86 秀才との勉強会
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「それで、梶谷さん達は何が分からないんですか?」
なんとか、説得が通じて、矛もとい包丁をしまってくれた黒嶺さんが、勉強モードに切りかえて本題に移ってくれた。
「ここ……」
「これですか、こんな問題、基礎中の基礎じゃないですか」
優來の指した問題を、髪を耳にかけて確認した黒嶺さんが、俺には刺さる言葉を発した。
「なにか、ノートありますか?」
「これ……」
「梶谷さんも、分からないなら梶谷さんも見てください。この範囲は、高校でも使うので」
「はい」
優來からノートを借りた黒嶺さんが、借りたノートに俺と優來が分からない問題をスラスラと解いていく。
「まず、答えはこれですね。あってますか?」
「あってるよ」
「まあ、当然ですが。では、やり方ですけど」
余裕で正解を出した黒嶺さんが、書いた途中式をもとに、解説を進めていく。
この黒嶺さんの解説は、教師や塾講師顔負けのレベルで、めちゃくちゃわかりやすい。
「と、まあこんなとこでしょうか、わかっていただけましたか?」
「俺はわかったけど」
「わかんない……」
やっぱそうだったか、黒嶺さんの話を聞く優來の顔は、さっきから何がなにやらみたいな顔していて、不安だったけど、それが見事的中したみたいだ。
「そうですか、ではもう一度やりましょう」
軽いため息の後、黒嶺さんはさっきと説明を少し変えて、解説を始めた。
「これで、答えが出ます。わかりましたか?」
「わかんない……」
黒嶺さんの説明は、さっき同様わかりやすかった、けれども優來は理解できなかったらしい。
「チッ、わかりまたもう一度、説明します」
優來の反応にイライラしているのか、軽く舌打ちしてからもう一度説明をする黒嶺さん。
「わかりましたか?」
「わかんない……」
「このガキ……」
あれから何度も黒嶺さんの、わかりやすい解説をやったけれど、優來が理解する気配が全くと言っていいほど見られない。
何度も同じ説明をしては、無駄になっての繰り返しで、いつもおしとやかな黒嶺さんの口調が崩れてきている。
「そもそも、優來はどこがわからないんだ」
「途中から、見失う」
「途中から見失うのか」
ということは、最初はわかってるっぽいから、途中部分をもうちょい念入りに説明すればいいのか。
「黒嶺さん、一旦俺が変わりますよ」
「お願いします。私は、少し落ち着きたいので」
バッグに手を突っ込んで、何かを抑えている黒嶺さんと、交代して俺が優來に解説をする。
「最後にこれを解けば、ほらでた」
「わかった、納得……」
黒嶺さんの何度も聞いた、解説をいい感じに使って優來に説明したら、簡単に理解してくれた。
「やけにすんなり終わりましたね」
「まあ、黒嶺さんが何度も説明してくれてた訳だし」
逆に俺の話した内容は、黒嶺さんのと遜色ないはずなのに、優來が黒嶺さんのを理解できなくて、俺のを理解出来たのは謎だ。
「ほかは、ありますか?」
「あと、これ」
「任された。…………黒嶺さん」
「梶谷さん、あまり中学の範囲覚えてないんですね」
優來のわからない問題を教えようと問題を見ると、やはり苦手範囲、わからなかった。
黒嶺さんに助けを求めると、大きくため息をつかれ、またも黒嶺さんの解説が始まった。
「はい、これで終わりです。こんな感じでこの問題は、さっきの問題とやり方は変わんないんですよ」
「ほうほう」
「わかんない……」
「このガキ」
黒嶺さんの解説が終わると、また優來が黒嶺さんが分からないと言った。
それを聞いた黒嶺さんは、優來に聞こえないぐらいの声で優來にキレ始めた。
「だから、黒嶺さんが言いたいのは……」
