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17話 vsラングレット:終

「はっ?」


 何を馬鹿なことを。そう続けることはやめた。


 深く突き刺さっている剣を抜く。それすなわち、さらなる大量出血を受け入れているということである。その仕組みを理解していないほど、我が主人は愚かではあるまい。


「お願いラーズ」


「でもそんなことしたら……」


「許さん……許さんぞ人間風情が!」


「ッ!」


 瓦礫の山からラングレットが顔を出した。タックルはかなり深く入ったはずだが、あの程度で気絶してくれるほど吸血鬼は甘くない。彼の表情から読み取れる怒りは、まさに怒髪天を衝くほどのように見えた。


「なるべく人間どもに見つからぬよう行動するつもりだったが知ったことか。お前たちの罪、死をもって償うといい」


 ラングレットが闇色のコートを広げる。その様はまるで翼を広げたカラスのようで、不気味な存在感を増長させていた。


「全人類が同罪だ! 〈屠殺風仭〉」


「ラーズ、早く!」


「くそっ!」


 ようやく理解できたリオンの意図。俺は歯を食いしばりながら闇色の剣を雪肌から抜いた。苦悶の表情を浮かべるリオンに心を痛めつつ、俺たちが生き残るために闇色の剣を握る。


「死に腐れ下等生物がっ!」


 ラングレットの広げたコートから、黒い風が刃となって打ち出された。


 その攻撃は俺とリオンだけにとどまらず、この辺り一帯すべてを標的にした無差別攻撃だった。激情に駆られたラングレットの、感情任せの攻撃だ。


 飛び交う黒色の風刃は喫茶店を切り崩し、壁を貫通し、ドゥーロン繁華街の通行人たちすら切り裂いた。祝福と名付けられた喫茶店は大黒柱を失い、ミシミシと音を立てながら倒壊目前にまで迫っている。


「だあっっっっ!」


 振りかかる黒い風刃を、闇色の風剣で切り裂いていく。素直に認めたくはないが、ラングレットの生み出したこの剣はそれ相応の力を秘めていた。


 俺たちに襲いかかる黒い風刃を撃ち落とすと、ラングレットは瞠目した。


「バカな……なぜその剣を易々と扱える」


「剣闘士奴隷時代にいろんな剣を扱ったからな。ここまで特殊な剣は初めてだが、積み重ねてきた人生経験が違うんだよ」


 落ち着け。焦りを見せるな。俺は奴隷のプロ。この剣を初見で扱える人間など、限られているだろう。俺にはそれができる。だから落ち着け。


 反復する考えは、タキシードの裾を引っ張られたことで一時停止した。


 リオンは血を吹き出したまま、俺に訴えかけるように紅蓮の瞳を紅く燃やす。この強い目には見覚えがある。真祖と呼ばれる爺さんが、俺に〈血皇再生〉を与えた時と同じ目だ。


 最後に一つやれることがある。そう言いたいのだと解釈した俺は、闇色の剣を強く握り、切先をラングレットに向けた。


「やる気か……下等生物が!」


 奴は片腕をもがれている。その上先ほどの大規模な攻撃だ。おそらく、余力はそれほど残っていないはず。ならば次の交戦が、この激戦の分水嶺だ。


 俺はリオンの瞳と視線を交わし、床を蹴って駆け出した。


「ぬああああっ!」


「バカめ、二度も同じ手は通じんぞ!」


 ラングレットの能力には弱点がある。それは、自らの身体と重なるほどの距離には黒い風を飛ばせないことだ。だから重ねる。奴の動きに合わせて、俺も動く。そうすれば道が開くのだから。


 しかし身体のラインを合わせることは簡単ではない。その上、風は超高速で無慈悲に襲いかかってくる。


 肩を、太ももを、頬を。無数の風の弾丸と刃が抉り取る。


「それが……どうしたぁっ!」


 死んでもいい。死んでも進め。俺を救ってくれた主人を、リオン・ウォルコットを信じろ。押し寄せる痛みは、飛び散る血は、溢れる涙は、決して無駄にはならない!


