156 白く綺麗な月
「妹さん、すっかり寝てしまわれましたね」
寝た、というよりメイドさんに寝かせれた、という言い方の方がいいであろう優來を見ながら、二月さんは俺に話しかけてくる。
「そうだね。凄く幸せそうな眠り」
「メイドは寝かしつけるの上手いですから。当たり前です」
「私なんて、まだまだです」
「謙遜しなくていいのよ」
二月さんが絶賛するメイドさんの寝かしつけ、優來の顔を見ると気になるな。
「メイドさん、良ければ俺を寝かしつけてくれませんか?」
「何言ってるんですか。ここからは、夫婦の時間、ですよ。今日は寝かせません」
何を冗談をとでも言いたげにフフっと笑う二月さんは、俺へ顔を近づけ俺の上半へ手を当てる。
「少し恥ずかしいですが」
顔を赤くした二月さんは、色っぽい目をしてワンピースのパジャマの肩紐を外し始めた。
「さあ、わたくしと――」
二月さんが俺に迫ってくる中、リビングの方からインターフォンの音が聞こえてきた。
「あ、ああ。綾ちゃん来たみたい、約束してたんだ」
助かった。部屋を出る時、メイドさんにでも止められるかと思ったけど、メイドさん自身二月さんのあの行動はあまり容認してないみたいだから、普通に通してくれた。
「綾ちゃん、ありがとう」
「ん?ど、どういたしまして」
ドアを開け、告げられた俺の感謝の言葉に困惑する綾ちゃん。とりあえず綾ちゃんを家にあげ、二月さんのいる部屋へ戻った。
「お邪魔します」
「こんにちは。こんな夜分遅くに、大丈夫ですか?」
「まあ。お父さん達には、秘密で来たけど。気になることあるし」
「そうですか。でもご両親を心配させては、行けないので早めに済ませてくださいね」
二月さんにしては珍しく、人を突き放すかのような言葉だ。多分、恥ずかしそうにしてたけど、さっきの続きをしたいんだろう。
「それで優くん!」
話に区切りをつけた綾ちゃんは、キュッと顔をこっちへ向け俺にさっきの話の説明を求めた。
「多分、綾ちゃんが気になってるのって二月さんがなんなのかってことだよね」
「まあそうだけど」
とは言っても食事中に言ったことのまんまだから、それ以外に言いようないんだよな。
「先に言っとくと、食事中に言ったのと変わんないからね。そこにちょっと、人的な感情が加わるだけであって」
「人の感情あったら監禁しないよ」
「それを言われちゃぁね」
「わかってんじゃん」
俺の話の穴をついた綾ちゃんは、俺の両手をとり真面目な顔をして口を開いた。
「こんなことの縁なんて、切っちゃいなよ」
死活問題と言わんばかりか、真面目な声で俺へ訴えかける綾ちゃんに俺は、苦い声が出た。
「なんで?優くん不幸になっちゃうよ」
「だって――」
「梶谷様は、わたくしのこと大好きですから、離れたくないのですよね」
「優くん、洗脳されちゃったの?」
可哀想な目で綾ちゃんが俺の方を見る。綾ちゃんは、俺をなんだと思ってるんだ。そんな、洗脳とかいう曖昧なものにかかるような人間では無い。
「違うよ。仮に二月さんと縁切ったとこで、また結ばれるだけだろうから」
「なにそれわかんないよ」
俺の言葉で頭の中に大量のハテナが浮かんだ綾ちゃんは、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「ねえ優くん、ほんとに大丈夫なの?」
「今のとこ害はないし、大丈夫だよ。二月さん、お金持ちだけどある程度は、自分の力でやろうとする子だし」
もし二月さんが金を使うのを厭わなかったら、俺の人生は潰されていたことだろう。
「そんな、急に褒めないでください、必要なことをしてるだけなので」
「まあ優くんがいいならいいけど」
「それでは、話も済んでそうですから、ご両親をご心配かせないうちに」
「じゃあ玄関で送るよ」
二月さんに言われ、少し嫌そうながらに帰ろうとする綾ちゃんを見送ろうとしたら、二月さんに後ろ手を引かれ止められた。
「それならメイドがしますから、梶谷様はわたくしとこのまま」
「それでは、行きましょう」
「あ、ちょ。優く――」
メイドさんに方を掴まれ、無理やり部屋を退出させられていく綾ちゃん。
「それでは梶谷様は、わ、わたくしとお楽しみの時間を」
綾ちゃんのことはあまり気にせず、二月さんは先程同様に俺の身体へ手を当て、顔を近づけてくる。顔を近づけてきた二月さんは、火照った顔でキスを迫ってくる。目の前に綾ちゃんがいるというのに、お構い無しだ。
「二月さん、ストップストップ。どおどお」
「いいじゃないですか。夫婦、なんですから」
「だからそれを人前で言わないで」
「訳わかんない。もういや!」
「おい!まて」
状況が飲み込めず、頭がパンクした綾ちゃんは、大声を出しメイドさんから逃走、窓の前に立ちカーテンを勢いよく開いた。
「お前急にうご――」
「うるさい」
綾ちゃんの行動に対し、また肩を掴もうとしたメイドさんに綾ちゃんはその手をはたいて威圧するようにメイドさんの顔を見た。
「えっと、綾ちゃん?」
綾ちゃんの声に固まる俺と二月さん。俺が綾ちゃんに声をかけると、綾ちゃんはゆっくりこっちへ顔を向けニヤリと笑う。
「優くん❤あ〜そぼ」
いつもの綾ちゃんの感じ、口調ではない、つまりは、そういうことだろう。
「優くん❤つ〜かまえた❤」
二月さんから俺を奪い取った綾ちゃんは、恍惚そうな顔であれの顔を見つめそのまま強めのハグをした。痛い。
「早いですね。メイド」
「はい。お前、今すぐそいつから――」
「だからうるさい」
「な――」
まさか、あの黒嶺さんと互角、それ以上に渡り合ったメイドさんを綾ちゃんは一押しで仰け反らせた。綾ちゃんと黒嶺さんでは、単純な力では差があるのはわかってるけど、それでもだあの強いメイドさんが一押しで……
「メイド、大丈夫?」
「すみません。少し油断しました」
「うるさいな〜。優くん、私達はここから離れよお楽しみの時間するんでしょ?」
「俺はするとは――」
「うるさい……」
「優來」
メイドさんによって気持ちよさそうに寝ていた優來が、さっきからの物音で眠りが邪魔され眠りが覚め、起きてしまった。現在状況をロード中と言ったところか。
「綾ちゃん、とりあえず優來を寝かしつけてから」
「どうでもいいよ。そんなのじゃ、行こっか」
俺の話を無視して俺を小脇に抱えた綾ちゃんは、勢いよく部屋を飛び出した。
「メイド、とりあえず妹さんを」
「御意」
「梶谷様、あとで探すので頑張ってください。ふ、2人の未来のために」
こんな状況でも恥じらいを持つお嬢様の声を聞きつつ、俺は綾ちゃんに抱えられたまま家を飛び出した。抵抗しようとしても、今の綾ちゃんに効くはずもなく、なんなら興奮させる一方だ。