80 夜這いガールと毒盛り少女
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「石橋さん居る?げっ」
「げ、とは失礼だな梶谷くん」
今日も今日とて、石橋さんに呼ばれて調理室に行くと、石橋さんと楽しそうに料理の本を読む、見覚えのある赤毛の少女が居る。
彼女は、2年時俺と同じクラスで中学の調理研究部元部長、俺と石橋さんを合わせた張本人。この学校にいるのは知ってたけど、何気にあってなかったな。
「いやー、久しぶりだねー」
「俺達話したの、2年ときだけだけどね」
「そこは問題じゃないんだよ」
元部長とは、本当に2年とき同じクラスで喋ったくらいで、それ以外の接点はまじめにない。
「ていうか、今日普通に部活?」
「そうだねー。また、来てるのは私達だけなんだけどね。皆そんなに高頻度でこないから」
そう聞くと、調理研究部って結構ラフな部活なんだな。
「そういうこと、私だって毎回は来ないよ。石橋ちゃんは、ほぼ毎回来てるみたいだけどね」
「ま、まあ、暇だからね」
ということは、調理室に1人石橋さんだけ、っていうのが全然有り得るのか。
「そんなことより、梶くんまた試食お願いね」
ゴホン、と咳払いをしたあと、読んでいた本を閉じた石橋さんは、立ち上がって冷蔵庫の方へ歩いていった。
「あれ?今回はまだ出来てないんだ」
「揚げ物だから、下処理だけして梶谷くん待ってたの。揚げたての方がいいでしょ?」
「ちなみに、何を作るの?」
今から作る料理によって、俺が注意するべきところが変化するし。揚げ物と聞いて、単純に気になったのもある。
「ふふん、聞いて驚くことなかれ、フライドポテトです!頑張って、棒状に加工しました」
「フライドポテトか、じゃあ塩か……」
「な、なんのことかなー」
塩という単語を出すと、あからさまに目を逸らして動揺し始める石橋さん。
「と、とりあえずポテト揚げようか」
「油はねには、気をつけてね」
2人には、油に気をつけてもらって、俺は石橋さんの行動に注意しよう。
「失礼します。あら、優くんなんでここにいるんですか?」
「刈谷さんこそ」
2人が油でポテトを揚げるのを待っていると、調理室の扉がノックされて刈谷さんが入ってきた。
「私は、先生に呼ばれてきたんですけど……いませんね」
「先生なら、今日予定あるって帰っちゃったよ」
調理部の顧問の先生そこそこ適当だな、刈谷さんを呼び付けておいて。
「それで、優くんは何をしてるんですか?」
俺がただ座って女子を見てる構図に、疑問を感じた刈谷さんが小走りで近づいてきた。
「俺は、この2人が料理作ってくれるって言うから、それを待ってる感じ」
「梶谷くんも嬉しいでしょ、こんな美人2人に作ってもらえるだなんて」
「い、いや私なんて……」
「いやいや、謙遜しないで」
確かに石橋さんは普通に可愛いとして、元部長は低身長ながらも、しっかりとした愛嬌があって、小さいという部類の中で、しっかり可愛いという属性を獲得している。
「あの、もし良かったらですけど、私も食べていってもいいですか?」
「全然いいよ。少し、量多くなりそうだし」
「刈谷さんそこそこ食べるもんね」
「そ、それは、そんな言わない方がいいんじゃないかな?」
また、言ってしまった。これは、海の時に刈谷さん張本人から、注意されたのに。まったく学ばないな、俺。
「ほれ、完成。あとスムージーどうぞ」
油をよく切ったあとの、ポテトが皿に盛り付けられ俺と刈谷さんの前に出された。
「石橋さん、塩の事なんだけど」
「なに?梶谷くん、塩が少ないってクレーム?塩多いと、早死するよ」
「いや、塩の量の話じゃなくて」
俺が聞きたいのは、この塩になにか入ってないかって話なんだ。決して、見た目でクレームを入れてる訳では無い。
「じゃあ何?塩のメーカー?」
なんで、そこにこだわる必要があるんだ。
「違うよ!俺が聞きたいのは、ここの塩になにか入れてないかって話」
「もう、石橋ちゃんの料理の腕前は、梶谷くんが1番よく知ってるでしょ?しょうがないなぁ、私が味見してあげるよ」
「いや、まだ食べないほうが」
石橋さんは、そこそこ共倒れ狙ってもおかしくないから、まだ食べない方がいいと思うんだけど。
「うん、全然美味しいよ。てか、前の石橋ちゃんでも、誰かが干渉すれば味は普通だったからね」
ちゃんと説明ができてないから、元部長から軽く説教されている。
「えっと、石橋さんというは……」
「石橋さんは、その左の方の」
「料理苦手なんですか?」
「昔ね、今は全然美味しいけど……」
「けど?」
元部長から視線をずらして、疑いの目を石橋さんに向ける。
料理は1級品レベルに上がってるんだけど、毒盛るからプラマイゼロみたいなとこあるんだよな。
「ね〜、梶谷く〜ん。ちゅ〜しよ〜」
「え、なに!?」
刈谷さんに石橋さんの説明していると、突然元部長が俺を押し倒す勢いで、飛びついてきた。
「ちょっと、離れて」
「いいじゃん1回ぐらい。ほらー」
言葉をかけても全く聞く様子のない元部長。
「石橋さん、今回は何入れたの!」
