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3 「一ヶ月近くも誰とも話せないでいるって、どんな感じかなって思ったんだ」




 放課後、ホームルームにはこっそりと参加して、クラスメートからサボりの理由を聞かれても笑ってごまかして、(さき)がどうにか教室からかばんを持って外に出たら、重たそうな真っ白の雲が遠くから近づいていた。

 日が長くなっているため、夕方でも明るい空は、夏へと近づいているようで透き通るような青色が、徐々に濃くなっているように思えた。

 

「…………死ぬって、どんなかな」

 

 空を見上げながら咲は呟く。

 生きる。死ぬ。生きて、生きて、死ぬ。

 

「死んでまで残る想いって、どんなだろ」

 

 泣いているようで泣けていない友成の姿をみて、咲は胸の中に綿でも詰まったような気分になった。

 よくわからないけれど、切ない感じ。

 つらいのか、それさえ咲にはわからない。幽霊になった経験はないし、想像するよりないのだけれど、楽しくはなさそうだ。

 そもそも幽霊って、どうなっているんだろう。思いは、心は、どこから生まれるんだろうか。咲は友成(ともなり)に、なにをしてあげられるんだろう。

 

「あ、友成くん。お待たせ」

 

 昼の焼却炉で友成と待ち合わせをしていた咲は、彼の姿を認めてひらひら手を振った。

 

『あ、斉藤(さいとう)さん』

 

 笑う友成の向こう側に侑紀(ゆうき)もいた。草の上に足を投げ出して座って、焼却炉に寄りかかっている。

 

「……なんでアンタもいんの?」

「んー。咲ちゃんをどこの馬の骨ともしれないヤツと、ふたりきりにはさせたくないし」

「ちょっと、友成くんに失礼でしょ!」

 

 不貞腐れたように言う侑紀に目を剥けば、友成は気にした様子もみせずにごもっともですからと笑った。侑紀は友成の爪の垢でも、煎じて飲んだ方がいいんじゃないだろうか。

 侑紀をたしなめるように一睨みしてやってから、咲は友成の正面に座り込むと真っ向から視線を受け止めて言った。

 

「友成くん、話をしよう!」

 

 結局、思いついた解決策はこれだった。相手をしること。仲良くなること。友成がどんなことを喜んだり悲しんだりするか、しることが出来ればなにか変わるかもしれない。

 

『でも、僕、なにを話したらいいのか』

 

 友成は困惑したように眉を寄せた。死んでしまった後に生きていた頃の話なんて、無神経だとは思う。

 でも話をしなければ、理解しなければ、なにもはじまらないと思うのだ。

 

「なんでもいいんだよ。思いついたことを思いついたまんまで。だから、あたしの言うことで友成くんがムカついたら言って? あたしも言う。そんで譲れなかったらケンカでもしようよ」

 

 友成はびっくりした顔のままのけぞって、しばらく考え込んでいた。けれど、困ったように頬をかきながら頷いた。咲の勢いに負けただけかもしれないが、まずは一歩前進だ。

 

「じゃあ、まずあたしから一個お願い」

 

 ピシッと人さし指を突きつけたら、友成が緊張したみたいに、ごくりと生唾を飲み込むような顔をした。

 

「あたしのこと、名前で呼んでよ」

「てめーこの、俺でさえ咲ちゃんなんだからな。そこら辺考えろよ」

「おどすなバカ侑紀!」

 

 野次を飛ばさずにはいられないらしい侑紀を一喝して、じっと友成の答えを待った。

 

『えっと、じゃあ。……さ、咲さんって、呼んでいいですか?』

 

 そう聞いてきた友成の声は、震えていた気がした。だから咲は気づかない振りをして、こんなやりとりは、ごく普通の当たり前のことなんだよと伝えたくて、なんでもないことのように笑って頷いた。


 


 友成と、いろんな話をした。

 家族は両親だけで、お母さんは家事が苦手なひとで、よくカレーを焦がしては照れくさそうに笑っていたとか、遅くまで勉強していたらうんと甘いココアを差し入れてくれたとか、お父さんは線の細い気の弱いひとで、休日はリビングのソファで本を読んでいることが多かったけど、一緒にオセロをやったら盤を真っ黒に染められたことがあるとか、家の花壇には好きなひまわりを植えていて、夏に咲くのを楽しみにしているとか。

