149 帰りの電車で
「疲れた」
感嘆の息を吐きながら座り心地のいい電車の椅子に座り込む。それに続くように、刈谷さんと初愛佳さんが横に座ってきた。二月さんは、いやいやながらもメイドさんと帰っていった。
「水無口さんも座る?」
(一体どこにそんな場所がある?)
水無口さんに聞くと、水無口さんは俺の座る席を端から端まで見て、疑問符を浮かべた。
「どこって、ここ」
そんな水無口さんに対して、俺は膝の上を叩いて座る場所を教える。
(流石の我でもそこに座るというのは)
「それなら、私が座っていいですか?」
「刈谷さんはちょっと」
「なんですか。酷いです。私軽いですよ」
「そこじゃないんだって」
刈谷さんを膝上に座らせた時、何があるかわからないし。
「ま、それはじょうだ――おっと」
冗談と言って水無口さんに席を譲ろうと思ったら、水無口さんは深呼吸してから俺の上に座り込んだ。
「すわ、る。ね」
「どうぞ」
まさか、ほんとに水無口さんが座るとは思ってなかった。まあ筋肉痛なりかけの俺も座れるし、座り心地悪いだろうけど水無口さんも座れるしいいか。
(それはそうと、大丈夫か?)
「なにが?」
水無口さんに俺が聞き返すと、水無口さんは俺の腹をペタペタと触り始めた。
「そこね。大丈夫、時間も経ったから痛みも引いてきてるし」
「それで言うと、ほっぺら大丈夫なのか?」
「それも冷やしたんで、大丈夫ですよ」
今はどちらかと言うと、筋肉痛になるであろう体の部位がめちゃくちゃ痛い。
(だが、ほんとにあれはすまなかった。我が鈍臭いばかりに)
「気にしなくていいって」
「そうですよ。もしもの時は、私がマッサージで優くんを癒しますから」
「ま、マッサージ……」
「刈谷さんのマッサージはちょっとやだな」
過去の経験的にいい思い出ないし。そもそも、肌の痛みはマッサージではどうにもならない気がする。
「いいじゃないですか」
「それなら水無口さんにやってもらうよ」
(我はそこまで力がないが、できるだけ尽くそう)
「お、俺もやってやるよ」
そもそも専門家でもない人に頼むが間違ってるんだろうけど、この3人のマッサージとなるとなんだか不安しかないな。
「ところで優くん。私の水着、どうでしたか?」
刈谷さんの水着。特段サイズ変動がなかったようで、去年と変わらずの水着だった。
「去年と変わらずで良かったんじゃない?」
「では、さらに踏み込んだ質問をして、誰が1番でしたか?」
「また言いにくい質問を」
去年も言われたこの質問、毎度の事ながら答えにくくてしょうがない。そもそも、あんまし人の服装に順位をつけるものでもないだろうに。
「さ、どうですか順位」
「それ、俺も気になるな」
「それはちょっと」
「別にいいだろ順位くらい。減るもんじゃねぇんだしよ」
「俺の精神がすり減るんですよ」
正直俺が着けるまで食い下がらないだろうから、やるだけやってみるか。とはいえ、難しいんだよな順位付けっても俺からするとマジのマジ全員同率だし。いや、この際……
「やっぱ、去年と変わらずみんな同列」
「そ、そうか。同列か」
俺の考えは他所に初愛佳さんと水無口さんは、割と納得してくれてるみたいで、ちょっと気恥しそうにしている。
「それじゃあダメですよ。その中でも、微妙な1ミリの差優くんの好みを教えてください」
め、めんどくせー。
「そんな面倒だなんて思わず」
「心読まないで!?」
微妙な1ミリの差、て言われてもなそれがないから同列って言ってんだけど。やはりここは、黒嶺さんのマイクロビキニしかないか。今年見てないけど。
「さあ優くん。優勝者を」
「優勝者ねー」