「えっと、媚薬を少々……」
なんだよ、媚薬を少々って塩じゃないんだから。ポテトに塩はかかってるけど。
「へー、媚薬ですか面白いですね」
「なんで、刈谷さんが食いついてんの!?」
媚薬と聞いて、座っていた席から一気に石橋さんの方へ、近づいていく刈谷さん。
「でも、媚薬ってそんな簡単に手に入るんですか?」
「それはね……」
「はぁ、それはそれは」
秘密を守りたいからか、刈谷さんに耳打ちで教える石橋さん。好きなものの話だからか、石橋さんはいきいきしているように見える。
「ちょっと、感心してないでどっちか助けて。まじで、俺のファーストキスが」
「梶谷くんちゅ〜。ギューでもいいから、ちゅ〜しよ」
なんかこの支離滅裂な誘い方、謎に既視感があるな。
「1回だけ、1回でいいから。それだけで、気分が晴れるから。お願いちゅ〜、ちゅ〜」
力を強めて、さらに顔を近づけてくる元部長。
「しつこい……あ!」
思い出した、この元部長の既視感の理由。そしてわかった、こういう人の対応方法。
「ちょっと離れて!」
「痛い。そんな、酷いよ。だから、お詫びにちゅ〜して」
一旦元部長を引き離して、距離を置く。そのまま石橋さんと、刈谷さん側に急いで周る。
「ほら、こっちこっち」
「いいの!?じゃあ、ちゅ〜」
俺を追いかけてきた元部長が、走って俺の方に近寄ってくる。だが、俺もキスをする気はもちろんない。
「ほら、石橋さんが相手してくれるって」
「わ、私!?」
「ほんと?石橋ちゃん、ちゅ〜」
石橋さんを俺の前に出して、ターゲットを俺から石橋さんへ移す。
この機転の利いた行動は、上手くいったようで、元部長は、石橋さんにちゅーちゅーいい始めた。
「ふ、成功」
「そんなこと言ってないで、助けて」
「優くん、よくこんなの思いつきましたね」
「まあ、既視感しかなかったから。俺の父さんが酔った時の行動と」
俺の父さんは、酔うとキス魔に変身して、今の元部長と同じようなことになる。
俺や優來にキスしに来た時は、母さんが全て受け止めてくれて、それで父さんは満足してるから、今回もそれでいけると思った。
本当に父さんが、酒に対してもだらしなくて助かった。ありがとう。
「石橋ちゃん、いいでしょ?ね、ね?」
「それだけは……」
というか、石橋さんは媚薬って言ってたけど、それを食らってる元部長の反応が媚薬っぽくないな。
「キス魔になるということは、優くんももしかして」
「それは、わかんないよ。俺は、父さんを反面教師にしてるから」
正直父さんを見てて、だらしなくてもこうはなりたくないと思っている。
だから、あまり俺に対して期待の眼差しみたいなのを向けないで、刈谷さん。
「そんなのどうでもいいから、助けて。私、そんな力ないの」
そう言う石橋さんの腕は、限界近いのかピクピク震えている。
「少し効果気になりますね。私も食べていいですか?」
「刈谷さんは絶対にやめて」
刈谷さんがこのポテトを食べて、元部長みたいになると絶対に抑えられる自信が無い。刈谷さん、俺より力全然強いし。
「もう!ほら、刈谷さんだよ」
瀕死の石橋さんが、最後の力を振り絞って元部長を突き放すと、今度は刈谷さんを対象に変更した。
「あ〜、すっごい美人」
うっとりした声で、刈谷さんに近づいていく元部長。
「少し面倒ですね。優くんなにか、縄みたいなのないですか?」
「な、縄?ちょっと待って」
周囲を見渡して、刈谷さんが注文した縄のようなものを探す。
「あったこれは?」
周囲を見渡して見つけたのは、縄では無いけれど白い梱包に使う紐。
「たぶん、大丈夫です。とりあえずそれを机に置いてもらって、お願いしますね優くん」
「なんで!?」
余裕な顔で元部長から距離をとって、俺にターゲットを移す刈谷さん。というか、なんださっきから爆弾ゲームみたいな。
「やっぱ、梶谷くんがちゅ〜してくれるんだね」
「違う違う、刈谷さん早く」
「少し待ってくださいね。優くん、手離してください」
「ほんとに?信じるよ」
刈谷さんに言われて、元部長を掴む手の力を緩めて、キスの受け入れ態勢に入る。
「はい、梶谷くんちゅ〜」
「はいじっとして、くださいね」
俺にキスしに来た元部長を、さっき見つけた紐で華麗に縛る刈谷さん。
「「おー」」
あまりにも綺麗な紐さばきに、俺と石橋さんが拍手とともに感嘆の声を上げた。
「離して!」
「刈谷さん器用だね」
「優くんに言われると、照れますね」
言う割に照れを全く感じない声だけど。
「で、この石橋さんの産んだ、性欲モンスターどうすんの?」
この場合、性欲モンスターというより、キス魔の方が正解か。
「ま、まあ時間経てば戻ると思うし……」
「とりあえず石橋さんは、ポテト揚げ直そうか」
「はい……」
さすがに、このポテトを食べて、強制トランスする訳には行かないし、ポテトなら揚げ直せるから食品ロスの観点からも、そっちの方がいいだろう。
「私も手伝いますよ」
「ありがとう刈谷さん……」
俺の言い方が少しキツめだったからか、石橋さんは少しシュンとした声をしている。
まあ、この話にキツい言い方もクソもないけどね!
