79 黒嶺さんのご両親
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「これには、ただ判別式を……」
「黒嶺ちゃん入っていい?」
黒嶺さんの部屋で勉強を始めてから数分、黒嶺さんの部屋の扉がノックされて黒嶺さんのお母さんが、入室許可を求めた。
「はぁ、どうぞ」
「これ、ケーキ2人とも食べて」
「悪いですよ、そんな」
「いいのいいの」
黒嶺さんのお母さんが持ってきてくれたのは、紅茶のティーセットとショートケーキ。
「ありがとうございます」
「ほんとにいいのよ。黒嶺ちゃんの彼氏なんだから」
どうやら、俺は黒嶺さんの両親にとてつもない勘違いをされてる可能性が出てきた。
「いや、俺は黒嶺さんの彼氏って訳じゃ……」
「は?」
「あ、いえなんでも」
間違ってないでしょ、まだ殺そうとしたり、殺されかける関係なんだから。それ以外なら、ただの友達になる訳だし。
「それじゃあ、勉強頑張ってねー」
笑顔で部屋を出ていく黒嶺さん母。
「なんかいろいろ悪い気がしてきたよ」
ブレザークリーニングに出してもらっただけじゃなくて、ケーキまで貰うなんて。
「いいんじゃないですかね。多分この後、面倒になるでしょうし」
そう言う黒嶺さんの顔は、いつも以上にゲッソリしたような顔をしている。なんだか、今日の黒嶺さんはマイナス方向に表情豊かだな。
「もしかして黒嶺さんって、そんなにご両親のこと好きじゃない?」
夏の時もそうだったけど、黒嶺さんはあまり両親をいいように思ってない気がする。
「そうですね、私を産んでくれたことには感謝してますが、勉強の邪魔をしてくるので、そんなにいいようには思ってないですね」
「やっぱり厳しく育てすぎたかしら」
「そうだなぁ、育てかた間違えたかもしれないな」
明らか、娘の前で言うことではないことを言いながら、黒嶺さんの部屋へ無断で入ってくる黒嶺さんご両親。
「私いつも言ってますよね、無断で私の部屋に入らないでくださいと。そうしないなら、この家から出ていくと」
とんでもない約束してるな。
「ごめんよぉ、黒嶺。今回だけお願い。どうしても、梶谷くんにお話があるんだ」
「俺?」
さっきの言い方の割に、黒嶺さんご両親は黒嶺さんを溺愛しているようで、黒嶺さんに対してはものすごい甘々な声をしている。
「そうそう君、黒嶺の彼氏なんだろ?」
「だから、俺は彼氏って訳じゃなくってですね……」
黒嶺さんの顔色を伺いつつ、お父さんに答える。今のところ、黒嶺さんは怒ってないみたいだ。
「そうか、急に彼女の両親にそういうこと言うのは、緊張するか。でも、安心してくれ僕は娘が盗られることについて、怒るタイプじゃないから」
それについては、刈谷さんのお父さんの例があるから安心できるけど。違うんですお父さん。ほんとに俺は、彼氏じゃないんです。
「そこで、君にお願いなんだが家の黒嶺を絶対に手放さいでくれ」
「そ、それまたなんで……」
俺の両手を握ってちょうガチ顔でお願いされた。
まずいな、完全にペースがあっち側にあるせいで、弁明する隙がない。
あと弁明したらしたで、お父さんが泣き出しそうだし、とりあえず話を続けてもらおう。
「ほら、黒嶺は男は引き寄せるけど、突き放すタイプだろ。だから、多分君が黒嶺にとって、最初で最後の恋人なんだよ」
「は、はぁ」
だから、なんでこの人は娘の前で、普通に良くない話をするんだ。しかも、本人はそれをほぼ無視で聞き流す異常。
「そもそも、なんで黒嶺さんはこんなことに?」
さっきご両親が教育失敗って言ってたってことは、黒嶺さんの異常なほどの勉強への執着はこの人達が、原因に違いない。
きっとそれは、過去の執拗な押し付けがあったんだろう。
「いやー、それが黒嶺が小さい頃、勉強の何たるかを少し教えたらこうなってしまって」
これは、なんとも言えないな。この少しの量にもよるけど、ほんとに少しなら黒嶺さんが感化されすぎだし、少しが少しじゃないなら、ご両親が悪いてことになるけど。
「その前まで、お父さんと結婚って言ってたんだけどねー」
「それ、いつの話ですか気持ち悪い」
無視を続けた黒嶺さんも、さすがに父との結婚の話は嫌だったようで、ウエーという顔をしている。
てか、さすがの黒嶺さんにも、そういう時期がちゃんとあったのか良かった。黒嶺さんは、普通の女の子だったんだ。
「逆に何故、そんな教育を?」
「いや、ほんと少しだけだったんだよ。まさか、ここまでになるとは思わなくて。まあ、それも」
黒嶺さん父が、そういうとこ理由を話すためか、黒嶺さん両親が同時に口を開いた。
「お父さんみたいに、ハイスペックでなんでも出来る完璧な人」「母さんみたいに、美しく頭もいい才色兼備を目指して」
「「教育してただけ、ねー」」
お互いが、お互いを褒めて最後にハモると、仲良く目を合わせて笑う黒嶺さんご両親。
それとともに、静かに話を聞いていた黒嶺さんが、「ほんと気持ち悪い」と小声で言って、軽く嗚咽をしていた。
というか、黒嶺さんのご両親俺のの母さん達より数倍仲良いかもしれないな。
にしても、やっぱこの家異常だろ。頭バグるわ!
