エピローグ 「話を、しにきたよ」
「本当に信っじらんないっつーの!」
二日降り続いた雨は見る影がない、からりと晴れた気持ちのいい土曜日。咲は侑紀とふたりきりのエレベーターの中で叫んだ。
「だって仕方ないじゃない? 俺としてはフェイドアウトして欲しい案件だし」
もう三日目になる咲の怒りをあっさりと流し、しれっと壁によりかかる侑紀は、小ぶりな花束を持っていた。
彼が好きだと言っていた小さなひまわりをメインにして、後は花屋のおばちゃんに見立ててもらった花束を、違和感なく持っている侑紀はさすがかもしれない。
街中を侑紀と歩くと、異様に人目が気になることを咲は改めて知った。すれ違う女の子がやたらと振り返るのだ。
ふたりとも私服なせいか、可愛い兄妹だねー。なんて声が聞こえてきて、そのたびに咲はイライラしていた。
「大体新聞読んでたら、わかりそうなもんだけどねー。事故の記事は出てても死亡とは言ってなかったし。続報もなかったし」
「だって、新聞なんか読まないし!」
「そうだと思ったから、黙ってたんだよ」
「だーかーら、なんでって聞いてんの!」
「敵に塩を送るような真似、誰が好き好んでするんだろーねー」
「なにそれ」
「咲ちゃんのことを、俺が好きって話」
またそんなことを言う。返事は待ってくれると言っていたのに、相も変わらず侑紀はこんな調子だ。
その上最近では「早く自覚してね」と言ってくる。なにをだと聞いても、はぐらかすように笑うだけで埒があかない。
「……あたしにそんなこと言う物好き、アンタくらいなもんだし」
実際に、咲は侑紀以外の男子に告白されたことはない。こどもっぽすぎるから、そういう対象にはならないらしいと前に聞いたことがある。性格もこんなだから、可愛い可愛いともてはやしてくるのは女子ばかりだ。
「つーか最近、やたらとアンタと付き合いだしたの? とか聞かれるんだけど!」
あのずぶ濡れになった日。侑紀のジャージを着て帰ったのが悪かったらしい。ぶかぶかのジャージの裾と袖をまくりあげて帰っていたのが、やたらと目についたとは、後から言ってきた友人の談だ。
「確信犯じゃないよね?」
「咲ちゃん、確信犯の使い方違うんだよ?」
正しくは故意犯ねーと笑う侑紀に、むかっ腹立てて睨んだら、ふと侑紀の眼鏡に視線が止まった。
「結局、その伊達眼鏡ってなんでかけてんの?」
またはぐらかされるかと思ったが、侑紀は少し考える素振りをみせて、笑わないでねと念を押してきた。
「……眼鏡かければ多少のチャラさがね、相殺されるんでないかと思ったわけ。女の子たちしつこいし」
「……真面目っぽくしたかったんだ」
「まぁ、そういうこと」
意味全然なかったけどねーとぼやく姿は、くたびれたお父さんみたいで、咲はこみ上げてくる笑いを押さえ込むのに精一杯だった。
チャラいとか、気にしていたのか。
「咲ちゃん、いっそ笑ってほしい」
腹を抱えて肩といわず全身を震わせて、笑いをこらえる咲に侑紀が言って、咲は素直に大声を張り上げて笑った。
「あー、絶対これ教えてあげよ」
ケタケタ笑って言えば、諦めたように侑紀は好きにしてと肩を落とした。同時に、エレベーターが止まる。
ゆっくりと扉が開き、消毒っぽい独特の匂いが鼻についた。
「友成くん、覚えててくれてるかな」
一日にも満たないわずかな出来事。それでもたしかに、心を触れ合わせたと咲は信じている。
友成は、死んでなんかいなかった。
学校では噂ばかりが先行していたが、侑紀は最初からおかしいと思っていたらしい。友成の家にいったら、友成のお母さんが息子はまだ目覚めていないのと、悲しそうに肩を落としたという。
その際、侑紀が友成の友人だと大嘘をついたことで、今回友成の母親が目を覚ましたと涙声で連絡をくれたのだ。
怪我は治っていくのに、一ヶ月眠り続けていたのは友成の意思だったのだろうか。会いたかったというひとに会うために、彼は命を懸けていたのかもしれない。
「忘れてりゃそれまででいいじゃん」
咲が感傷に浸っていたら、往生際悪く侑紀がぼそぼそと言う。
「だーめ」
目的の病室を目で探しながら、咲は言う。
花束は気に入ってくれるだろうか。覚えていてくれるだろうか。なにより、あの時の返事を聞きたいと、不安よりも期待が咲の身体をかけ巡る。
「忘れてたら、また何度でも言うんだ」
左手に目的のプレートを発見して、咲は二度ノックをした。すぐに返ってきた返事は、母親のものだろう。侑紀だけがくると思ったのか、咲をみて驚いた顔をした。ベッドの上では、まん丸眼鏡の少年が咲と侑紀をみてもっと驚いた顔をしていた。
ケガの痕跡が残る痛々しい姿で、頬はこけて青白い顔色をしていたが、そこにいるのはたしかに友成で、咲は嬉しくなって笑う。
もしも友成が忘れていても、最初からはじめればいいのだ。
「話を、しにきたよ」
小さな小さな一歩から。
END