なにかないものか。別に誰か適当に指名すりゃいいんだろうけど、それは不誠実と言うやつ。ここまで来て、気にすることでもない気もするけど。やはり、逃げの一手。
「まあ、優來かな」
「優來ちゃん、ですか?」
「そうそう」
一応、今年優來の水着は見ている。何故かわ知らないけど、学校指定の水着姿を見せられた。一応言うと、俺がそういう水着が好みなわけではない。
「優、お前」
「ちょっと、そんな憐れむような目で見ないでください」
まあいい誰かの名前を言って、面倒食らうよりこっちの方が安全圏だ。どうやら、俺は皆からするとシスコンらしいから、ダメージは少ない。
「水無口からも何か言ってやれよ。水無口?」
「ああ、水無口さんなら少し前から寝てるよ」
今日のことで水無口さんはそこそこ疲れたようで、俺の上に座って割と早いタイミンでうつらうつらし始め、ついには眠ってしまった。
「なら静かにしてやるか」
水無口さんの寝顔を確認した初愛佳さんは、ナチュラルに腕を俺の後ろにまわし、足を組み始めた。
「そうですね。静かにしましょうか」
「あの〜、2人とも。いや、初愛佳さんはいいか刈谷さん」
「はい」
刈谷さんの名前を呼んでも、刈谷さんはいたって平然としているけれど、刈谷さんは誰に見えないように俺の手に刈谷さんの手を上から被せ向きの違う恋人繋ぎをしてきている。
「俺はなんなんなんだよ」
「いや、初愛佳さんは普通にマナーが」
「それは、ごめんな」
初愛佳さんはただ手を広げ幅を取ってるだけだ。そこまで気にすることでは無い。やはり刈谷さんだ。
「はい?」
「手」
「なんのことですか?」
「なんだよお前らさっきか……ら」
身を乗り出し俺と刈谷さんの手を見た初愛佳さんの顔が、一気に赤くなる。
「お、おい。お前らそれ」
「ほらー刈谷さん」
「なんのことですかね?」
初愛佳さんの顔を見た刈谷さんは、俺の手と刈谷さんの手を複雑に絡ませ始めた。
「お、おい。それやめろって」
「いいじゃないですか」
指摘されようとも止めることさせず、なんなら手の動きは激しさをましていく。
「だから、やめろって!」
この状況に耐えかねた初愛佳さんが、大声を出した。それには、俺と刈谷さんだけではなくこの電車の乗客全員がびっくりし、その視線が初愛佳さんに集まる。
「す、すまん」
「ん?」
「お、おお水無口ごめんな」
初愛佳さんの声に反応して、俺の膝上で寝ていた水無口さんが眠りから起きかけた。それを見た初愛佳さんは、俺から水無口さんをとり上げ初愛佳さんの膝上に水無口さんを乗っけた。それに対する水無口さんは、何が何だかと言った感じではあるけれど、今の駅を確認してからまた眠りについた。
「もう。しるか」
この状況を諦めた初愛佳さんは、頬を赤く染めたまま水無口さんを抱き枕みたいに抱いて、目を閉じた。
「さ、優くん。これで2人だけの時間ですね」
「あのね、刈谷さん。それ、教育に悪いからやめよ」
「なんですか、教育って。私と優くんの子供のことでしたら、まだ早いですよ」
半笑い気味にそう答える刈谷さんではあるけれど、目はガチだ。
「いや、前見てよ」
俺がそう指摘して、刈谷さんが前を見ると「あら」と小さく声をあげた。俺らの目の前にいるのは、年端のいかない小さな男の子。俺らのこれを見て、顔を赤くしている。
「やめて、おきましょうか」
「最初からやんないでね」
ほんと刈谷さんにも困ったものだ。少年よすまない。
「とりあえずこの続きはまた今度にでも」
「やらないからね」
家に着くまでの間特に刈谷さんにちょっかい出されることなく、普通の会話をして家に帰ることができた。