「まあ、そういう事だから、黒嶺をよろしく頼んだよ梶谷くん!」
とてつもない重荷を、俺の肩に置くお父さん。
「だからぁ、その……」
ダメだこの家庭一般家庭から、180°逆すぎてまじで頭バグって来た。そのせいで、変な汗までかいてきたし。
「梶谷くん大丈夫かい?」
あ、これダメなやつ。なんか知らないけど、意識…………
どこかに寝かされている。寝かされてる枕は、そこまでふかふかとは言えないけれど、十分に寝れるくらいの感覚。
「あの、梶谷さん私の太ももで寝るのは構わないんですが、そんなに動かないで貰っていいですか?」
寝てる枕を堪能しようと、寝返りを打って遊んでいたら、黒嶺さんから冷たい一言が飛んできた。
「あ、ごめんなさい」
黒嶺さんに指摘されて目を開けると、さっき俺達が勉強していた机で勉強する黒嶺さんがいる。
どうやら俺は、何かしらで倒れたあと黒嶺さんの太ももの上で寝かされていたみたいだ。
「俺はどのくらい?」
「2時間くらいでしょうか」
「2時間……2時間も!?」
ということは、黒嶺さんは2時間ずっと勉強をしていたのか。すごい集中力。
「ごめんキツかったでしょ、しかも正座で」
黒嶺さんの太ももから起き上がってみると、黒嶺さんは正座で勉強をしていることがわかった。
「そこまで、キツくはなかったですよ」
どうなってるんだ黒嶺さんの忍耐力は。
「それより、すみませんね私の両親が」
「珍しい……ヒッ!」
「なにか言いましたか?」
「いえ、なんでもないです」
黒嶺さんの謝罪が珍しいと思ったら、めちゃくちゃ包丁を向けられた。しかも今気づいたけど、包丁が机の上に置いてある。
「そうですか、ならもう一度寝てください」
包丁を机の上に置いて、自身の太ももをぽんぽんと叩き、俺に寝るよう促す黒嶺さん。
「はい、寝ます。でも、なんで?」
俺はもう起き上がったし、別に寝て休憩する必要性ないと思うんだけど。
「そこまで深い意味はないですよ。ただ、単純にこうしていれば殺しやすいな、と思いまして」
そう言って、寝る俺の目の前に包丁を突き立てられた。とりあえず、下手踏めないことはわかった、OK。
「そ、そういえば黒嶺さんのお父さんは、今日仕事休みなの?」
今日は平日、普通に働いてれば、会社にいるくらいの時間だし、家にいるということは、フリーターか休みか無職かになるんだけど。
まあ、腐っても黒嶺さんの父だし、定職にはついてるだろうから、無職、フリーターはないな。
「あの人、在宅なんですよ。だから、家に帰る度に絡まれて……」
黒嶺さんのお父さんの話をすると、またため息を着く黒嶺さん。
「そう考えると、このまま一緒に梶谷さんと死んだ方がマシかもですね。私、死後の世界なんて信じてませんが」
そう言って、机の上の包丁を取って俺に突き立てる。そして、ついでにみたいな感じで、俺の首に手が添えられた。
「ちょっと待って!せめて、無理心中はやだ」
「大丈夫ですよ、どうせ死ねば、無理だろうが、合意だろうが関係ないので。それに今の状況的に、合意の心中になるでしょうし」
なんか、黒嶺さんのご両親の反応的に、そうなりかねないのがなんとも言えん。
「ちょっと待って!ほんとに、まだ死ねないまだ死ねない。もうちょっと生きて、幸せになりたい!」
「安心してください、人は死ぬ寸前が1番幸福に感じるらしいですから」
「そうかの!?」
人間の体ってそうなってるんだな。
いや、そうじゃない。まずい黒嶺さんの包丁がどんどん迫ってきてる。逃げようにも、首を抑えられてて動けん。
「とりあえず、一旦梶谷さんは静かにしましょうか」
「それ、一生なやつだから!」
「離してください」
