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4 「とりあえず俺のお嫁さんでいいじゃん」




「びっ、くりした……。のかな?」

 

 家に帰って、ご飯も食べて、お風呂にも入って、パジャマでベッドにうつぶせに倒れこんでから、(さき)はため息と一緒に吐き出した。

 よくよく考えたら、なんとも賑やかな一日だったことか。女子に囲まれ、幽霊に出会って、幼なじみの冗談かいやがらせだと思っていた告白が本気かもしれないとか。

 

「……どんだけ」

 

 乾いた笑みを浮かべて、咲はカーテンのガッチリ閉まった窓をみる。

 もう長いこと閉ざしたままのカーテンの向こうには、侑紀(ゆうき)の部屋がある。小学生くらいまでは互いにそこから行き来していたが、いまはもうそんなこともしていない。

 侑紀が女子からモテはじめた頃に、言われたのだ。自分たちはいままでと違うから、そういうのはやめようと。

 突き放された気がして、ひどく悲しかったのを覚えている。咲はそれからずっと、この窓を開けていない。

 

「あー、もうやめやめ! なんだってあのバカのことばっかり……」

 

 さっきから咲の思考を侑紀が乗っ取っていて、友成(ともなり)のことを考えたくてもチラチラと侑紀の顔ばかりが浮かんでしまう。

 妙に落ち着かない。身体の中で得体のしれないものが、うぞうぞと這い回っているようで、くすぐったくて気持ち悪い。

 

「あーあーあーあーあーあーあーっ!!」

 

 ベッドで両手足をばたつかせて、大声でわめく。それでも気が紛れることはなかった。

 

「るっせぇぞ妹!」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 いきなりドアが開いたと思ったら、兄の啓介(けいすけ)が怒鳴り込んできた。

 誰かが入ってくると思っていなかったから咲は本気でびっくりして、咲は壁に張りついて枕を思い切りぶん投げた。侑紀のことばかり考えてる自分が、恥ずかしくてしょうがなかった。

 階下から母が近所迷惑だから静かに騒ぎなさーいと声をかけてきたが、のどから心臓が飛び出しかかっている咲には、突っ込むだけの余裕もない。

 

「お前、なんつー声出してんだよ。隠れて変なことでもしてたか?」

 

 啓介は耳を押さえながら無駄に大きな身体を折り曲げて、彼まで届かなかった枕を拾い上げた。

 小柄な咲とは対照的に啓介はでかい。メタボリックな体型ではなく、筋骨隆々で長身のマッチョだ。髪も固くて太くて、長いこと五分刈りを貫いている。こだわりらしい。

 咲は自分が小さいのは、啓介に栄養のすべてを持っていかれたからだと思っている。

 

「変なことなんてしてないっつの!」

「んじゃあ悩みごとか? 似合わねぇな」

「ほっとけ」

 

 むくれた咲に啓介は苦笑して、髪をわしわしとかきまぜた。本人は力を入れてないつもりなのだろうが、髪が抜けてしまうんではないかと思うほど痛い。慰めてくれているというのがわかるから、やめて欲しいとも言えないのが辛い。将来ハゲたらどうしよう。

 

「悩みがあるなら外走ってこいよ。頭もスッキリするだろうよ」

 

 なんてことないような啓介の意見が、ものすごくいいものに思えた。考えるよりも身体を動かす方が、咲も好きだ。

 

「でもまぁ時間も遅いから明日な。変質者にもいろいろいるしなー」

「心配すんのかバカにすんのか、どっちかにしてよ!」

 

 ばふっと再び枕を投げつけたが、一足早く啓介が部屋から出ていってしまった。

 

「ったく」

 

 悪態つきつつ壁にかけてある時計をみた。十一時ちょっと前。たしかに出歩くには遅すぎる時間だった。

 でも、ふとした拍子に侑紀の顔が浮かんで腕が顔が熱くなって、落ち着かなくなった咲はベッドにダイブしてゴロゴロと転がる。

 

