82 お見舞い×2
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「優!あんた大丈夫なの?」
「何も言わずにくるなよ、マスクしてないんだから」
初愛佳さんと電話越しで昼を食べたあと、ベッドの上でのんびりスマホを見ていたら、由乃が思いっきり扉を開けて入ってきた。
「そんなのどうでもいいでしょ」
「どうでもって、風邪うつると面倒だろ」
「でも、風邪がうつったら治るって言うじゃない」
「でもなぁ」
それだからって、自らかかりに来るやつもそうそういないと思うんだけど。
それに人に風邪をうつしたら、うつした張本人の俺が、お見舞いに行かなきゃ行けなくなるし。
「俺はお前に、風邪にはなって欲しくないんだよな」
「な、なによ急に」
由乃が風邪になると、もしもの時俺が由乃に起こして貰えなくなるから、由乃には健康でいてもらわないと困る。
「でも大丈夫よ、私対して風邪になったことないし」
「そうか、それなら安心だな。でも、もしもがあるし、急には入ってくるなよ」
まあ、長時間ノーマスクの俺といなければ、風邪はうつらないかもだけど。
「にしても、元気そうね」
「そこまで重くないからな。ほんとに軽度の風邪」
「なんだ、心配して損した」
そう小言を言いながら優來と同じように、俺の机の椅子を引っ張ってきて、足を組むんで座り込んだ。
「ひどいな」
とはいっても、損したってことはそこそこ心配してくれたんだな。
「にしても、よくお前俺が風になったの知ってたな」
俺が風邪になったのを知ってる人は、初愛佳さんか、俺と同じクラスの人くらいのはずだし。まあ、由乃が俺のクラスに凸したなら、別の話だけど。
「おばさんからさっき聞いたの」
「なるほど」
つまりは、さっき買い物に出ていった母さんが、帰宅途中の由乃に話したみたいな感じか。
「そう、とりあえずよかった。明日には復帰できそうね」
「そうだな、なんなら今からでも学校行けるぞ」
「もう終わってるわよ……」
由乃からの的確なツッコミを貰いつつ、俺はマスクをする。
「お昼は普通に食べたのよね」
「普通に優來に、食べさせてもらったぞ」
「優來ちゃんに?」
「優來に、あーんでな」
「あんた……」
俺の言い方の問題か、俺が優來にやらせたみたいに聞こえたのか、何かを言おうとして、辞めた由乃は俺をけいべつするような目をして見ている。
「違うからな、俺がやらせた訳じゃなくて」
「それはそれでどっちにしろじゃない」
「まあ、俺ら兄妹は仲が良いからな」
「仲が良すぎるのよ」
て言っても、昔から優來は母さんに甘えてくっついてたし、その対象が俺に変わっただけの話だろう。
「ところで、あんた汗は?」
「汗?」
風邪の時は汗かいた方がいいとかって、話のことかな。
「汗は、少しかいたな。昼食べてから少し寝たりしたし」
「へ、へー」
汗に関しては、由乃に言われないと気づけないレベルしかかいてないから、気持ち悪さみたいなのは無い。
だから、このままで大丈夫だと思う。
「そ、その汗かいたなら、拭いてあげようか?」
「いや、別にいいよ。そこまでかいてないし。それに、背中ぐらい自分で拭けるし」
今の俺はそこまでだるい訳じゃないから、別に1人で背中は拭ける。それに、腕もそんなに固くないし。
「い、いいじゃない。私がやってあげるって、言ってるんだから」
「そこまで言うならお願いするけど」
まだ、女子の背中なら分かる。でも、俺の背中に由乃が、やりたいと言うほどの、需要ないだろ。
「タオルは、洗面所にあるやつで大丈夫だと思う」
「わ、わかったすぐ持ってくるわね……」
俺の横に立っていた由乃が、俺の背中を拭くタオルを取りに行くために、1階へ降りていった。
「持ってきたわよ」
1階に降りていった由乃が、濡れたタオルと水を入れた風呂桶を持ってきた。
「お、おうじゃあお願い」
服を着たまま、由乃の方に背中を向ける。風邪か、状況のせいか、顔が少し熱くなってきた。
「服、脱がないの?」
「必要ある?」
別に服の下から手を突っ込めば、背中ぐらい拭けるだろう。下半身を吹くわけじゃあるまい。