 友成は学校では本ばかり読んでいて、暗いとクラスメートにからかわれていたとか。

 

「ちょい待ち咲ちゃん、拳振り上げて緑高に押し入ったってどうしようもないからね」

 

 思わず握りこぶしを作ったら、いまだに居座り続けている侑紀がいつの間にか隣りにいて、咲の腕をつかんで止めていた。

 

「あ、そっか。もう授業終わってるや」

「そっち!? オイ金田。お前もそういう話すんな。このひとすぐ飛び出していくから、楽しい話でまとめとけ。ないなら捏造しろ。腹が立ったら、男の集団相手でも大立ち回り演じちゃうようなひとなんだよ!」

『え、え?』

「それは小学生までだっつーの」

「そういう問題じゃなくてね。道聞かれたら相手明らかな地元民の野郎でも目的地まで案内しようとするし、道端で具合悪そうなのに無警戒で声かけるし、ゴミポイ捨て現場に遭遇すれば追っかけてくし。いまもこんなんの世話焼いてるし。咲ちゃんには警戒心がなさすぎんの」

「当たり前のことしてるだけじゃん」

「当たり前じゃないって、いままで危ない目に遭わなかったのが不思議なくらいだよ」

 

 侑紀はまるで咲の保護者みたいで、咲は腹が立って仕方ないのに、なにがおかしいのか友成は楽しそうに笑っていた。

 

『おふたりは、仲がいいんですね』

「ただの腐れ縁の幼なじみってだけで、別に仲良くないよ。逆に迷惑」

『そうでしょうか』

 

 訳知り顔で友成が笑うから、咲は不服と口唇を尖らせた。侑紀をみればやはり不機嫌そうで、隠そうとしているらしいがピリピリしているのがわかる。

 イヤなら帰ればいいのにとは思うが、咲はかまわないことにした。

 

「そういえば友成くん、あたしたちのことしってたって言ってたよね」

 

 侑紀のことを憧れだとも言っていた。

 

「侑紀に、会いにきてたの?」

 

 事故の日。とは、なんだか言いにくくて口には出さなかった。でも、友成には伝わったらしい。彼はすまなそうに首を振って、覚えていないんですと呟いた。

 

『……生きていた頃の記憶はあるんです。家のこと、学校のこと。でも、事故の日のことだけが思い出せないんです』

「そっか」

 

 授業をサボってまで、友成が茅ヶ崎にきた理由がわかれば、なにかわかりそうな気がしたのだが、どうやらダメらしい。

 

「咲ちゃんそろそろ帰っか。門、閉められちゃうよ」

「え、あ。もうそんな時間?」

 

 言葉につられて空をみれば、もうすっかり日が沈んでいた。透明な水の中にインクをたらしたように、中心から端に向かって闇が伸びて広がっている。

 一度意識をすれば、空気も薄墨を含んでいるような色彩を持ちはじめていて、友成がその空気に溶けてしまいそうだった。

 

「……友成くんは、やっぱり学校から離れられないの?」

『はい、何度か家の様子をみに行きたいと思って試したんですが、校舎から離れると勝手に事故現場に戻っているんです』

「……そっか」

 

 じゃあ、今夜も友成はひとりぼっちだ。

 

『あ、僕のことは気にしないで下さい。昨日までは本当にひとりだったんです。それに比べたら、いまはすごく幸せですよ』

 

 そんな友成の、優しい笑みと言葉に見送られた咲は、侑紀に引きずられるまま学校から出た。

 時々学校を振り返ってみたが、友成の姿はもうみえなくなっていた。

 

「あんまり、深入りするのはどうかと思うけど?」

 

 学校から遠ざかった途端、タイミングをはかっていたらしい侑紀が言った。

 

「なにが?」

「金田」

 

 侑紀の言葉に、いつものふざけた様子はどこにもない。機嫌がどんどん悪くなっていたのには気づいていたが、なんで侑紀が不機嫌になるかもわからない。

 

