58 夜這いガールと調理実習
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「あ、優くん。エプロンの紐、ほどけてますよ」
「ほんとだありがとう、刈谷さん」
「結び直しておきますね」
俺のエプロンのことに気づいた刈谷さんが、垂れてる紐を取って結び直してくれる。
「これで、大丈夫なはずです」
今日は家庭科の食欲の秋、は関係あるかわかんないけど、調理実習の日となっている。
「よお、優。元気か?」
「元気、だけど…夜梨はなんだか、それ以上な感じだな」
俺に話しかけてきた夜梨の声は、なんだかすごい上機嫌だ。
「まあな、俺の班はあんな感じだから」
夜梨が指さした方を見ると、そこには佐藤さんと青空さんがいる。
「いつもの席とは違って、女子が多いんだ」
「それだけで、そんなに上機嫌なのか」
「そりゃー、いつもの逆ハーレムじゃないからな」
夜梨の席は、クラスの方も移動教室の時も逆ハーレムという、謎の豪運を見せていて、そのためか今の状況は相当嬉しいみたいだ。
「そうかそうか、とりあえず夜梨、頑張れよ」
夜梨の方に手を置いて、激励を送る。
「なんの事だ?」
正直青空さんが居るのに、なんとも言えない不安がある。俺は同じ班じゃないから、あんまし関係ないけど。
「それじゃあ、お互い班員の足引っ張らないよう、頑張ろうな」
「なんで、俺が足引っ張る前提なんだよ」
俺自体そこまで、料理に自信あるわけじゃないから、確実にに足を引っ張らないと言える訳ではないけど。さすがに、変なことはしないし、起きないはず。
「大丈夫ですよ、私がいれば優くんは見てるだけで終わるので」
「それは、授業の意味なくなるから、ダメじゃない?」
今回調理実習で作れと言われたものは、秋刀魚と味噌汁、残り1つは班それぞれで決めるということになっている。
ちなみに、俺たちの班は最後の1個として、きんぴらを作ることとなっている。
「はい、それではこれで説明が終わるので、それぞれの場所に戻って、調理を始めてください。困ったことっがあれば、遠慮なく先生に聞いてくださいね
先生が手をたたくと、それぞれが調理場に立ち、調理に取り掛かり始めた。
「最初に味噌汁だっけ?」
「そうですね、そんなに難しくないですし。それに、味噌汁で余った出汁を、きんぴらに使うので」
「すごいな」
「料理は得意分野ですから」
料理は得意分野って言ってるけと、刈谷さんに苦手なものがあるように思えないんだけど…
「それでは、優くん出汁とかお願いしますね。私たちは、野菜切ったりするので」
調理実習の班は、4人班で俺の班は男女がちょうど2対2で、その中で料理に自信があるのが、刈谷さんしか居ないため、この班は刈谷さんがリーダーのような感じになっている。
「え、俺がやんの?」
「お願いします。そんなに難しくないですよ、私に聞いていくれれば、すぐ教えますし。それに、包丁は危ないので」
「俺って、そんなに危うい存在なの?」
何故か俺の扱いが、小学生と同レベルなのは、刈谷さんが過保護だからというのを信じたい。
俺が包丁を使うと、大変なことになると思われている、とかではなく。
「そういう訳じゃないですよ。逆に私、優くんのことは信頼してますから」
「そう?それは少し嬉しいかも。じゃあ、出汁取っときまーす」
さすがにこの信頼が、失敗を見越した上での信頼、というのは俺の考えがマイナスすぎるな。
とりあえず、刈谷さんに言われて、黒板に書かれた調理手順を遵守して、昆布の入った鍋に火をかけて水の沸騰を待つ。
「梶谷くん、料理順調そう?」
「まだ、始まったばっかだし大丈夫そうかな。それに、俺は沸騰待ちだし」
見た感じ、俺以外の班員は野菜やらの下準備をしていて、ほんとに俺は沸騰を待つしかやることが無い。
「お湯飛んでくるかもだし、気をつけてね。それか、私がやろうか?」
「いや、いいよ。それに、佐藤さんは早くあっち戻ってあげなよ」
大根すりすりを持った佐藤さんを、班に戻ることを促す。
「青空さん、野菜切れてる?」
「う〜ん、なかなか手強くて〜」
「全然切れてない…」
青空さんに力がないのか、それとも青空さんがマイペースすぎるのか、まな板の上の人参は全く切られていない。
「ほら、大変そうだし早く戻ってあげな」
「そうだね、困ったら私にも言ってね」
正直、佐藤さんをあそこ班から離すと、大変なことになりそうだし、佐藤さんを頼るのはやめておこう。
「優くん。水、沸騰してますよ」
「ほんとだ、ありがとう」