「う、わ――」

 

 勢いあまって落っこちそうになった。

 瞬間、バンと大きな音がして咲は目を丸くした。まだ咲は床に落ちていない。

 

「――え、なに?」

 

 音は窓の外からした。泥棒? 一瞬そんな考えがよぎったが、泥棒がそんな騒音を立てるわけがないと思い直し、おそるおそる窓の外を覗きこんで、またびっくりした。

 

「なにやってんの!?」

 

 窓の外にいたのは侑紀で、窓のわずかなでっぱりにしがみつき、侑紀の家の壁に両足を突っ張るというなんとも無理な体勢で、かなり引きつった顔で笑っていた。

 さすがに二階から落ちたら大変だと、咲は慌てて窓を開けて侑紀を部屋に招き入れる。

 

「はー、びっくりした」

 

 久々だと感覚つかめないねーなんて、侑紀は壁に向かって座り込んで放心していた。

 びっくりしたのはこっちだと、心の中で悪態つきつつも、出来るだけいつも通りを心がけて、窓とカーテンをしっかり閉めた咲はベッドにどすっと座り込んだ。

 

「一体、なにしにきたわけ?」

 

 もうずっと長いこと部屋の行き来はなかったのに、突然やってこられても迷惑だ。そんな態度を意識すれば、侑紀は呆れたような怒ったような顔をした。

 

「なにしにもなにもさ、隣り近所であんなでかい悲鳴聞こえたら普通は心配するでしょ」

「あー」

 

 原因は自分にあったらしい。

 

「ちょっと、啓兄に驚かされてた」

 

 なんとも苦しい言い訳をして、咲は侑紀をみる。なんか不思議だ。自分の部屋の中に侑紀がいることが。昔は当たり前のようにここにいたのに。

 

「咲ちゃんの部屋、かなり久々にきたけど雰囲気変わったね」

「そう?」

「……少なくとも、俺のしってる咲ちゃんの部屋に、プロレスラーのポスターはなかったよ」

「なに言ってんの、イメージトレーニングには必要じゃん!」

 

 インテリアや内装をみる限り、一般的な女子高生規格内だと思われる咲の部屋だが、入って右手の壁には半裸でファイティングポーズをとったレスラーが、威嚇でもしているような怖い顔をして立っていた。

 

「……イメトレって、咲ちゃん将来女子プロにでも入るつもり?」

 

 ポスターは身体が大きくなるためのイメージトレーニング用だが、苦笑した侑紀に聞かれて将来について考えてしまった。

 

「そうえばあたし、将来なにしたいんだろ」

「そんな真面目に考えられると困るけど、とりあえず俺のお嫁さんでいいじゃん」

「――っ!?」

 

 不意打ちに、顔が赤くなった。こんなのいつも言われてるはずなのに、失態だ。

 

「……咲ちゃん?」

 

 訝しげな侑紀の視線に、咲はなにか言わなきゃなにか言わなきゃと焦る。

 

「あ、あああああたしっ、そいえばジョギングいくところだったんだ!」

 

 ぱんとてのひらを打ちあわせて不自然なくらいどもりながら、口から出た言葉はただのハッタリだった。

 言った咲も驚いたが、侑紀が心底驚いた顔をする。

 

「なに言ってんの、もう十一時だよ。こんな時間に出てってロリコンのおっさんとかに目ぇつけられたらどうすんの」

「……なんでロリコン限定なわけ?」

 

 頬をひくつかせて睨んだら、部屋の角にある姿見を示された。そんな咲に好き好き言ってくる侑紀はなんなんだと思ったが、やぶへびになりそうなので黙った。

 

「散歩くらいなら俺も付き合うよ? 金田(かねだ)のことでちょっと話したいこともできたし」

「学校じゃダメなの?」

 

 侑紀とふたりきりというシチュエーションを避けたくて提案してみたが、あっさり首を左右に振られた。

 

「本人の耳に入るとこで、話すことでもないでしょ。それとも、ジョギングって嘘なのかな。俺と一緒だと不都合でもある?」

 

