第20話 工房
「はぁー、聞いてはいたが、こりゃ見事に破れたもんだねぇ!」
「ご、ごめんなさい……!」
「ははっ、いいよいいよ、気にしなさんなって! それでアンタらを護れたなら、この子らも本望だろうからねぇ!」
此方の申し訳無さを上書きするかのように、工房の主は豪快に笑う。
……そう、オレとカイン、そしてケアフは今、王都の端にひっそりと佇む工房に居た。
「……直せそうですか?」
「んー、そこの眼鏡のアンタの制服ならなんとかなるって感じだねぇ。金髪のアンタは新品と取り替えた方がいい」
「やっぱり、そうですか……大きく穴が空いちゃってますもんね。えっと、お値段は」
制服を買い直すとなるとそこそこ値段は張るだろう。ゼションからの小遣いが無くなりそうで辛いな。
「気にしなさんな。学校が払ってくれるよ。まったく、ナウンスが居たってのに情けない話だねぇ……」
「学校が……って、ナウンス先生は悪くないですよ! 想定外の事態が多かっただけで!」
彼は自分が持てる全力で対処してくれた。感謝することはあっても責めることはない。
「それでも教員としては生徒を危険な目に晒さない事が責務だと、アイツならそう言うだろうよ。きっとヘコんでるね!」
「……ナウンス先生と仲がいいんですか?」
なんというか、言い方が友人を揶揄うソレっぽく聞こえたので、そう尋ねてみる。
「ああ、アイツとは同級生なんだ。もう一人のダチと一緒に三人でよく遊んでたねぇ……ちょうどアンタらみたいな感じでさ」
「なるほど……」
「センセイにもそんなときがあったんですね……いや、よくかんがえたらあたりまえなんですけど」
「にゃ! いまみたいにこわいかんじだったの……んですか!?」
「こわいって……よくおこられてるケアフからみればそうかもしれませんけど」
「ははっ、怖いかいっ! たしかにアイツは堅物だが、良い奴だよ。怖く見えるなら、それだけ真剣にアンタのことを考えてるってことさ!」
「みゃーのことをかんがえて……」
そんなことを考えもしていなかったのか、ほへーと頷くケアフ。
まあ、怒られる内が花だというのはよく聞く話だ。
「……さて、金髪のアンタの制服は用意できてるし、眼鏡のアンタの制服なら今からちゃちゃっと直せそうだ。見ていくかい?」
「わっ、ぜひお願いします!」
「ボクもみたいです!」
「あっ、じゃあみゃーも!」
普段見られない技術を見ることができるまたとない機会だ。ぜひお言葉に甘えよう。
「ははっ、そうかい! それじゃあ、いくよ!」
そう言うと彼女はカインのボロボロの制服を手に取り、目で追うのがやっとの速さで縫い始める!
ところどころ解れたり破れたりしていた部分がみるみるうちに修繕されて……!