迫る包丁を黒嶺さんの手首をつかんで止める。黒嶺さんも抵抗するから、俺の目先で包丁がぴくぴく動いている。
「面倒ですね、あとは重力に任せましょうか」
抵抗する黒嶺さんの手の力が弱くなり、包丁が自由落下を始めた。
「え?あ、ちょま」
これは、死なないけど目に刺さって失明するやつ。
「まあ、冗談ですが」
「え?おう……」
黒嶺さんの声とともに、反射的に瞑っていた目を開けると、ガチ目の前に包丁の刃先が見える。
「流石にまだ、死にませんよ。嫁入り前ですから」
「そこなんだね」
つまり、結婚したら無理心中する可能性があるのか。
「そういうことなので、また肝に銘じておいてください。もし、ほかの女性と何かあれば、こうなると」
「い、イエッサー……」
「何言ってるんですか?私の場合、”イエスマム”ですよ」
「オーケー」
冗談にしてはあまりにも怖すぎたけど、とりあえず黒嶺さんの前で女子との会話は控える、というのだけは再度頭に焼き付けておこう。
「それじゃあ、俺は帰るよ」
「そうですか、まだ居ても良かったのですが」
「長居しすぎたしね」
もともと、数分で済むはずだったのが、めちゃ延びたからな。
「そういえば、ケーキは?」
当たり前と言えば当たり前だが、2時間前まで置いてあったケーキが消えている。
「安心してください、もう梶谷さんの胃袋の中ですから」
「え?まじ!何したの」
「秘密です」
「そういうの、笑顔で言わないでよ」
黒嶺さんの笑顔は珍しくて、絵になるんだけど、今回は恐怖が勝つ。
「ケーキは置いといて、そこにブレザーはかけてあるので、勝手に取っていいですよ。あと、その下の」
「下?」
俺のブレザーがかけてあるとこの下には、多分クローゼットがあるけど、これがどうかしたのかな。
「そこに私の下着があるので、1、2枚なら盗っていいですよ」
「盗らないよ!」
盗らないにしても、中だけ見て帰ろうかな。いや、それはやめておこう人として。
「もう、それじゃあ帰るからね」
「玄関まで見送ります」
正座状態から立ち上がって、部屋の扉を開けてくれる黒嶺さん。この人、全く足痺れてなさそうだな。
「あ、そうだ帰る前に連絡先交換しよ」
ポッケから、スマホを取り出して黒嶺さんにLIMEの画面を見せる。
「はあ、連絡先ですかいいですけど」
そういうと、黒嶺さんはスクールカバンを開いて、スマホを取りだした。
「どうぞ、私のです」
「ありがとー」
黒嶺さんが出したQRコードを読み取って、黒嶺さんを連絡先に追加する。アイコンが初期なのが気になるけど。
「一応、先に言っておきますが、私スマホ1日見ないことが大体なので、連絡をしても電話以外返信ないと思っといてください」
「まじで?」
スマホは、現代人の生命線だと言うのに、この人どうやって生活してるんだ。
「そういうことなので、私に何かあるなら電話をしてください。面倒な時は、出ないかもですが」
「わ、わかった」
黒嶺さんの言葉に、若干引きつつ玄関で靴を履いた。
「それでは梶谷さんまた今度」
「いやー梶谷くん、ほんとごめんね。僕のことはいいから、黒嶺のことは捨てないでくれよ」
音を立てた記憶は無いのに、何故か黒嶺さんの横にお父さんが立っている。
「ほんと、うるさいですね黙ってくれませんか?」
「はーい……」
黒嶺さん普通にキレながら、注意すると黒嶺さんのお父さんは悲しい顔をして、引いていった。
「たたありましたが、それでは」
「じゃあね、黒嶺さん」
にしてもこの家、相当変わってるな。黒嶺さんの普段の態度も、少し現代人とは思えないとは思ってたけど。
早速黒嶺さんから受け取ったブレザーを着て、来た道を引き返す。ブレザーは、黒嶺さんの部屋の匂いが染み付いている。




