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4話 性奴隷アイリス

 木目の入った栗色の正方形テーブルを挟むように、リオンとアイリスが黄蘗色の椅子に腰掛けた。


 待ち切れないといった表情のリオンと、なぜか申し訳なさそうなアイリス。対照的な二人だが、共通しているのは空腹であることだ。俺は彼女たちを焦らすことなく、音を立てずに朝食の一皿を置いた。


「パンケーキプレートね!」


 シルクのように白い皿の中心に、ナイフを当てるだけで左右に揺れ動くほど柔らかなパンケーキが鎮座している。これほどのパンケーキを作れるものは、この大陸に五指で数えられるほどしかいないだろう。


「早く食べましょ! ほらラーズも席について!」


「ちょっと待った」


「ここへ来てお預けなんて、ラーズいじわるね」


「そうじゃない。見てろ」


 ただパンケーキを作って提供するだけでは奴隷のプロとして不十分だ。俺は二つのグレービーボートから紫のソースと赤のソースをパンケーキへと滴り落とす。


 刹那、リオンが黄色い歓声を上げた。


「すごいわ、パンケーキが途端に三色になった!」


 パンケーキのきつね色と、二色のソースが合わさりアートを生み出す。このパフォーマンスまで含めて、俺のプロフェッショナルな技だ。


「朝食パンケーキプレート二色のベリーソース掛けだ」


「ジーニアス! さぁ早く一緒に食べましょう!」


「……わかった」


 主人と奴隷が一緒に飯を食べるなど、普通ではありえない。ただリオンなら疑問を抱くこともないなと感じてしまう。これが当たり前になってしまったら危険だ。


 俺はふと、桃色の少女アイリスを見つめた。ジッとパンケーキプレートに焦点を合わせる彼女はまるで小動物のようだった。


「どうしたのラーズ。早く食べましょうよ、もう待ち切れないの」


「わかったわかった。そう急かすな」


 俺も黄蘗色の椅子に腰掛ける。その瞬間、待っていましたと言わんばかりにリオンが「いただきます」と言葉を紡ぎ、ナイフでパンケーキを割った。勢いそのままに口に運んで、彼女は自らの頬を緩ませた。


「んっー! 甘味と酸味のバランスがパーフェクト。生きていてよかったわ」


「そこまで喜んでくれるなら作り甲斐があるってものだ」


 今回の出来は自画自賛できるほどにパーフェクトだった。パンケーキ生地には砂糖を多めに入れることでしっとり甘くさせることができた。その目的はこのソースに調和させるためだ。ソースに使ったブルーベリーとラズベリーはリオンの目利きが甘いのか、熟れていない未熟な果実だった。これでは酸味のキレが強すぎて、ソースの主張が激しくなってしまう。そこで生地に砂糖を多く加えることで、甘味と酸味のバランスを取ったのだ。


「どうかしらアイリス。美味しい?」


「は、はい。美味しいです。とても」


 アイリスも心なしか表情が緩んでいた。

 彼女はずっと怯えるような顔をしていたが、ようやく安心したような顔を見られたな。この機を逃す手はない。


「申し遅れましたアイリスさん。俺はラーズ・クラーセン。昨日からここへ来た奴隷です」


 自己紹介。まだできていなかったのだ。


「ラーズ、アイリスにも敬語禁止」


「了解。よろしくなアイリス」


「は、はい。アイリス・ラクノロアです」


「俺は奴隷のプロだ。いつでも頼ってくれ」


「奴隷の……プロ?」


 アイリスは幼い相貌を疑問で埋め尽くした。


「聞き流していいわよアイリス。あなたはそのままでいてね」


 そんな彼女に特別優しい言葉をかけるリオンを見て、一度飲み込んだ疑問が再び湧いてきた。やめろ、好奇心を出すな。面倒ごとになるかもしれないというのに。だが……


「その、アイリスは性奴隷なんだよな?」


 先ほどのやり取りが気になって仕方がなかった。男の性というやつだろうか。まったく情けないことだ。

 俺の問いにアイリスは首肯する。


「その奉仕は……」


「私によ」


 あっけらかんと、リオンが答えた。


 いや別に、人様の性癖についてとやかく言うつもりはない。女性同士だとか男性同士だとか、そんな話はいくらでも耳にしてきた。人生経験を積むと、それくらい当然のことなのである。

 だがしかし、関わった人間が性的少数者であったというのは初めてのことだった。奴隷のプロである俺は、社会心理のプロではない。どう扱えばいいのかわからないし、いやそもそも……


「昨日俺に好きになりそうだったとか言っていたよな」


「あら、私は両方いける口なのよ」


「そ、そうですか」


 男性限定だとか、女性限定だとか、時代はそこに留まっていないらしい。


 リオンは旧時代的な考えとは真逆の人間だと思ってはいた。それは奴隷に対する扱いからひしひしと伝わってくる。しかしここまで時代の最先端を行く者とはつゆ知らず。いったい何度、俺は彼女に面食らえばいいのか。


「アイリスはそれでいいのか?」


 面食らった俺は、俺らしくもない質問を投げていた。「それでいいか」など奴隷には相応しくない質問だ。なぜなら奴隷に決定権などなから。いったい俺は何を勘違いしているのだ。


 投げた言葉はすぐには返ってこない。しかしアイリスは少し頬を桃色に染めながら、ゆっくり言った。


「リオン様はこんな私にも優しくしてくださいますし、それに男の人は怖いのでそれに比べたらぜんぜん……」


「そ、そうか」


「アイリスは奴隷市場に売られたその日に私が買ったのよ。今も汚れなき乙女ってわけ」


「リオンが汚したんじゃないのか?」


「女の子同士なら汚れないわ」


「謎理論をぶちまけてきたな」


 奴隷の過去はみな重いものばかりだ。朝の団欒中に耳にしたいものではない。

 俺はここでアイリスの話題を打ち切るため、リオンへある提言をした。


「そうだリオン。この家には食材が足りていない。ドゥーロン市場へ買い出しに行きたいんだがいいか?」


「もちろんいいわよ。そうだ、親睦会の意味も込めて三人でお出かけしましょう?」


「いやプロの俺なら一人で十分買い物はできるが」


「親睦会よ」


「はい」


 やけに圧が強かった。紅蓮の瞳で不敵に微笑まれると、どうしても体が縮こまってしまう。


「それなら着替えないとね。街に行くならパジャマは嫌だもの」


 嫌な予感がした。

 これまで複数の女性主人に仕えてきたが、みなに共通することが一つあった。


「ラーズ、あなたも着替えるのよ」


「……了解」


 それは、時として奴隷を着せ替え人形のように扱う点である。

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