優來の言葉を聞いてから、俺も黒嶺さんの解説をもとにまた優來に解説をする。
「こうすれば、さっき言った通り」
優來に解説をして、普通に答えを導き出す。
「わかったか?」
「なんとなく……」
「なんで、私のがわかんないんだよ……」
まずいな黒嶺さんが、怒りすぎてキャラ崩壊起こしてる。俺もここまで怒らせたことは無いぞ。
でも、本当になんで優來は黒嶺さんの解説がわからないんだ。ここまで来ると、優來が黒嶺さんを拒絶してるとしか言えない気がする。
「と、とりあえず。優來はもうわからないとこないか?」
「とりあえずは、ない」
「じゃ、じゃあ黒嶺さんも勉強しよ、ね」
「はい、正直私の説明は無駄だと思いますが、わからないことがあったら聞いてください」
良かった黒嶺さんは、なんとか気を取り戻してくれたのか、口調が戻っている。
その代わりか、顔の圧が凄いけど。
「そろそろ、休憩しようか。黒嶺さんが、持ってきてくれたやつ開けて。黒嶺さんは、紅茶とお茶どっちがいい?」
勉強を再開してから、優來はいくつかわからない問題があって、俺も分からなかったりして、黒嶺さんに聞いてみたけど、やはり優來は理解してくれず、俺が翻訳係をやってなんとか進めることが出来た。
「紅茶でお願いします。砂糖多めで」
やっぱ黒嶺さんは、頭を回すために甘いものを食べるんだな。それは、黒嶺さんの好みだからか、本当に効率のためだけなのか。
「黒嶺さんが持ってきてくれたの、最中だったんだね。なんか、理由あるの?」
「結婚挨拶には、もってこいと聞いたので」
ほんっとに、母さんいなくてよかった。
「なにかを、紙一重で避けたみたいな顔してますが、何かありましたか?」
「そんな、細かいことわかんないでしょ」
黒嶺さんの言ってることは、対して間違ってないな、なんで俺の心を読めるんだ。
「そういや、優來はなに飲む?」
「お兄と同じ」
「いつも通りだな」
「自主性がないですね」
いつも通りの優來に、オブラートなしで直接言う黒嶺さんだった。
「はい、黒嶺さん紅茶。砂糖多めがわかんなかったから、自由に入れて」
「梶谷さんは、緑茶ですか」
「和菓子だからね」
俺たちが勉強していた机の上に、俺と優來には緑茶、黒嶺さんには砂糖と紅茶を出した。そして、真ん中に最中を置いて、俺は黒嶺さんの隣に座った。
「え、黒嶺さんそんなに砂糖入れるの?」
「はい、頭と精神使ったので」
砂糖瓶に入っている、10mlスプーンで遠慮なく砂糖を入れていく黒嶺さん。
頭と精神使って補給したいのは分かるけど、量が糖尿病レベルの量を入れている。
「それ、紅茶の味無くならない?」
「味、ですかそんなの二の次ですよ。1番大事なのは、その栄養と効果なので」
ストイックがここまで来ると、もうロボットとかAIの領域だな。
「ところで、優來さんの今勉強しているところ、受験に向けての復習にしては遅くないですか?それとも、定期テストの勉強かなんかですか?」
「まあね、優來今まで引きこもってたから」
「はぁ?今なんと」
優來の少し前の状態のことを話すと、黒嶺さんは聞き間違いか?みたいな顔をして言い直しを要求してきた。
「だから、優來いままで部屋に引きこもってたんだよ。それで今は、俺と同じ高校行くために3年の範囲をやってる感じ」
「そうですか」
なにか含みのありそうな、言葉を言って紅茶をすする黒嶺さん。
「にしても、最中美味しいな。黒嶺さんありがとね」
「いえ、お構いなく。そんなことより、優來さん」
紅茶を半分くらい飲んだ黒嶺さんが、俺ではなく優來に話を振った。
「あなた、梶谷さんと同じ学校に行くと言ってるようですが、無理ですよ」
「むっ……」
唐突に黒嶺さんに言われたことに、飲んでいた緑茶を吹き出しそうになる優來。