「拭きにくいじゃない」
「えー」
「えー、じゃなくて。しょうがないじゃない」
「わかりましたよー」
由乃に言われて、しゃあなしぐらいの感覚で上の服を脱ぐ。今の俺の心には、少しの緊張の熱がまとわりついている。
「そ、それじゃあやるわよ」
「よろしくお願いしまーす。くすぐった!おい!」
「ご、ごめん」
由乃に背中を拭いて貰うのをお願いしたら、タオルではなく指先で背中をなぞられた。
「あんたの背中大きくなったなって、思って」
「そんなに大きいか?まあ、俺も昔と違って成長してるからな」
「あんたの背中見たのいつぶりだろう」
背中を見たのいつぶりって言い方は、特殊すぎるけど、実際どのくらいなんだろう。この間、水着を選ぶ時は、上は脱がなかったし。そうなると……
「あれじゃないか?小学生の時行った海」
「そうかも……ね」
俺と由乃、優來も居たけど、お互いの家族同士で行った海が、俺が由乃に背中を見せた最後の思い出だろう。
「それで言うと、私達が最後にお風呂に入ったのって」
なんで由乃の頭は、最後つながりでそれが出てくるんだ。
「まあ、それだと……多分、小2か、3じゃないか?」
いやーあの時の由乃は、今よりも落ち着いてて、まだ小さくてかわ……この先はやめておこう犯罪臭がする。
「風呂って言っても、俺は最近お前の体見たけどな」
「うるさい!」
この間の優來との風呂のことを持ち出すと、思いっきり背中を叩かれた。
「はい、これで背中終わり」
「ありがと、じゃあタオル貸して、前拭くから。って、なんだよ急に」
由乃からタオルを受け取ろうと、後ろを振り向こうとしたら、由乃に後ろから抱きつかれた。
「い、いや前もやってあげるわよ」
「さすがに前はいいよ」
背中で少し緊張があったくらいだ、前だとどうなるか分からない。まあ、少しはこの状況にも慣れたから、緊張度合いで言えば、同じくらいだろうけど。
どちらかと言うと、今の直で由乃の感触が伝わる方が、さっきより緊張する。
「優、心臓すごい早いわよ」
「たぶんお前もだろ、顔熱いし」
「あんたの体温が高いからでしょ」
確かに今の俺には、由乃の顔が確認できないから、由乃の緊張状態は分からない。まさにシュレディンガーの由乃って訳だ。
「ね、いいでしょ」
由乃にしては珍しく、いつもより近い距離でオネダリをしてくる。
「わかった、いいからそのハグをやめてくれ」
「う、うん」
まえを拭いてもらう代わりに、ハグの中止を要求したら簡単に離れてくれた。
「それじゃあ、拭く……わよ」
「はい、お願いします」
由乃と目を合わせた状態で、お願いをする。
シュレディンガーとは言ったけど、確認してみると由乃の顔もしっかり赤い。
「それじゃあ、帰るわよ」
「拭いてくれてありがとな。あと、風邪には気をつけろよ」
「うん、それじゃあ明日……」
由乃に前を拭いてもらったけど、少し気まずい空気が続いて、その空気のまま由乃はタオルと風呂桶を持って下へ降りていった。
正直今日の由乃は、由乃も風邪なんじゃないかってぐらい、バグってた。
「お兄、おやすみ……」
「おやすみ」
案の定、夜ご飯も優來に食べさせてもらってから、薬も飲んで優來は部屋から出ていった。
♦
「優くん、優くん」
耳元で聞き覚えのある声が囁かれている。
「刈谷さん、今日は普通……じゃないけど、普通に来たんだね」
俺の上に乗る刈谷さんは、今日こっそり俺に夜這いをしかけに来た訳じゃなくて、普通に俺の名前を呼んでいる。
「何言ってるんですか、いつも普通に来てるじゃないですか」
「これを普通って言わないでよ」
今日、刈谷さんがここに入れた理由は何となくわかる、寝る前から少し体が冷えると思って今窓の方を見たら、換気のために開けてた窓がまだ開いている。
「でも、ほんとに珍しいね。俺を起こすなんて」
「はい、今日はそれを届けに来ただけなので」
上半身を起こして、刈谷さんの指した方向を見ると、俺の勉強机の上に紙が数枚置かれている。
「あれは?」
「今日配られたプリントですね」
それなら、明日で良かったのでは?
