12話 飽きられた手料理
「飽きたわ!」
リオンとの修行が始まってから三日目。
今日も文字通り血反吐を吐いた後に昼食を作った俺に、リオンは抗議の目線を向けた。その目は紅蓮。わがままな子供の紅だ。
細く小さな手が拳を握って、栗色の正方形テーブルを叩いた。
そんな主人に、ため息混じりに質問する。
「飽きたって、何に」
「ラーズの手料理によ」
予想通りの回答に、俺の頭の血管ははち切れそうだった。それをなんとか抑え、俺は抗議に抗議で返した。
「おいわがまま吸血鬼。俺はプロだぞ。プロの作る飯に飽きたとはどういう了見だ」
睨みを効かせる俺を他所に、アイリスが今日のランチであるサンドイッチを頬張った。今ごろ彼女の口腔には新鮮なトマトの酸味とレタスのシャキシャキ食感。それから大陸東方に伝わるお手製醤油ソースの旨みが爆発していることだろう。
俺の料理はプロの技だ。毎日飽きないようにメニューは豊富に用意しているし、リオンやアイリスが気に入ったもののみ再登場させるよう工夫している。その上健康的でありながらも美味い。文句のつけどころのない腕のはずだ。
「勘違いしないで。ラーズのご飯は美味しいわ。ほっぺたが落ちるくらいに」
前置きの賛辞。こういうのは言葉の魔法で、文句の前に置いておけば文句を言った罪悪感が薄れるのだ。「奴隷を差別するわけじゃないけど」の後に差別ワードが簡単に飛び出してくる偽善者と同じ手法だな。
「でも飽きたの! たまにはお店のご飯が食べたいの!」
ほら、やっぱり二言目には文句だ。
リオンは駄々っ子のように細い両碗を振るい、食べたい甘味を羅列した。ぜんぶ俺でも作れるものだがそういうことではないのだろう。こうなったリオンは俺では止められないと、この数ヶ月の間に理解していた。
「はぁ、どうするよアイリス」
「ら、ラーズさんがお店に連れて行ってあげた方がいいんじゃないでしょうか」
「だよなぁ」
美しく凛々しい主人も今や形無しだ。そんな主人を諌めるのも、奴隷のプロである俺の仕事か。
「……仕方ねぇな。行くか、街カフェ」
「行く!」
待ってましたと言わんばかりに目を輝かせたリオンに、俺は後ろ髪を掻いた。
「残っている家事を終わらせるから、一時間後に出発しよう」
「嫌よ! 今すぐ行きたいわ!」
「このっ……わがまま吸血鬼が」
こうなったリオンはさながら暴走列車。もはや人間の力では止めようがない。こんな主人を折檻するのも奴隷としての仕事か。
「いいかリオン。家事は毎日積もるものなんだ。あんまりわがまま言うと……」
「そ、それなら私がラーズさんに代わって家事をします」
アイリスは気弱な猫背のまま、仕事を買って出た。予想外の提案に舌を巻いた俺を他所に、リオンは手を叩いて顔をぱあっと明るく輝かせた。
「決まりねっ!」
「いいのか? いつもならアイリスも連れて行くって言うのに」
「だってアイリス、今日は貧血でしょ?」
「は、はい」
「なら家にいてもらった方がいいわ」
「貧血?」
問うてから、自分がデリカシーの欠けた質問をしたと気がついた。年頃の女性であるアイリスが貧血の日ということは、そういうことなのだろう。
アイリスもリオンも、俺のデリカシーに欠けた質問を責め立てる様子はなかった。
「じゃあラーズ、さっそく着替えてね」
「……仰せのままに」
流れるまま、俺はあっという間に籠絡されてしまった。