「大丈夫だよ、別に引きこもってても受験はできるし」
「問題は、そこじゃないんですよ。私が言いたいのは、無駄という話で」
優來のことを見ながら、話す黒嶺さんが、何が無駄か、について話し始める。
「そもそも、高校に行くにしたって、公立なら当然内申は必要なわけで、引きこもっていた優來さんはほぼ0、な訳ですし」
話し始めた黒嶺さんは、優來に対して、どんどんとダメ出しの言葉を重ねていく。
「でも、俺のとこ比率は学力が高いから……」
「学力どうこうでも、少なからず内申は必要なんですよ」
黒嶺さんの言うことは、正論だからわかる。でも、無駄になるってのは、言い過ぎだと思う。
「黒嶺さん、そんな無駄になるだなんてことは……」
「無駄ですよ、ほぼ確定で落ちるのわかって試験を受けるのは。それくらいなら、通信制にでも行った方がいいんじゃないですか?」
いつぞやの母さんに似た言葉で、論を展開していく黒嶺さん。
「というか、梶谷さんあなたは優來さんに干渉しすぎなんですよ」
矛先は優來だけかと思いきや、俺にまで言葉の槍が飛んできた。
「いや、でも俺たち兄妹だし」
「兄妹なんて、私と結婚すればどうせ関係なくなりますよ」
今黒嶺さん、話の流れですごいこと言ったな。その言い方だと、俺が黒嶺さんの家に婿入りすることになるな。
「それで言えば、優來さんも梶谷さんにくっつきすぎなんですよ」
「お兄、安心できる」
「いやぁ嬉しいなぁ」
俺が優來の中で、心の支え的な位置にいることが出来てるのは、嬉しいことだ。
「梶谷さんは、いつか離れていくんですから、ずっと甘えてられないんですよ」
「でも、今は沢山、甘える……」
「俺はウェルカムだぞー」
優來中で今の俺の評価は、結構高いみたいだな。
「もう、いいです。とりあえず、忠告はしたので、あとは優來さん自信で考えてください」
俺と優來の仲の良さに耐えかねたのか、面倒、みたいな顔をしてあっさり引く黒嶺さん。
「黒嶺さんが、人に干渉するの珍しいね」
黒嶺さんの行動理念は、基本自分のためになるか、だからこうやって他人へ何かをするのは、結構珍しいと思う。
「今回は、特別ですね。面倒になったので辞めましたけど」
「黒嶺さん結構面倒くさがり?」
「いえ、何言っても聞かない人は、無視するのが1番なので」
言ってることは、わからんでもないけどどうも、毒があるな。
「ほんとに、疲れましたね」
「ちょ、ちょっと」
今日何度目かわからないため息をついて、俺の肩に寄りかかる黒嶺さん。
「どうかしましたか?」
俺の肩に寄りかかった黒嶺さんが、俺を上目遣いで見ながら聞いてくる。
「どうかって、急に来たから」
「梶谷さん、言ったじゃないですか、甘えるのはウェルカムと」
「言いはしたけど」
あれは、優來に向けて言った言葉なんだよな。まあ、別に嫌ではないからいいけど。
「なので、私はしばらくこのまま休憩するので、2人は勉強するなりしててください」
「この状態で?」
「そんな難しいことじゃないですから、できますよ。肩に重みがあるくらい、私の家で勉強するより、環境はいいはずですし」
「それは、そうかも……」
黒嶺さんのご両親には悪いけど、確かにあの猛攻が何度が来るより、こんな感じで美人が、肩によりかかって勉強見てくれる方が、断然いい。
というか、美人が勉強見てくれるという時点で、肩の重みのマイナスは、一気にプラスに上がるだろう。命の危険は、拭いきれないけど。よーし!とりあえず、倍速効果付与だ。
「なので、どうぞ。わからないとこがあれば、教えますから」
優來の受験に関して、黒嶺さんに指摘されて思ったのは、やっぱ優來の行動は周囲から見て、無謀、の部類に入るものということだ。
とりあえず、優來には頑張って貰うしかないけれど、その無謀を乗越えて欲しい。




