第22話 ハンカチを返しに
「──かくして、それまで争い合っていた『人間族の国』『巨人族の国』『小人族の国』『耳長族の国』『獣人族の国』は同盟を結び、魔王討伐へと向かうことになる」
ナウンスの声と足音だけが教室に響く……はずが、なんだか寝息が聞こえている。気のせいだろうか。
……一学期もあと二週間で終わりかぁ。長かったような、短かったような。
「同盟を組んだとはいえ、当初はパーティを組むなどの直接的なやり取りはなく、どちらかといえば各種族がそれぞれに対して非干渉であり、どの種族が魔王をいち早く倒すかで競い合っていたと…………」
ナウンスの説明が止まる。
教室には寝息だけが響いていて。
……あちゃー。
「ふにゃ!?」
ゴン、と鈍い音がした。
おそらくナウンスが教科書の角でケアフの頭を叩いたのだろう。
現代日本であれば体罰に該当するかもしれないが、この世界にそんな常識はない……まあ、基本的に人間が人間に対して攻撃魔法を使ってはいけないという規則はあるので、そこまで酷い傷も与えられないから、物騒かというとそうではないかもしれない。
「『ケアフ・E・アール』……小職の声はそんなにも耳心地良いか。ならば好きなだけ聴かせてやる。貴様は放課後残るように」
「にゃー!? い、いやだ……ちゃんすを! ちゃんすをくださーいっ!」
「ふむ、チャンスか。それでは、魔王を倒したパーティの人数とその種族を答えよ」
「はいっ! ぜんぶのしゅぞくがふたりずつで……ぜんぶでじゅうにんっ!!」
「……まあ、絵本に載っている内容くらいならば答えられるようだな」
「やったぁーっ!」
「では、魔王にトドメを刺した勇者が表舞台から姿を消した理由を答えよ」
「にゃっ!? まだあるの!? えーと、えーっと……」
この問いの答えは、魔王の死によって発動した特殊能力『呪い』によって妻子を殺され、他者にも影響が出ないようにするため……でいいだろう。
「では、『ケアフ・E・アール』は補習だ」
「にゃーーーーッ!!!!」
クスクスと笑っている右隣の席のユーティフルと目が合い、苦笑する。
……すまないケアフ。席替えがあったからこういうときに助けてあげられないんだ。
「はぁ…………」
左隣のカインも呆れたようにため息を吐く。
「──それでは、これにて本日の授業を終了とする……周知事項についてだが」
ナウンスが眉を顰める。何かあったのか?
「歓迎遠足にて貴様らを襲った犯人について、まだ何もわからんままだ……しかし、いつまでも王都からの外出を禁じているわけにもいかん。もうじき訪れる夏休みに合わせて帰省する者もいるだろうからな」
夏休み、魅力的な響きだ。
それに、学生の夏休みだから社会人のそれとは違ってたっぷり期間もある!
……んだが、オレにとってこの世界の授業はどれもゲーム感覚で楽しいものなので、少し寂しい気もする。まさか勉学でこんなことを思うなんてな。
「そこで、保護者がいればという条件のもと、王都の外に出ることを許可することにした」
「はい、質問してもよろしいですか、ナウンス先生」
「なんだ、『エンドリィ・F・リガール』。遠慮なく言うがいい」
「保護者というのは御者のおじさんも含まれますか? 私の両親は王都まで迎えに来れないと思うので……」
「あっ、みゃーもっ!!」
「ふむ、滞在先にも闘える保護者は居るべきなので、御者に相談しておこう。また追って連絡する……他に質問がある者はいないか?」
「…………」
「よろしい。では、『ケアフ・E・アール』以外、解散!」
「にゃー……」
後ろの席を見ると、ケアフが机に顔を突っ伏していた……悲壮感が凄い。
「オーホッホッホッ! エンドリィ! もしも帰れなかったらワタシの家に泊まってもいいわよー?」
「……ユーティフルさんの家に!?」
銀行トップ……Sランクの豪邸。嬉しいよりも先に恐ろしさの方が先に来る。
「あら、もしかして本家のダイゴウテイを想像した? 違うわよ、この前、誕生日プレゼントで貰ったワタシの家のこと!」
「えぇっ!?」
誕プレで……家!? 七歳の子供に!?
