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第23話 無能力

「──たしかに、王都学校の制服を着てるが……最近、物騒な話も聞くからなぁ」


 エストの家に着いたのはよかったが、オレは今、門前払いされようとしている。


「……どうしても、ダメですか?」


 くらえっ、幼女の上目遣いッ!!


「うっ、そう言われても俺の一存では……ハンカチならおじさんが返しておいてあげるから!」

「いえ、直接お礼を言ってお返ししたいので……うーん、やっぱり明日、学校でお返しすることにします」

「ああ、そうか……申し訳ないが」


 大袈裟に肩を竦めてみるが、門番の意思は変わりそうにもない。

 仕方ない。今日やると決めたタスクは終わらせておきたかったが、明日に回して支障があるわけでもない……ここまで歩いたのが無駄足だったと思うと少し悔しい気もするけれど。


「あら、どうしたの〜?」

「何か用かね? お嬢ちゃん」

「あぁ、旦那様、奥様っ、おかえりなさいませッ! この子は……」


 馬車に乗った男女が顔を出す。

 旦那様、奥様ということは、エストの両親だろう。


「この前怪我をしたとき、エストさんにハンカチを貸してもらって……ソレを返しに来たんです。直接お礼も言いたくて」

「なるほど……エストが。ならば遠慮なく入るといい」

「ですが旦那様! 最近は物騒な事件が続いております! 何らかの特殊能力で幼子に変化している可能性も……!」

「あははっ、この子が刺客〜? 随分と可愛らしいこと!」


 エストの母親がからからと笑う……見た目は二十代かと見間違うほどに若いが、彼女の細長い耳を見て理解する。耳長族、いわゆるエルフだ。


「仮にそうであったとして、騎士団員である私の手に負えないとでも?」

「いっ、いえっ! しかしですね、そもそも危険というのは根本から排除しなければ……私も門番として主人を護る役目がありますゆえ!」


 門番に険しい顔を向けるエストの父親は……三十代後半から四十代前半に見える。まあ、年相応といったところか。顎髭がなければもう少し若く見えるかもしれないが。


「貴方はよく働いてくれてるわ〜。だから、私たちの我儘に付き合わせてしまうのは心苦しいけれど……さ、お嬢ちゃん、私のお膝に乗って〜」

「え、いいんですか……?」


 ポンポンと膝を叩くエスト母。

 そういうことなら遠慮なく乗せてもらおう。


「その心構えは大したものだ。君の昇給を検討しよう」

「いえっ! そのような事は望んでおりませんのでッ! ……忠告はいたしましたからね!」


 なんかオレ、めっちゃくちゃ疑われているな。

 まあ、歓迎遠足の件や、正体不明の人物に襲われる事件が多発しているからな。無理もないだろう。


「ええ、ありがとう〜……それでお嬢ちゃん、お名前は〜?」

「エンドリィ・F・リガールです……!」


 ……エストはオレがFランクだと知っても変わらぬ態度を取ってくれたが、その両親はどうだろうか。


「ほう、キミがエンドリィ……神童か。話は聞いている。なんでも、エストと同じようにいきなり『小級魔法』を使ったとか」

「は、はい……!」

「エストもまた会いたいと言っていた。きっと娘も喜ぶだろう……自己紹介が遅れたな。私はラボー・B・スー。そして此方は妻の」

「リーズ・B・スーでーす! よろしくね〜、エンドリィちゃん!」


 オレの肩を揉みながら気さくに挨拶をするリーズさん。優しそうな人たちで良かった。


「ええ、よろしくお願いしま……」

「……? どうかしたの〜?」


 オレは振り返ってリーズさんの顔を見上げた……すると、彼女の頬には僅かだが傷跡があって。


「いえ、この馬車、長い時間大切に使われている感じがして、なんだか良いなぁって思って……」


 出会ってまだ間もないのに触れるのもどうかと思い、話題を逸らす。


「物を大切に扱うのは人として当然だからな。新しいものに飛びつく気持ちもわかるが、やはり……」

「エンドリィちゃん、エンドリィちゃん、ウチの人、この話を始めたら長いから外の景色でも眺めておくといいわ〜」


 リーズさんから小声で話しかけられたので、言う通りにする。

 ……広い庭だ。といっても、家に着くまで馬車で数十分というわけではなく、三階建ての豪邸は間近に迫っている。



「──おかえりなさいませっ! お父様っ! お母様! ……あらっ、エンドリィ! どうしましたの?」


 数名の従者と共にエストが玄関口までやって来る。

 リーズさんの膝の上に座ったオレを見ると、目を見開いていて。


「ハンカチ、綺麗になったので返しに来たんです。明日学校で……とも思ったんですけど、今日合宿から帰ってくるという話だったので、居ても立っても居られず」

「あらあらっ、それはアナタに差し上げたものですのに! けれど、可愛らしいお客さんはいつでも大歓迎ですわっ!」

「では、応対室に紅茶を四つとケーキを頼む」

「それじゃあ、いきましょっか! エンドリィちゃん!」


 リーズさんに手を引かれ、オレは応対室へと案内される。


「……また会いましょうと申し上げましたのに、合宿もあってなかなか機会がありませんでしたわね。またこうしてお話できて嬉しいですわ! エンドリィ!」

「あはは、私もです……合宿、無事に終わったようで良かったです。歓迎遠足の件で中止になるか縮小するかって、先生方が話していましたから」

「そうそうっ、歓迎遠足の件、ワタクシも聞いてビックリしましたわよ! 耳に入った時には合宿中でしたのが歯痒かったですわ! 知っていればすぐにアナタの元へ駆けつけましたのに!」


 エストもオレのことを気にかけてくれていたようだ。

 ……エスト・B・スー。九年生にして三つの大級魔法を使える成績優秀者。

 火属性魔法と水属性魔法という相反する魔法をどちらも同じくらい使えるということが特異であり、十年生に上がる時にはAランクになっているだろうと噂されている天才だ。

 ……そんな彼女がここまでオレに肩入れしてくれる理由には、心当たりがある。


「はは、随分この子の事を気にかけているようだな、エスト」

「ええ。だって、ワタクシ達はよく似ていますもの。最初に発動できた魔法は『小級魔法』……そして、お互いに『無能力』」


 微笑みながらエストは言う。

 そう、天才と称される彼女も、特殊能力を有していないのだ。


「無能力……」


 その単語を聞いて、リーズさんの表情がわずかに歪んだ。


「……リーズの前だ。その話はそこまでにしなさい」

「……お父様はいつもお母様の肩を持ちますわよね」


 部屋に漂う雰囲気も、どこか歪み始めている気がする。

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