「なぜだ、なぜ動けるっ!」


「奴隷根性ぉ!」


 闇色の剣で、ラングレットの胸部を切り裂いた。


 瞬間、吹き荒れた黒い風に巻き込まれて俺の体は宙に舞い、やがて天井を叩いた。次いで、メキメキと木の軋む音と共に、祝福と名付けられた喫茶店がついに崩壊する。


「ぬおおおお!」


「リオン!」


 俺は天井を蹴って方向転換し、リオンに覆い被さった。倒壊する喫茶ゼーゲンの木材を背中に受け、再生する。何度も死んでは復活する俺は、それでも主人が弱々しくも微笑んだことに満足した。


 倒壊が収まり、辺りが静寂に包まれたその瞬間。


「下等……生物ぅ!」


「嘘だろ、まだ生きて……」


 ラングレットは突き刺さる木材も厭わずに、半分昇天した目をぎょろりと動かした。咄嗟に剣を構えるも、この倒壊によりラングレットとの距離がかなり開いたことに気がつく。距離の延長、それすなわち、俺が不利であるということ。


 絶望したその刹那、俺の頭に柔らかくて温かい何かが乗せられた。


「よくやったわねラーズ。あなたは最高の奴隷よ。あそこまで追い詰めたなら、今の私でも大丈夫」


「リオン……その皮膚は……」


 倒壊により、リオンの青黒ドレスはところどころが破れてしまっていた。露出する彼女の太ももには、赤黒い爛れた皮膚が張り付いていた。火傷のように見えるが、おそらくそうではない。なぜならその皮膚はいま、毳々しく蠢いているからだ。


「〈血操大帝:血骸〉」


 ぽつり呟くリオンは、その毳々しい皮膚を爪で傷つけた。裂傷から流れ出る血は紅色ではなく、紫。毒々しいそれを、リオンは能力によって動かした。


「貴様ぁ! 易々と血骸を使うなど言語道断!」


「嫌な男ね。易々と使えないから、ここまで苦戦したんじゃない」


 言ってリオンは紫色の血をやがて刃とし、弾丸とした。不敵に微笑む彼女は、いつも通りわがままで、悪戯好きなリオンだった。


「ラングレット、あなたへの仕返しよ。同じ能力で逝きなさい」


「ふざ、ふざけるなよ略奪者! 貴様のような愚か者が血骸を使うなど……いずれ……報いを……バルド様に……」


 捨て台詞を吐くラングレットは、紫色の刃に裂かれ、弾丸に貫かれ、戦士の矜持か背中は見せずに倒れた。


 今度こそ確実に死んだ。そう確信できるほど、リオンの攻撃は圧倒的であったのである。


「うっっ」


「リオンっ!」


 リオンは前から倒れた。驚愕するほど軽い彼女の体に怯えながらも、思考は冷静に、別のことに向けた。


 辺りを見渡すと、被害は喫茶ゼーゲンにとどまらず、周辺の建物に穴や裂傷が生々しくつけられていた。通りには上半身と下半身が分離した遺体や、風穴が空いている遺体がいくつも転がっている。ラングレットの無差別攻撃に巻き込まれたのは火を見るよりも明らかだ。


「行くぞリオン。密着するけど許せよ」


 逃げなければ。帰らなければ。


 ここまでの大事になれば、必ず彼らが動き出す。公的安全維持組織、通称公安が。


 もし彼らにリオンの正体が吸血鬼であるとバレたら、リオンはどうなる? 吸血鬼の存在は忘れられかけている現代だが、吟遊詩人の歌にあるように伝承としては残っている。安全維持の名目で、銃口を向けられる可能性が高いのは明白だ。


 そこまで頭が回る俺は、いやはやさすが奴隷のプロだ。そう思ってないと、心が潰される。死のストレスから逃れられない。


 俺はタキシードを破いて、簡易的な包帯を作った。闇色の剣が刺さっていた患部に押し当て固定し、応急手当て的ではあるが止血を施す。


 最低限の手当てを済ませた俺は、リオンをおんぶして屋敷へと足を運んだ。


 道中、薄汚れた灰色のコートを纏った吟遊詩人とすれ違うのも厭わない。彼は、自分が何者であるかを示すように歌う。木製の楽器に張られた弦で、快活に音を奏でながら。


「吸血鬼が動きだす。

 革命を背負い動き出す。

 人の世に終焉を。

 逆らう愚者には天罰を。

 吸血鬼が動き出す。

 せっかちものから動き出す。

 助かりたければドゥーロンへ。

 早く早く逃げおいで……」

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