沸騰したお湯に、ザルの上に乗せた鰹節を置いて、再度沸騰するのを待つ。
「だいたい、できたよ」
「こっちも、ちょうど下準備は終わりました」
そう言った刈谷さんの前には、きんぴらに使う野菜、味噌汁の具である、豆腐やネギなどがある。
「出汁は、分けてくれてるんですよね」
「もちろん。刈谷さんに言われたから」
「それじゃあ、本格的に作って行きましょうか。こっからは、私が言うので皆さんでやってください」
唐突に対等な生徒、から教師にランクアップする刈谷さん。
まあ、慣れてる人がやるより、俺らみたいなほぼ経験なしがやる方が、授業の意味はあるから妥当ではあるか。
「優くんのとこは、順調そうだね」
「こっちは、刈谷さんいるからね。てか佐藤さん、ここにいていいの?」
また通りがかったのか、遊びに来たのかわからない佐藤さんが、こちらの進捗状況を確認する。
「まあ、こっちも順調だから」
「ほんとに言ってる?」
順調と言う割に、何故かさっきから夜梨の叫び声のようなものが聞こえるんだけど。
「青空さん、焦げてる焦げてる」
「あ〜、ほんとだ。ごめんね〜」
「そういえば、佐藤さんどこいった!?」
今の会話だけでも、よもや順調とは思えない。
「佐藤さん、行ってあげなよ。青空さんのことちゃんと、お守りしてあげな」
「そうだね、じゃあまた後で。それ、私がやるよ」
青空さんの失敗を見て、急いで班の方へ戻って行く佐藤さん。
ほんとに、夜梨の班大丈夫か?
「私たちのとこは、これで終わりですね」
きんぴらに落し蓋をしてから少し、俺たちの料理は全て完成した。
「あとは、盛り付けて持ってけばいいんだったよね。それじゃあ、俺皿取ってくる」
「1人じゃ大変だと思うので、私も行きますね」
刈谷さんと一緒に皿を取りに行く途中、夜梨のいる班をちらっと見たけど、なんだか大変そうだった。
「いただきます」
皿に作った料理を乗せて、食事場所に運び、早速食事をとる。
俺たちの班は、全体の中で1番乗りだったみたいで、他の班は今料理をよそったり、まだ作ったりしている。
「うん、おいしよ刈谷さん」
「私は指示出しただけですけどね」
指示出しただけ、と言っているけれど刈谷さんの指示は異様なまでに分かりやすく、変なミスをすることなんてなかった。
「は〜、僕は疲れたよ〜」
「青空さん、料理終わったの?」
ゆっくり秋刀魚を捌いて骨を取っていると、青空さんが後ろから抱きついてくる。
「一応ね〜、でも料理はやっぱ僕向いてないや」
「なんか、すごい言われてたしね」
マイペースゆったりな青空さんには、タイミングと時間が大事な料理はそんなに向かないのだろう。
でも、料理でも釣りの時みたいな感じを出せば、全然出来ると思うけど。
「やっぱり、結婚したらゆうくんに料理作ってもらわないとな~。だから〜たのんだよ~」
「たのんだって、言われてもね」
仮に青空さんと結婚して、俺が普通に働いてるとしたら、俺の仕事量がバカみたいに多いことになるぞ。
かわりに、夢の年収1000万プレイヤーに、なれるかも。
「ところで、そのきんぴら少し貰ってもいいかい?」
「別にいいけど…」
箸できんぴらを掴んで、青空さんの口に運んであげる。
「うん、やっぱりゆうくんに食べさせてもらうと、味が100倍になるな〜」
「ほんとに言ってる?」
そんな、人から食べさせてもらった、だけで味が変わるとは思えないんだけど。
「こんなに美味しい物くれたゆうくんには〜、お礼として僕の作っただし巻き玉子をあげよ〜」
「それ、さっき焦がしてたやつじゃないよね」
「そんなわけないじゃないか〜、ちょっと黒くなっただけだよ〜」
それをこの世では、焦がしたと言うのではないのだろうか。
「ていうか、青空さんは皿運ばなくていいの?」
青空さんは何故か、ずっと俺に抱きついていて、とりあえず離れて欲しい。
「大丈夫だよ〜、それに僕にはもう動くリソースが残ってないんだよ〜」
「リソースって」
優來もこの間似たようなこと言ってたな。もしかしたら、2人の性格は少し似てるのかも。
「青空ちゃん、お皿運び終わったよ」
「ほんとうかい?いや〜、すまないね〜」
「全然大丈夫だよ」
「それじゃあ〜、ゆうくんあとであげるからね〜」
佐藤さんに呼ばれて、佐藤さんと一緒に班の方へ戻っていくほんとう青空さん。
ちなみに、青空さんのだし巻き玉子は、普通に焦げただし巻きって感じ。その後、何故か佐藤さんからも貰って、それは甘めのだし巻き玉子だった。
この1連の流れを見させられてる優くんの残り2人の班員は、どんな気持ちなんでしょうね。