「授業プリントに関しては、私と佐藤さんで協力して埋めておいたので、安心してください」
「それは助かるな」
俺のために佐藤さんも動いてくれたのか、明日お礼言わないとな。
「にしても、わざわざプリントを届けるためだけに、来たの?」
それだと、刈谷さんに全く利がない気がするんだけど。
「はい、風邪の時は安静にするのが1番ですから」
「そこの良識はあるんだね」
なんでそれが分かるのに、夜這いのための不法侵入がダメだと分からないのかは、刈谷さんの倫理観に問いたい。
「別にプリントのためだけってわけじゃないですよ、好きな人といれる時間は、夜這いなくてもいものですから」
それなら、刈谷さんも十分ここに来る理由にはなり得るか。それだからって、なんで夜這いなのかは、本人に問いただしたいとこだけど。
「とりあえず今回は、夜這いしないなら降りて。お茶でも飲んで帰って。あと風邪うつるから1回離れて」
夜這いということもあって、刈谷さんとの距離がすごい近い。て言っても、ほぼ治ってるからうつる可能性は低いかもだけど。
「大丈夫ですよ、私体は丈夫な方になので」
どうやら、俺の周りには体が丈夫な女性が多いみたいだ。
「それでは、優くんまた明日」
「じゃあね、刈谷さん。送れなくてごめん」
今日も刈谷さんを家まで送ろうと思ったら、刈谷さんに止められたため、玄関で見送るだけになった。
「最後に、元気になるおまじないでもしましょうか?」
「おまじない?」
「はい、お母さんからの受け売りですけど」
それは少し気になるなつまりは、刈谷家伝統のおまじないということだろうし。
「じゃあ、お願い」
「そうですか?じゃあやりますね」
なぜか少し驚いたような顔をしてから、俺の方に近づく刈谷さん。
「大丈夫、多分元気になります」
少し背伸びをしてから、俺に抱き着いて耳元でよもや、おまじないとは思えないくらい曖昧な言葉をささやく刈谷さん。
「はい、おわりです」
「え?それだけ」
さっきのおまじないとは思えないもので終わりか。少しがっかりだな。
「はい。ほんとは、最後にほっぺにキスするんですけど、シますか?」
「いえ、けっこうです」
最後にキスって、刈谷さんお母さんにキスされたことあるんだ。
「それでは、こんどこそ帰りますね」
「じゃ、気を付けて」
「はい。あと最後に」
玄関扉に手を掛けた刈谷さんが、何かを思い出したのか振り返って口を開いた。
「さっきのおまじない、全部真っ赤な嘘なので、私のほっぺの初めても、唇の初めても残ってますよ」
「ゑ?」
「では、また学校で」
間抜けな声を出した俺を無視して、刈谷さんはそのまま、玄関を出て帰ってしまった。
そういうことか。だから刈谷さん、少し驚いたかおしてたのか。また騙された。今回は気づきようがないけど。




