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1 「ちょっと斉藤さん、いい加減名波くんと別れてよ!」



「ちょっと斉藤(さいとう)さん、いい加減名波(ななみ)くんと別れてよ!」

「はぁ? アンタらバカなの?」

 

 昼休み、購買に向かう途中の廊下でいきなり拉致された挙句、なにアンタら全員で同じコスプレでもしてんの? みたいな巻き毛茶髪ギャルメイクな女子集団に囲まれた咲は、不機嫌さを隠そうともせずに言った。

 もうダメだ。アウトだ。おしまいだ。

 購買では今頃、飢えた学生たちがたかりにたかって、咲が買う予定だった火曜日限定販売のクロワッサンサンドは、買い尽くされてしまっただろう。

 このために今日はお弁当も少なめにして、四時間目のチャイムの最初の音とともに教室を飛び出したのに。ていうかこのヒトら、咲を待ち伏せするために、わざわざ授業サボったんだろうか。

 

「……つーか、誰も通らないし」

 

 低く小さく呟いて、舌打ちをする。

 一番人気のない特別棟の廊下。今の時間生徒たちがやってくることは稀だろう。

 小柄で可愛らしい女の子がおっかない女子六人に囲まれているという、なんとも助けがいのあるシチュエーションなのに。

 

「バカってなによ!」

「ちょっと斉藤さん、あんたちょっと可愛いからってチョーシに乗ってんじゃないの!?」

 

 女子AとBが口々に叫ぶ。名前は聞く気もなければ覚える気もない。顔に至っては、見分けがつかないからもうどうでもよかった。

 うっさいわボケ。好きでこんな容姿してるんじゃないやい。なれるんならがっつりマッチョに変身してるっつーの!

 言葉にはせずに心の中で吐き捨てて、咲は外に面した窓ガラスに映る自分の姿をみた。

 暑さに袖を捲り上げた長袖のシャツに、ニットのベストと膝上丈の紺のプリーツスカート。一般的な女子高生スタイルだ。

 そんな格好だからかろうじて高校生にみえるが、私服だと小学生と間違われるくらい低い背。くせっけ猫っ毛の長い髪の毛。丸くて大きな瞳にビューラー要らずのくるんとしたまつげ。桃色の頬にふっくりした口唇と、見た目だけなら美少女仕様だ。

 ピンクでリボンとレース満載な服でも着こなせそうだよねーとは、彼女たちが言うところの「名波くん」のお言葉だ。

 

「ちょっと、なにか言いなさいよね! ちょっと!」

「この卑怯者!」

 

 悪口に悪口をかぶせれば、相乗効果で更に腹立つわけではないらしい。同時にキャンキャンわめかれると、なにを喋っているのかさっぱりわからない。

 

「て、いうかさぁ。まずアンタら根本的なとこがおかしいってわかってる?」

 

 オクターブ低い声を出して、まだなにか騒いでいる所に割って入る。

 咲はここに連れてこられた時点で不機嫌だったが、クロワッサンサンドを買い損ねたことよりも、典型的な女子の囲い込みよりも、誉められつつ罵られてることよりも、「名波くんと別れろ」と、言われたことに腹を立てていた。

 

「一体、いつあたしがあのバカ大臣と付き合ってたんだっつーの! 前提がおかしいことに気づけこのバカチンどもが!」

 

 怒りに任せて壁に拳を叩きつけたら、手がものすごく痛かった。


 


「ゆうっきぃぃぃぃぃ!!」

 

 勢いよく教室のドアを開ければ、中にいた生徒たちがぎょっとした顔で咲をみた。咲は気にせずに、目的の人物を探す。

 

「あ、(さき)ちゃんどうしたのそんな怖い顔しちゃって、かーわいい顔が台無しだよ」

 

 なにがあったんだと微妙に引き気味な空気の中、唯一にこにこしながら箸に刺したタコさんウインナーを、ひらひらと振る男が声をかけてきた。

 これが、諸悪の根源の「名波くん」だ。

 伊達眼鏡の奥の吊り気味の目を細めて笑う彼は、やたらと整った顔のせいか、飄々として軽い性格をさしてか、影で王子と呼ばれているらしいが、咲からすればただのバカだ。

 

「あーんーたーねー」

 

 ツカツカと大またで歩み寄り、シャツにつかみかかった咲は、怒りに任せてへらへらした笑いをやめない男を思いきり揺さぶった。

 

「なんであたしがアンタなんかに、泣いて付き合ってくれって頼んだのよ! 冗談じゃないっての! おかげでアンタのバカな信者に囲まれて、クロワッサンサンド食いっぱぐれたっつーの」

「そんなことされたの? やるなぁ、ランちゃんスーちゃんミキちゃん」

「その倍いたっての! 女遊びの後始末を幼なじみってだけのあたしに、押しつけようとすんな! このバカ侑紀(ゆうき)

「えー、だって俺はずっと言い続けてるじゃない。好きなのは咲ちゃんだけだって」

 

 咲と侑紀は家がお隣りさんというだけのただの幼なじみだが、侑紀のこんな言動のせいで、周囲からは付き合っているらしいと誤解されることが多かった。いい迷惑だ。

 鼻息荒く侑紀を睨みつけていたら、咲の頬に侑紀の指先が触れた。

 くいっと引き寄せられ、足を踏ん張る前に口唇が触れそうになるくらい距離が縮まる。きゃーと叫んだ女子の悲鳴の影で、ごすっと鈍い音が互いの額で響いた。

 侑紀の身体がぐらりと揺れて、椅子ごと床に倒れた。それを確認してザマーミロと笑いたかったが、咲もその場にしゃがみこんだ。

 