流石は国の要職だ。レベルが違う。
「オジョウサマはナナサイのタンジョウビをむかえるとともに、ヒトリグラシをヨギなくされたんだ! シヨウニンもゴニンくらいしかいない!」
それは一人暮らしとは言わない。
まあ、社会勉強的なやつか。日本じゃ大学生や早くて高校生がやらされるようなことだけど。
「そのさみしさをうめてやれ! エンドリィ!」
……その役目、君たちじゃダメ?
いや、言葉にはしないけれど。
「あはは、ありがとうございますっ! もし村に帰れるって話になっても、機会があれば是非行きたいですっ!」
まあ、ユーティフルほどの美幼女と一緒に過ごせるというのは、前世のオレからすれば口角が上がりすぎて目尻につくくらい嬉しいことだからな。
今は『“ともだち”のいえにいくのたのしみー』くらいの感覚だが。
「そっ、そう? ワタシも忙しいのだけど、日程調整くらいはしてあげる! それじゃあね! エンドリィ!」
「あっ、まってくださいオジョウサマー!」
「おみおくりしなきゃー!」
ピューっと走り去っていくユーティフルを追う取り巻きズ。
「……なつかれてますね、エンドリィ」
「……カインさんからもそう見えます?」
「アレはダレからみてもそうみえますよ……」
「にゃはは、みゃーからみてもそうみえるぞ! すみにおけないなっ! エンドリィ!」
「ちょっ、変なこと言わないでよケアフちゃんー!」
「ケアフ……アナタ、ようやくマホウがつかえるようになったからって、ザガクをサボってはいけませんよ?」
「にゃー……でも、ねむくなっちゃって」
シュン、と肩と竦めるケアフ。尻尾の元気も無い。
「……シカタないですね、ホシュウ、ボクもつきあってあげますよ。ねないようにみはってあげます!」
「えー、べつにそこまでしなくても……」
「『カイン・D・ウール』がそれでいいのなら、小職からも頼もう。一人では此奴を抑え切れるかわからん」
ナウンスが教室に戻ってくるなりそう言う。
ケアフ、危険物みたいな取り扱いされてる……。
「エンドリィはどうします?」
「あっ、私はちょっと用事があって……」
「そっかそっか! それじゃあ、また『りょう』でなー!」
「ええ、またリョウであいましょう!」
「うん、また後でねー!」
三人に礼をして教室を出る。
向かう場所は、九年生の教室だ。
「──エストさんならもう帰ったわよー?」
「えっ、そうなんですか……貸してもらってたハンカチ、返そうと思ったんですけど」
エストからすればあげたものなのかもしれないが、やはりこのままにしておくわけにはいかない……と思って早二ヶ月程。
どうしてこんなにも時が経ったのかというと……九年生には一学期に一ヶ月ちょっとの合宿があり、それが終わるのを待っていたのだ。
汚れが完全に取れるのがもう少し早ければ、合宿前に渡せたかもしれないが……。
「あら、わたしが返しておきましょうか?」
「うーん、直接お礼を言って返したいなぁって……できれば今日のうちに」
「なるほど、その気持ちはわかるわ。それなら、彼女の家に行ってみたらどう? 住所はねー……」
「あっ、一年生だ〜! かーわいいっ!」
「なになに? エストさんに何か用事?」
九年生女子二人が此方へとやってきてオレの頭を撫でたり頬をプニプニしたりしてくる。
「エストさんに貸してもらったハンカチを返したいんですって。できれば今日中に」
「あら、そうなの! 邪魔しちゃってごめんね!」
「それにしてもエストさん、すっごく優しいよね!」
「うんうん、気高くてカッコよくて……昔のことも許してくれたし!」
「昔のこと……?」
「ああっ、なんでもないの! えっとね、エストさんの住所は……」
「──ありがとうございます!」
エストの住所を聞いて、九年生たちに礼をして教室を出る。
……さて、彼女の家に向かおう。




