああああああぁぁぁぁッ!!」
指を鳴らしたラボーさんが踏む地面が隆起し、彼を丘の入り口まで射出する。
「……私も、夫を支える義務がある」
「ま、待ってお母様ッ!!」
駆け出そうとしたリーズさんのドレスの裾をエストが掴む。
「エスト……!」
「お母様まで行ってしまわれて、二人とも死んでしまったらどうするんですのッ!? お父様もお母様も、ワタクシのことなんてどうでもいいんですのねッ!!」
感情的に叫ぶエスト。それを受けて、リーズさんは悲し気な笑みを浮かべ、エストを抱きしめる。
「そんなわけないでしょう? 私はエストを愛しているわ。でもね、私もラボーさんも、『貴女が誇れる両親』でいたいの。誰かを見捨てて逃げて生きながらえる両親で、貴女は誇れる?」
「……ッ! たしかにワタクシは気高く優しく生きるお父様とお母様を誇りに思っていますわッ! でも、それ以上に、死んでほしくないッ! ワタクシの傍に居てほしいんですのよッ!」
エストの悲痛な叫びが周囲に響く。
「だったら、これは私達の勝手なエゴなのかもしれないわね……ごめんなさいね、愛しているわ、エスト」
リーズさんは脱力したエストの額にキスをして駆け出す。
「……お父様、お母様」
膝から崩れ落ちて、顔を両手で覆うエスト。
……どちらかといえば、オレもリーズさんのソレをエゴだと思う。
誇れなくても、傍に居て、ただ愛を伝えてくれるだけで、子供にとってどれだけ幸せなことか。
両親の『自分はこう思われたい』という想いは所詮エゴに過ぎない。
……そう思うのは俺の精神が未だ幼稚であるからだろうか。
「エストさん、リーズさんの頬と背中の傷……アレも九年前についたものなんですか?」
「……え? ええ、私を抱いて庇ったときに、背中と頬に傷がつきまして。けれどお母様は無属性魔法しか使えないので、その傷も自然治癒を待つしかなかったのですわ」
手を退けて、オレを見るエスト。
無属性。相反する属性が無い、攻撃手としては最強だが回復魔法が存在しない属性。
それでも、リーズさんはエストを守り抜いたのだ。
……それはたしかに彼女の愛で。
「そのとき、エストさんはどう思いました?」
「それは……」
「レディー……『中上昇魔法』ッ!」
「エンドリィ!?」
オレの名を呼ぶエストの声を背中に受けながら、丘の入り口へと向かう。
『そんなことしたくない』という気持ちは拭えないが……。
リーズさんたちの想いがエゴに過ぎないと思っているからこそ、ソレなんかで彼女たちを死なせないためにオレは行くんだ。
「──『極大土属性魔法』ッ!」
オレが辿り着いた時、エンシェントドラゴンが発動した火属性と風属性の混合魔法と思われる燃え盛る竜巻に向けて、ラボーさんが土属性魔法を発射していた。
竜巻は消え去ったが、花々に火が燃え移り、周囲が火の海になる。
「レディー、『極大無属性魔法』ッ!」
リーズさんが最強の攻撃呪文である極大無属性魔法を矢のように放つ。
……モンスターのランクは、基本的に『そのランクの魔法一撃で倒せる』ことが基準になっている。その規則に従えば、これが命中すればヤツは倒せる、のだが。
「……」
エンシェントドラゴンに無属性魔法が命中しても、ヤツは声一つあげることなく、リーズさんの方を向いていて。
……一つ変化があったとすれば、ヤツの鱗の色だ。真っ白だったソレは灰色に染まっている。
……これが、エンシェントドラゴンの特性、『魔法ダメージ無効化』だ。
名称だけ考えれば絶望するが、ヤツが無効化できるのは一度に三属性まで。
極大魔法使いが揃えば倒せない相手ではないので、騎士団や王都学校の教員さえ到着すれば……!
「リーズッ!!」
「二人とも目を閉じてくださいッ! レディー……」
エンシェントドラゴンがリーズさんに向かって恐ろしい速さで突っ込んでいく。
「『中閃光魔法』ッ!」
オレは歓迎遠足のときにグリフォンにやったように、ヤツの目に閃光魔法を喰らわせる。
「グオギャアアアアアアァァァッ!!」
エンシェントドラゴンが叫び声を上げながら墜落する。
「エンドリィちゃん!」
「エンドリィ! 重ね重ね感謝するが、下がっていなさい! もう閃光魔法は通用しないと考えた方がいいッ!」
「そうしたいのは山々ですが……! 今の内にヤツにダメージを与えましょう!」
「ダメージを与えるって、もしかして……」
「『全属性混合魔法』かッ! しかし、今のままでは人員が……!」
全属性混合魔法……その名の通り、『火水風土光無』の全属性魔法を一度に収束させて撃つ連携魔法。
通常の魔法より遥かに強力だと言われており、中級魔法の全属性魔法でも単体の大級魔法以上の破壊力を持つとされている。
「……ワタクシがおりますわ。お父様も、二属性混合魔法は撃てますわよね?」
「エスト!」
エストが上空から舞い降りる。
「ワタクシは水と風の混合魔法を、お父様は火と土の混合魔法を、お母様は無属性魔法……そしてエンドリィは光属性魔法を! 中級の全属性混合魔法をヤツの頭目掛けて放ちますわよッ!」