「っつー。……こんの、石頭」

 

 ズキンズキンと痛むおでこを押さえて、涙目で侑紀を睨んだ。

 身の危険を感じた咲は咄嗟に頭突きを繰り出したのだが、思ったより侑紀の頭が固くて自爆技のようになってしまった。

 

「フッ、甘いね咲ちゃん。俺のおでこはダイヤモンドにも匹敵するんだよ」

「よっく言う、涙目のクセして」

 

 不敵に笑っている侑紀だが、明らかに無理をしていた。

 

「これに懲りたら、二度とあたしがアンタと付き合ってるなんてさっむい冗談言うんじゃないわよ」

 

 次は腹に一発くれてやろう、頭突きを密かに後悔しながら脅しはかけておく。また火曜日に狙われでもしたら、それこそ問題だ。

 

「咲ちゃんてさ、女の子に囲まれることよりクロワッサンサンドのこと気にしてるよね」

「文句ある?」

 

 即答すればこらえきれないというように吹き出して、侑紀は机からなにかを出して咲に差し出してきた。

 

「はい、これでいいならあげるよ。どうせお弁当少なくしてきたんでしょ?」

「…………」

 

 目の前に現れたクロワッサンサンドに、咲はしばらく考え込んだ。

 ここで会いたかったわクロワッサーンと飛びつくのは簡単だが、侑紀からだと思うと素直に受け取るのもなんか癪だ。

 

「迷惑かけたお詫びってことで、これで許してよ」

「……なんか混ぜ物とか、されてない?」

 

 十中八九女子からの貢ぎ物だろうと思ったら、そっちの危険性が気になった。封はちゃんとされているようだが、上手く偽装することくらいしそうな気がする。

 恋する少女たちはなかなか侮れない。恋を免罪符に犯罪行為に手を出すのだ。それによって咲が被った迷惑も星の数ほどある。

 

「これは、自分で食べたくて買ってきたヤツから、中身の安全は保証するよ?」

「…………いらない」

 

 クロワッサンサンドはテカテカと輝いていて、咲に「アタシを食べて」とアピールしているけれど、生唾を飲んで、断腸の思いで、咲はそれを断った。

 

「なんでさ?」

 

 真っ直ぐな目で、侑紀は咲の顔を覗きこんでくる。いまだにお互い座り込んだまま、黙ってみつめあって、咲はだってと言いつつ立ち上がる。

 

「あんたに借りを作ると後が怖い!」

「なんでそんなこと言うかな。俺、咲ちゃんのことが大好きなのに」

「あたしがじゃなくて、世の中の女全部が。でしょ。好き好き言うのは自由だけど喜ぶ女限定にしてよ迷惑だから。あんたのハーレム人生にあたしを巻き込むな!」

 

 ぺんと侑紀の頭をはたいて、咲は騒がせてしまった教室を後にする。

 

「またきてねー」

 

 その背中に声をかけたらものすごい顔で睨まれたが、侑紀は笑顔で手を振った。

 

「ギャップのすごい子だよな、いつみても」

 

 そんな侑紀の背中にカップ麺をすすりながら、唯一かもしれない男友達が声をかけてきた。

 内藤哲弘。ひょろりと背の高い彼は、侑紀とは違った意味でつかみどころのない性格をしている。

 

「なに言ってるのさてっちん。そういうトコも含めて可愛いじゃない」

 

 踏み込んでこない適度な付き合いが互いにしっくりくるらしく、気づけば共に行動することが増えていた。

 

「つーかキミ、咲ちゃん飛び込んできたときに、俺をおいて逃げてたよね?」

 

 哲弘は透視でも出来るのか、咲が出ていった扉をじっとみつめながら答えた。

 

「俺はお前と違って、Mっ気ないしな」

「俺だってないよ」

「じゃあなんでわざわざ怒らせてるんだ。確信犯だろ。あれは」

 

 心底不思議だという視線を受けて、侑紀はふうとため息をついた。

 

「てっちん。その確信犯の使い方は間違いだってしってた?」

「俺にその手の誤魔化しが、効かないっていうのもしってたか?」

「あら初耳」

 

 ぺろりと舌を出して席に座り直し、食べかけの弁当に改めて手を合わせる。その傍らには咲にもらわれなかった、可哀想なクロワッサンサンドもある。

 哲弘もその向かいに座って、咲が乗り込んでくる前の平和な昼食が再開された。少なくとも、ふたりの間の空気は平穏そのものだ。

 

「俺も痛いのは嫌いなんだけどねー、咲ちゃんから俺にかまってくれないのよね」

「嫌われてるんだろ」

「いんや、嫌いなら話しかけてすらこないような子だよ。つーかてっちん、君も俺が女の子たちけしかけたって思ってんの?」

 

 心外だと侑紀は言って、甘い玉子焼きを口に放り込んだ。

 

「わざと怒らせてんのは認めるけどね」

「小学生の、好きな子いじめみたいだな」

 

 哲弘がカップめんの容器を口にあてて、残ったスープを飲み干した。

 もう高校生なんだから違う接し方してやれと言われて、侑紀は咲が出ていったドアをみつめた。開け放れたままのドアの先では、見知った女子集団が歩いている。

 

「……さーてね、それは誰のことなんだか」

 

 呟いた侑紀は食べかけだった弁当に蓋をして、ガタンと音をたてて立ち上がった。

 

「ちょっと出てくる。これ、食べていいよ」

 

 ふと目に付いたクロワッサンサンドを哲弘に押し付けて、侑紀は哲弘にひらひらと手を振った。火に油は注ぐなよと、わけのわからないアドバイスが聞こえた気もしたが、空耳だと思うことにした。



 

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