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9話 経過観察だ

「……それが、俺の過去の話だ」


「やっぱり真祖の血を身体に取り入れたのね」


 あっけらかんとリオンは言う。自分の回想なのに、新しい疑問が嫌というほど湧いてきた。


「真祖とはなんだ。俺はいったいどんな呪いを受けたんだ」


 床に這いつくばりながら、リオンに問うた。


「真祖とは始まりの吸血鬼のこと。すべての吸血鬼は彼から生まれたの」


「どうして真祖は吸血鬼に?」


「そこは重要じゃない。質問で返すけど、あなたは始まりの人類がなぜ人類になったのか知っているの?」


 知っているはずもない。そして、知ったところでどうしようもない。


 誰かから人類が始まった。その事実は変わらない。その詳細を知ったところで、世界は変わらない。ならば誰かから吸血鬼が始まったのも、重要な話ではないのだ。


 リオンはネグリジェを翻し、寝室の角に追いやられていた椅子を置いた。


「座りなさいラーズ。ずっと床は嫌でしょう?」


「…………」


 主人殺しを実行した俺に、椅子を提供する。

 あり得ない話だった。しかし俺はリオンに従う。繰り返すが、生殺与奪の権を握っているのはリオンだ。


「ごめんね」


「えっ」


 椅子に腰掛けた瞬間。座面が抜けて、尻が針山に突き刺さった。仕込み椅子。身動きも封じられるオーソドックスなタイプだ。


 鋭い痛みが臀部を襲う。リオンは紅蓮の瞳を燃やして、俺を針山から引っ張り上げた。


「ひいっ!」


 ダバダバと垂れる血を見て、アイリスが金切り声を上げた。悲鳴を上げたいのは俺なんだけどな。


 増殖した臀部の穴は、やがて閉じていき、最後はあるべき一つの穴のみが残った。俺を襲っていた激烈な痛みも、過去のことになっている。


「その能力は〈血皇再生(ヴァンプロダクション)〉。真祖の持つ能力の一つで、どんな傷や破損を負っても再生するわ。あなたはもう、寿命以外では死ねない身体になった」


「……俺はもう、まともな人間ではないってことか」


「そうね。奴隷のプロなんて自称する人が、元からまともだとは思わないけど」


 さて、と呟いてリオンは怪訝な顔を浮かべた。それが吸血鬼の話の終わりを告げているとすぐに察する。


「あなたが私を殺しにきたということは、私はラーズに不合格の烙印を押されたということよね」


 俺の話を耳にしたら、そう感じるのは当然だろう。下手に否定しても意味がないと悟った俺は首肯した。


「これでもショックなのよ。ラーズのことは大切に扱ってきたつもりなのだけれど」


「それは俺も理解している。リオンはこれまでに仕えてきた誰よりも、俺に人権を与えてくれる主人だった」


「だったらなんで……」


「奴隷のプロに相応しい主人かどうかは、当人の性格だけで判断するわけじゃない。経済力・知力・野心・羽振り・健康状態・価値観・強さなど、様々な観点で決めているつもりだ」


「たったの一ヶ月で、あなたは私を知った気になったのね」


「…………」


 これには思わず口をつぐんだ。


 確かに若い……というか吸血鬼であり数千年生きるリオンに対し、一ヶ月という期間は短かったかもしれない。だが、それだけ俺も焦っているのだ。


「奴隷は二十五歳になった段階で露骨に評価が落ちる。俺はいま二〇歳だ。残された時間は少ない」


「だからってすぐ不合格の烙印を押されるのは気に食わないわ。ねぇアイリス?」


「ふえっ!? そ、そうですね。リオン様は素晴らしいお方ですから」


 リオンは急にアイリスに話を振って、自己肯定感を高めたようだった。彼女は否定などしないだろうからな。


 そして蒼銀の少女は、ひどく冷たい声で命じた。


「立って」


 言葉ではなく、彼女の紅蓮の瞳に従った。


「私のこと何も理解していないって教えてあげる」


「……どうするつもりだ」


 ゆっくりと、紅い光芒を描いてリオンが距離を詰めてきた。そして、ピンと背を伸ばす。


「んっ」


「…………へ?」


 リオンは俺の頬に口づけをした。

 柔らかな彼女の唇が、俺の頬をゆっくり押す。しっとりしたその感覚に、体の血が騒ぎ立てるようだった。


 やがて離れた彼女に向けて、俺は瞠目を飛ばしていた。


「な、なな、えっ、なんで」


「……普通こういうとき男側は堂々としているべきじゃないかしら」


「いやだって、こんなの……えっ?」


「あぁもう! いつまでも動揺していないで!」


 不機嫌そうな声色が、俺に抗議の意を示した。なんと理不尽なことか。


「こ、これで何が言いたいんだよ」


「私はラーズに口づけできるくらい、あなたのことを気に入っているということよ。どう? 知らなかったでしょう」


「…………」


 呆れてものも言えない。しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。


 俺は問うた。この話の核となる質問を。


「なぜ、そんなに俺を奴隷にしたい」


「あら、自信を無くしたのかしら。奴隷のプロさん?」


「答えろ!」


 俺の大声に体を震わせたのはアイリスだけだった。


 リオンは紅蓮の瞳を、一縷も逸らすことなく俺に向けている。


「私には野望がある。そのためにあなたの力が必要なのよ」


「野望だと?」


「私はこの世に吸血鬼革命を起こす。そのためにあなたを奴隷にしたい。手放したくないの」


 吸血鬼革命。唐突に出た熟語に、それが何を意味する言葉なのかまったく理解できなかった。


 リオンは構わず続ける。


「吸血鬼だから過去の宝石などを売ればまだまだ金はある。羽振りのいい暮らしもできるけど、あまり好まないわ。健康状態は当然いいわよ。だって病気を知らない吸血鬼だもの。価値観はいつか話したわね。私は私のために生きると。そして強さは、あなたが身をもって知ったんじゃない?」


 俺が告げた判断材料に一つ一つ答えていくリオン。ただし知力にだけは回答を得られなかった。弱点だと理解しているのだろう。


「さぁどうかしら。こんな私はあなたにとって生涯を捧げるに相応しい主人じゃないとでも?」


「俺にはどうしようもない。繰り返すが、生殺与奪の権を握っているのはお前だ」


「私はラーズに望んでついてきて欲しい。無理やりは嫌よ」


 決定権は俺に渡された。リオンにとって俺は能力のせいで殺せないし、俺にとってもリオンは力不足で殺せない。歪な力関係が生まれていた。


「……経過観察だ」


「どういうこと?」


「お前のいう吸血鬼革命がどういうものか。そしてその先に何があるのか。それを見せてもらうまで答えは預からせてもらう。その間は俺はお前の奴隷だ。奴隷のプロとして、仕事を約束しよう」


「望んだ答え百パーセントではないけどまぁいいわ」


 リオンは俺に手を伸ばした。


「リオン・ウォルコット。吸血鬼革命を掲げる吸血鬼よ」


「ラーズ・クラーセン。死ねない身体になった奴隷のプロだ」


 二度目の自己紹介。

 俺たちは固い握手を交わした。

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