「作ってない俺が言うのは、少し悪いかもだけど塩は、ちゃんと塩だけを振ってよ」
「はい……」「はい」
元気な返事と、落ち込んだ返事をして2人はポテトの揚げ直しに取り掛かり始めた。
途中、少し不穏な会話をしていた気がするけど、それは気にしなかったことにしよう。
「んん……あ、ごめんねて……なにこれ」
キス魔状態から解き放たれた、元部長がようやく目が覚めたらしい。
少し前までは、解けと喚いていたけれど、途中で疲れて寝てからはずっと静かに縛られていた。
「梶谷くん、私になんかした?」
「何もしてないよ!だって、彼氏いるんでしょ」
そう、この元部長には愛する男がいるのだ。まあ、男がいるから襲わないってことじゃないかもだけど。
「まさか、梶谷くんが知っていたとは」
「たまたまね」
3年のとき同じクラスだったやつが、たまたま元部長の彼氏でそういう話を聞いた。
その時驚いたのが、意外と元部長がモテるということだった。
「ちゃんと仲良くしてる?」
「はは、梶谷くん知ってる?カップルって、高校別になると別れやすいんだよ」
「ごめんなさい!」
元部長にとってこの話は、そんなに良くない話だったみたいだ。
「ほんと、何が疎遠になったからだよ……もういっその事、梶谷くん付き合っちゃう?」
「「は!?」」
突然元部長が投げた爆弾発言に、俺と石橋さんが反応した。刈谷さんは、平然とポテトを食べている。
「だって、どうせ梶谷くんもフリーでしょ?」
「どうせは、余計だけどフリーだよ」
実際の状況考えると、フリーとは言いにくいけど。
「で、でもさ梶くん今好きな人いるかもだし」
「その席を私が乗っ取ればいいんでしょ?」
唐突に言われたけど、これは元部長の本心なのか嘘なのか。
「でも、梶くんにも選択権はあるわけで」
「石橋ちゃん酷くない!?まあ、冗談だけど」
「なんだ、冗談か」
「まあね私、梶谷くん好みじゃないし」
冗談と言われてほっとする石橋さん。にしても、元部長、面と向かって好みじゃないって、酷くないか?
「そういうことだから。にしても、奥さんすごい焦りようでしたね?」
紐に縛られたままの部長が、石橋さんをニヤけた顔で見ている。
「お、奥さん?」
「さっきの焦り方、もしかして梶谷くんのこと好きなんじゃないですかね?刈谷ちゃん」
「私は、優くんのこと好きですよ」
「「え?」」
唐突な刈谷さんのカミングアウトに、驚く2人。やっぱ、刈谷さんはこういうの平然の言えるんだな。
「梶谷くんもすごいね、こんな綺麗な2人から愛されるだなんて」
ここでほかに数人いると言ったら、どういう反応するんだろう。
「い、いやだから私が梶くんを好きとはまだ……」
「石橋さんは、違うんですか?」
「好きか嫌いかで言うと、好きだけど……」
半公開告白みたいになってるからか、石橋さんの頬はすごく赤くなっている。
てか、なんで俺もこんな恋バナみたいなの聞かせられてるんだ。こっちが恥ずかしくなりそうで、仕方がない。
「もう!そんなのいいからポテト食べよ」
「わあー、石橋ちゃんが怒った」
そう言って無邪気に笑う元部長だった。
ちなみにポテトは普通に美味しくて、ちゃんとした塩と塩加減でいい塩梅の味だった。