「す、凄い……!」
「わぁ……!」
「ほぇー、はっやいなぁ〜!」
思わず感嘆の声をあげてしまうほどの手際の良さに見惚れているうちに彼女の手は止まり……。
「ほらっ、修繕完了さ!」
見せびらかすようにカインの制服を此方に広げる。
近づいてみても、何処が修繕されたのかわからないほどの見事な仕事だ。
「さ、金髪のアンタも受け取りな!」
「「ありがとうございます!」」
カインが嬉しそうな顔で制服を受け取り、軽く抱きしめた。
……入学してから僅かな時間でも共に過ごしてきて、愛着は湧くもんな。ごめん、オレの制服。これからよろしくな、新しい制服。
「……にゃ! みゃー、ききたいことがあるんだった! そのせいふく、すごいたいきゅうせい? があるんだ……ですよね! どういうしくみなん……ですか!?」
あ、オレも聞きたかったことをケアフが代弁してくれた。
「あまり大っぴらにはしていないんだが、ま、ちゃんと調べたらわかることさね……アタシの特殊能力、『六色の縫師』で六属性の魔法を縫い込んでいるのさ」
「魔法を縫い込む……魔道具に魔法を込めるのと同じ感じですか?」
魔道具。例えばこの世界では、部屋の明かりや街灯も光属性魔法を込められたソレであり、定期的に光属性魔法を使える人間が魔法を込めている。
この世界の戦闘ではあまり用いられていない属性付与魔法が役にたつまたと無い機会で、これを生業としている者も少なくない。
また、材料に関しても魔法との感応性が高い特殊なソレを使うようだが……この辺りは考え始めると長くなるからこの程度にしておこう。
「ま、それの凄いバージョンって思っておけばいいさ」
「たしかに、六種の魔法を縫い込むなんて……一人で『全属性混合魔法』を使うようなものですもんね」
全属性混合魔法、文字通り全ての属性を同時に放つ合体魔法なのだが……。
「にゃ……ちなみに、それって『やみぞくせい』は」
「こら、ケアフ!」
「……ま、気になるのも無理はないさね。けれど言ったろ? アタシの特殊能力は六属性の魔法を縫い込むもの。存在が認められない闇属性魔法は込めていないし、出来ないよ」
そう、闇属性魔法。この世界には『全属性』に含まれない禁忌の属性が存在する。
今でも犯罪者は使っているものだが……。
何故ケアフはソレを気にしているんだ?
「ごめんなさいっ、なんでもにゃいです!」
「……もう、ビックリしましたよ。ケアフったら」
「あはは、何か気になることでもあったの? ケアフちゃん」
「んーん! なんでもないっ! あっ、それより、あのかいだんはなんだー!?」
「あっ、ちょっと待ちなッ!」
何かを誤魔化すようにケアフは工房の奥の地下に続く階段を指差して駆け出す。
「……わわッ!?」
しかし、ケアフがナニカにぶつかって尻餅をつく。
目の前には何も無いというのにだ。
「え?」
「これは……!?」
「にゃにゃ〜!?」
しかし、次の瞬間、目の前には高さ三メートルほどの……金属質なゴーレムが現れた。
「まったく、落ち着きの無い子だねぇ。ナウンスが怒るのも納得だよ……」
「ご、ごめんなさーい!」
工房の主がゴーレムに近づいて触れた途端、ソレは後方へと下がって、工房奥への道が開けた。
「今、何も無いところからゴーレムがいきなり……!?」
「ははっ、ビックリしただろ? コレはウチの護衛用ゴーレムでねぇ。普段は透明になっているんだ」
「透明なゴーレム……聞いたことないです!」
ゴーレム。金持ちなら一体は所持している人形で、べらぼうに値段が高く強い番犬と例えるのがいいだろうか。
金属質なのはともかく、透明に変化できるなんて……!
「ははっ、透明に変化できるのはこのゴーレムの性質じゃあないよ。ゼションにかけられた魔法のおかげさ」
「ゼション……さんが?」
思いもよらない名前に思わず反芻してしまう。
「特注のコートを作ってもらった礼だと言ってね、『限定透明化魔法』をかけてもらったのさ」
「きいたことないマホウです……!」
「なんでもこの魔法を使えるのは片手で数えられる程度らしいんだが……ある条件がついているときだけ透明化する魔法らしい」
「条件って……?」
「例えば、このゴーレムなら『工房奥への侵入しようとする者がいないとき』は透明化するって魔法でね。条件は自分でつけられるのさ」
流石はSランクのゼションだ。訳のわからん魔法を使えるんだな。何属性の魔法なんだ? 無属性の応用か?
「ゼションさん……すごいなぁ!」
「はぇー、すごいんだなぁ」
キラキラと目を輝かせるカインと、なんかもうよくわかってなさそうなケアフ。
「……さ、地下にはアタシの部屋があるんだ。せっかくだし、オヤツでも食べていきな!」
「にゃっ! おやつ〜!」
バンザイしながら工房の主の後をついていくケアフに苦笑いを浮かべながら、オレたちも地下に続く階段を降りて……。
たっぷりとクリームを乗せたスコーン……のようなお菓子をいただいた。とっても美味しかった。