 試すように問われて、慌ててわかったと頷いた。あんまり渋ると怪しまれるような気がした。それでなくても侑紀は勘がいいのだ。咲が侑紀を意識していることを、絶対に気づかれたくなかった。

 

「うん、じゃあ家の前で待ってるから」

 

 吊った目を細めて侑紀が柔らかく笑む。いつもみてるはずの笑顔なのに、なにか違ってみえて頭がぐらぐらしてくる。

 

「あ、れ。そういえば、眼鏡してない」

 

 違和感の正体はそれだった。伊達だからなくてもいいんだろうけれど、長いこと眼鏡ばかりみてきたから変な感じがする。

 

「ああ、急いでたし。でも俺からすれば、今日の咲ちゃんもなんか変だよ」

 

 不意打ちの指摘にどきりとした。けれど侑紀は深く追求してくることもなく、窓を開けてそこに片足をかけて笑った。

 

「じゃ、外でね」

「って、アンタさっき落ちそうに」

 

 なったばっかじゃん! 全部言い切る前に侑紀は窓の外に消えてしまった。駆け寄って外をみたら、自室に戻った侑紀がひらりと手を振って窓とカーテンを閉めたところだ。

 

「……なんか、チョーシ狂う」

 

 隣家の壁をみつめながら、咲は呟いた。なんか変やっぱり変。トクトクトクと心臓は早いし落ち着かないし。

 熱くなっている頬を強くこすって窓とカーテンを閉めると、咲はまず着替えながら考えようとクローゼットに手を伸ばした。

 

「……なんで、こんな緊張してんだろ」

 

 かすかに手が震えていた。

 侑紀の言う通りなにかが違う。胸がどきどきして苦しくてぎゅっとなって、息が詰まりそうになる。

 

「なんで」

 

 呟きに返る答えは、当然なかった。


 


 Tシャツの上からパーカーを羽織っただけという、ラフな服装に着替えた咲は、兄の手前こっそりと家を抜け出した。どうにかこうにか外に出たときには、ほーっと安堵のため息をまでもらしてしまう。

 家の門柱を出るともう侑紀がいて、早かったねと笑った。その顔には、見慣れた眼鏡がかかっている。

 

「ああ、外に出るときはかけてんの」

 

 視線に気づいたらしい侑紀が言って、いこうかと歩き出したから、咲はその後についていく。

 

「友成くんのこと、調べてくれてたんだ」

 

 友成のことを侑紀はあまりよく思っていないようだったから、すごく意外だった。

 

「障害は取り除くためにあるからね、そのためならなんでもやるよ」

「そ、そか」

 

 にこやかな笑顔が逆に怖くて、咲は深く突っ込まずに咲は曖昧に頷いた。

 

「アイツの学校と名前はわかってるしね、知り合いに色々教えてもらったんだよ」

 

 十中八九女だなと思った。同じ中学出身者で緑高にいった人間はいるし、その中に侑紀の取り巻きがいてもおかしくはない。それか同じ学校の女子経由からか。

 なんだか胃がムカムカしてきたが、咲は黙って話の続きを聞いた。

 

「予想通りって言うのかな。いじめってほどではないらしいけど、クラスで浮いてたみたい……って、怒らないでよ」

「怒ってない」

 

 ただちょっと、眉間に力が入りすぎてシワが寄っているだけだ。

 

「まぁ、勉強はすごい出来てたみたいで、学年一位から落ちたことないって。教室でも登校中でも、ずっと勉強してるか本を読んでるかどっちかで、先生以外と話してるところも滅多にみなかったらしいよ」

「ふーん、で? って聞くしかないような話じゃん。そんなの」

 

 友成の本質とも、今回のこととも、全然関係がないことのように思える。

 

「ま、ね。言いたいことはわかるよ。こんなの他人の勝手な評価だし、最初からそういう目でみてれば、そういう風にしかみえないんだろうし、極端な話、あいつが本当に『金田友成』かどうかだってわからないんだから」