「別に、侑紀はイヤなら付き合わなきゃいいだけの話でしょ? 何回も言ってるけど」

「俺も、何度も咲ちゃんが好きだって何回も言ってるけど」

「……誰にでも言ってることでしょ」

 

 そんなこといまは関係ない話だと、段々腹が立ってきて声が低くなる。咲には侑紀が怒っている理由がわからないし、気に食わないのなら、関わらなければいいじゃないかとさえ思う。

 けれど、わざわざ言うのもバカくさくて、咲は沈黙を選んだ。

 

「好きだよ。俺は、咲ちゃんのこと」

 

 怒ったように言われたって、八つ当たりか嫌がらせのようにしか思えない。無言を通して大通りに出たら、信号がいまにも変わりそうだった。

 ここの信号は一度足止めを食うと長いからと、駆け足で信号に向かおうとしたら腕を強くつかまれる。

 

「ちょっ、なにすんの!」

 

 引き離そうともがいている間に、信号はチカチカと点滅して赤に変わってしまう。

 

「侑紀!」

「好きだ」

 

 息が触れ合うほど近くまで顔を寄せて、これ以上ないくらい真剣な顔で侑紀は言う。車のライトに照らされる侑紀の顔が、怖いくらい真剣で咲はなにも言えなくなった。

 

「他の女の子から告白されたりしてるけど、俺からどうこうしたこともないよ。全部断ってる。俺が女の子としてみてるのも、好きなのも、咲ちゃんだけだ。ねえ、俺の言葉をどうしたらもっと、信じてくれる?」

「っ、痛い……」

 

 強くつかまれた腕がぎしりと軋んだ。振りほどこうとしても全然動かない。

 

「自分の好きな女の子が、幽霊でもなんでも他の男とふたりきりでいるって状況、普通見過ごせると思う? 大体アイツが本当にいいヤツだってなんでわかるわけ」

 

 強い調子で責めてくる言葉に、ざくざくと斬りつけられてるように感じた。

 侑紀の度の入ってないレンズの向こう側の目は、瞬きさえしないで咲を見据えてくる。

 こんな侑紀は初めてで、なんて答えていいかわからなくなった咲は、少しだけ考えて思いついたことをそのまま口に出した。

 

「――一ヶ月近くも誰とも話せないでいるって、どんな感じかなって思ったんだ」

 

 侑紀の手から力が抜けた。拍子抜けしたように目が丸くなり、咲をみつめる瞳が緩んだように感じた。

 

「オバケが怖いなって思ったのは本当だし、同情なのかもしれない。だけど、話を聞かせてって言ったら泣きそうな顔して、初めてそんなこと言われたとか言われちゃうと、こっちも本気で付き合わなきゃって思うじゃん」

 

 友成のために咲になにが出来るかと聞かれると、正直なにも出来ないと思う。自分は非力で特殊な力も持ち合わせてない。でもきっと、友成だってそれはわかっているだろう。

 それでも彼は、咲が関わることを拒否しなかった。なら咲は、いまの友成と関わる権利を得たんだと思う。

 

「……ヒトの告白総スルーで、話してること全部金田じゃん」

 

 がくりとうなだれた侑紀が、わざとらしいくらい大きなため息を落としてから、咲の腕をぱっと離した。お手上げのポーズだ。

 

「もういいよわかったよ。さっさとあの眼鏡を消して、咲ちゃんから引き離せばいいんだよね、要は」

「あんたも眼鏡じゃん」

 

 捕まれていた腕をさすりながら言えば、侑紀は一瞬ぽかんとしてから、両眉をこれでもかというくらい下げた。浮かべている笑顔はひどく情けない。

 

「俺の眼鏡は、お洒落なんだよ」

「……わけわかんない」

 

 いつもの侑紀に戻った安堵なんだろう、自分はひどく泣きそうで、頬ひりひりと熱を持っていた。

 侑紀の顔を直視出来ないのは、変に心臓が騒ぎはじめているのは、きっと気のせいだ。気のせいなんだ。



 

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