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13話 アイリスに似合う服を探せ

「なんて可愛いガーメントなの!」


 リオンは黄色い歓声を上げた。


 ドゥーロン繁華街の中心に座する噴水広場にほど近い服屋には、リオンを満たすガーメントが揃っているようだ。煌びやかなドレス、妖精のようなファンシーガーメント、見るだけで襟を正したくなる執事服。


 多種多様なガーメントが揃った環境の影響か、紅蓮の瞳にスパンコールの輝きが灯っていた。


「リオンに似合う服を見繕ってくるぞ」


「結構よ」


「……へっ?」


 予想外の拒絶に、情けない声が漏れ出てしまう。そんな俺を他所に、リオンは身に纏う青黒のフリルを摘んだ。


「私はこのドレス以外着ることはないわ」


「そのドレスにいったいどんな意味があるっていうんだ」


「ラーズが知ることではないわ。今はまだ、ね」


「はぁ?」


 含みを持たせるようなリオンの口ぶりに思わずイラッとしてしまう。落ち着け。奴隷のプロである俺が、主人に対して不敬な感情を抱いてはならない。一生を捧げるに相応しい主人かどうか見極める経過観察期間であるなら尚更だ。


「というか、一生知る必要がないようにこの街へ越してきたのだけれど」


 ますます意味がわからない。とはいえ考えて答えが得られるわけでもないので、俺にはもう憮然とした態度を取るほかなかった。


 ……が、そんな俺にリオンが命ずる。


「アイリスに似合う服を見繕ってみてよ。気に入ったら購入するわ」


「それを望むなら応えるが……」


 釈然としない。だが主人が望んでいる以上、叶えるのが奴隷のプロとしての務めだ。


 アイリスは心優しく繊細な女の子である。だから主張の激しくない服を好むはずだ。しかし落ち着いた服を選ぼうとすると次なる問題点が顔を出す。それは彼女の扇情的なまでの恵体だ。あれは控えめなコーディネートを考える上では非常に厄介だ。どう足掻こうと主張してしまう。


 ……だがしかし、俺を甘く見ないで欲しい。これまで何人もの女性主人に仕えてきた。その経験を活かすことで、最適な服を選ぶくらい容易なのである。


「これだな」


 俺は至高の一着を手に取った。



「待たせたな、リオン」


「全然。ガーメントに囲まれれば、時間なんて忘れてしまうわよ」


「本当に服好きなんだな」


「もちろん。服はね、自分を何者であるか示してくれる最も身近なものなのよ」


「自分が何者かを?」


「そう。すごいでしょ」


「……そうだな」


 そう考えたことはなかったが、改めて考えると確かにそうだ。


 白いタキシードは、奴隷である自分を隠している。逆にボロボロの麻服は、奴隷であることを示す最善の服だ。


「そんなことはどうでもいいのよ。アイリスのために選んだ服を見せてもらおうかしら」


 リオンは挑発するように笑った。そんな主人に、俺はとろみがあると錯覚するほど滑らかな素材で織られた一着を広げてみせた。


 それは純白のシャツワンピースだ。襟とボタンが大人びた印象を与え、またゆったりとしたフォルムは身体のいやらしさを幾分か軽減させてくれる。スカートには織り目がいくつかついており、上品さと優雅さを醸し出していた。


「ジーニアス! ふふっ、さすがラーズだわ。完璧な仕事ね」


「気に入ってくれたか?」


「もちろんよ。アイリスがこれを着ている姿を想像してみて? 抱きしめたくなるでしょう?」


「返答に困るんだが」


「もう思春期ね。でも正解よ。今は私とのデートなんだなら、他の女の子にうつつを抜かしたら許さないんだから」


 どうやら俺は危ない橋を渡っていたらしい。もう少し恋愛巧者であれば、自然とアイリスのことを褒めていただろう。ひとまずリオンの機嫌を損ねる結果にならずに済んでよかった。


 リオンは鼻歌を奏でるほど上機嫌になった。そして店のマスターを呼びつける。


「マスター、この服をいただけるかしら」


「かしこまりました。贈り物ですか?」


「あらよくわかったわね」


「失礼。お嬢さんにはサイズが小さいかと思いまして」


「素敵な審美眼よ」


「恐れ入ります」


 マスターはベージュ色の髪をオールバックにした小太りな壮年の男だった。小太りでも不快感はなく、むしろ職人労働においては有能なのだろうという期待感すら持てた。


 それを証明するというべきか、彼は手を動かしながらリオンとの会話を営んでいた。なるほどマルチタスク可能な有能さを持つのだなと納得する。


「この街は長いですか?」


「いいえ。最近越してきたばかりよ」


「そうでしたか。住み心地は?」


「最高ね。心休まる街だわ」


 マスターはにっこりと微笑み、シャツワンピースを丁寧にギフトラッピングした。


「お節介ですが、この街では最近不審死が相次いでおります。ぜひお気を付けられるよう」


「私は大丈夫よ。ねぇラーズ?」


「……そうだな。俺が守るから」


 その不審死の犯人が俺であるからこそ、リオンは揶揄うように振ってきたのだ。悪戯好きも困ったものだ。


「お熱いですなあ。このジェームズ、年甲斐もなく羨ましく思いますよ」


「あら、恋に時間制限なんてないわよ。いつだって新しい恋を始められるんだから」


「ははは、寛大なお客様ですね。ただ私には妻がおりますので、羨ましいのはお二人の恋愛事情ではなく、熱い心持ちの方ですよ」


「心持ち?」


「ええ。何かに熱く打ち込みたい。そう思う頃にはもう四〇を過ぎてしまいました」


「見つかるといいわね、ジェームズさんが熱く打ち込めること」


「そうですね。いつかきっと、ええ見つけますとも」


 マスターのジェームズさんはおしゃべりが過ぎたと謝罪してギフトラッピングされたシャツワンピースをリオンに手渡した。


「ありがとうマスター。またね」


「ええ、またいつか」


 リオンはマスターに手を振って店を後にした。次いで喜びの感情を爆発させるように、くるくると回って青黒のドレスを翻す。


「アイリスにいいお土産ができたわね」


「ずっと尋ねたかったんだが、なぜリオンはアイリスを奴隷として迎えたんだ?」


「なぜって、どういうことかしら?」


 無邪気な回転を止め、紅蓮の瞳が面妖な光芒を描く。


「性奴隷ならアイリス以外にもいたはずだ。どうして彼女を迎えた?」


 リオンはただの主人ではない。かつてこの世界を支配していた種族、吸血鬼だ。俺を迎えた理由が真祖の力を持っていたからなのだとしたら、アイリスにだってそれなりの理由があると考えるのは自然なこと。


 俺の疑問に対し、リオンは薄く哄笑した。


「あの子は特別なのよ。すっごく特別な子」


「……はぁ」


 また望むような答えを得ることはできなかった。リオンはその出自からミステリアスな女だとは思っていたが、少々その度が過ぎる傾向にある。経過観察期間だというのに、彼女のことを新しく知る機会がないのは問題だ。


 とはいえ俺にできることはない。あくまで俺は奴隷のプロ。素性を探る探偵ではないのだから。


 リオンは伸びをして、おもむろにお腹をさすった。


「お腹が空いたわ。当初の目的を果たしましょうか」


「ちゃんと案内するよ」


「古来から料理上手な人が好むお店は美味しいと決まっているわ。本当に、心の底から楽しみよ」


「あんまりハードルを上げないでくれよ?」


 リオンは首肯したが、その顔に張り付いた期待は隠せていなかった。

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