「なにそれ」

 

 友成は友成だろう。けれど侑紀はぴたりと足を止めて、咲の顔を試すように覗きこんできた。


「じゃあ聞くけど、咲ちゃんはなんであいつが『金田友成』だって思うの?」

「なんでもなにも、友成くんがそう言ったんじゃん!」

「咲ちゃんはあいつのことなにも知らないのに? あいつが言ったこと全部、そのまま鵜呑みにするの?」

 

 畳み掛ける口調に詰まった。頭の中が真っ白になってしまって、でも。とか、だって。とか、そんな言葉しか浮かばなくて、咲は口唇を噛みしめて黙ったら、侑紀はしまったとでも言うように自分の額をぺしりと叩き、咲をなだめるように肩に手を置いてきた。

 

「……あー、ごめん。困らせたいわけじゃなくて、金田本人も気づいてないこととかあるんじゃないか。とでも言うのかな」

「どういうこと?」

「咲ちゃん言ったじゃない、幽霊みたの初めてだって。んで、その後金田以外に幽霊みえた?」

 

 問われて首を左右に振った。そんなに大量に、半透明なひとばかりをみてたら、日常生活にかなり支障をきたしまいそうだ。

 

「俺もね、気をつけてみたけど金田以外にそれらしいのはみなかったよ。普通に考えて、ふたり同時に霊感に目覚めるっていうのはない話だから、発想を変えてみたんだよ。特殊なのは俺たちじゃなくて金田自身で、金田もそのことはしらないでいるとかね」

 

 それは考えてもみなかった。 

 

「まぁ、あくまで憶測なんだけど。そう考えた方がまだ自然な気がするんだよ。アイツは俺か咲ちゃん、それかどっちもかに用があって出てきたんじゃないかってね」

 

 その想いが、いまの友成を形作っているのだろうか。伝えたいなにかのために、咲と侑紀の前に現れたのだろうか。

 

「それなら侑紀じゃないのかな。憧れてたって言ってたし」

 

 侑紀が塀越しに現れたから、話す声が聞こえたから、姿をみせたのかもしれない。

 

「憶測でも、遠慮したい」

 

 侑紀がうなだれたせいで前髪が鼻先に触れそうになった。落ち着いていたはずの心臓がまた騒ぎ出して、でたらめなお経を心の中で唱えてみる。

 

「咲ちゃん、どうかした?」

「べ、別に。さっさと手離せバカ」

 

 肩に置いたままの手をぺしりと叩いてやれば、侑紀はいま思い当たったというような顔をして離れた。ゴメンゴメン、なんて軽く笑いながら。

 

「んでさ咲ちゃん、明日の放課後ちょっと付き合ってくれない?」

「へっ、どこに?」

 

 にやりと口の端を持ち上げて、侑紀はいかにもなにかを企んでいるような笑みを浮かべた。

 

「金田の家」

「――は?」

「咲ちゃんとの初デートの場所にするには不本意なんだけど、ちょっと気になることがあるんだ」

「気になること?」

「まだなんとも言えないけどねー」

 

 なんとも複雑そうな顔をして、侑紀はくるりと反転しててくてくと歩き出す。その足取りは浮かれているようにもみえて、咲は侑紀の背中を黙ってみつめた。

 

「て、誰と誰がデートなんてすんの! 勝手なことばっか言うな!」

 

 ようやく思い至って、侑紀の背中に蹴りを入れた。

 

「……なに、ヘラヘラ笑ってんの」

 

 振り向いた侑紀が痛がるでもなく笑っているのが気味悪くて、一歩下がって距離をはかりながら聞いた。強く蹴ったつもりはなかったが、当たり所が悪かったんだろうか。

 

「いや。やっぱり咲ちゃんは咲ちゃんだって思っただけだよ」

「意味わかんないし」

 

 ばっさり切っても、侑紀はその笑みを崩すことはなかった。



 


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