146 夏休みとともに海
「さあ!今年もやってまいりました!去年会った人は久しぶり。今年会った人ははじめまして。今年も、クラスの女子水着発表会!」
意気揚々と実況役男子が、女子更衣室の前で大声の解説を始める。去年同様、俺たちはクラスで海に来たわけだけど、こちらも変わらず行うらしい。
そして今年の俺は一味違う。人待ちついでで、少しばかりこの催しを見ることにしたのだ。
「まずは1人目!早速、出てきたのわぁ?初愛佳さん」
更衣室から出てきた人をみなが見た途端、周囲がざわつき始めた。クラスLIMEに入ってないはず、一体誰が呼んだのか、そんなちょっとしたざわつきだった。それに呼応するかのように、初愛佳さんの顔も少し曇ってきた。
「よ!ナイスバディ!」
「そ、そうだった。まず最初は初愛佳さん。金髪の髪に黒のビキニ、ナチュラルヤンキースタイル!」
変になった空気を断ち切るように、俺が初愛佳さんにボディービル大会の如く声を送ると、自身の仕事を思い出した司会が初愛佳さんの水着の解説を始めた。そして、それにより初愛佳さんの方に視線が集まり、皆それぞれ小さくではあるけれど、初愛佳さんのカラダについて口々にし始めた。
「こう見ると初愛佳さんって、結構いい体してるな」
「それなしかも身長――」
「お、おいお前ら」
初愛佳さんが、弱々しい大声をあげると会場にいる全員が、一旦黙り初愛佳さんの顔を見る。
「恥ずいだろ、そんなに見るな」
顔を赤くして、そんな顔を手で隠しながら言う初愛佳さんに、会場の意見はきっと一致しただろう。「可愛い」。
「初愛佳さん、お疲れ様です」
ある程度みなが見たあと、人混みをぬけてきた初愛佳さんと合流する。
「なんだったんだよこれ」
「まあ、男子ですからね。こんなもんですよ」
女子の水着に一喜一憂するというのは、男子特有のものだろう。
「さて、俺らはどこかでゆっくりしましょう」
「あ、待てよ。水無口、今日来てるだろ」
「そういや」
去年、水無口さんはこの催しには参加してなかったけれど、今年は来ている。つまりは、あの大勢の前に水無口さんが、立つということだ。
「だから、待っててやろうぜ」
「そうですね。待ちましょうか」
そんな感じで、俺と初愛佳さんは後方彼氏面で、来るであろう水無口さんの順番を待つことにした。
「さてさてお次のウォーターガールわぁ?水無口さんだ!」
初手の初愛佳さんから、数十人、俺と初愛佳さんが待ち望んだ、水無口さんの番へとなった。出てきた水無口さんは、上半身を隠しながらの恥じらいを持った登場であり、この空気間に殺されかけている。
「ボトムスはデニムのショートパンツ。トップスは、可愛くビスチェで決めた私服っぽい水着だ!」
そんな実況に周囲の人達、主に男子たちが大盛り上がり。そんな反応とは裏腹に、水無口さんはその場に崩れ落ちてしまった。
「おい、ちょっとごめんな。水無口、行くぞ」
そんな水無口さんを見ていた初愛佳さんは、すぐに動きだし、初愛佳さん特有の覇気を放って道を空けさせ、水無口さんの元に行くと小脇に抱えて俺の方にまで戻ってきた。
「水無口さん、お疲れ様」
崩れ落ちた時の体勢で初愛佳さんに運ばれて来た水無口さんに、声をかけるけれど水無口さんは聞こえていないのか、未だに固まっている。
「水無口さん?」
そんな水無口さんの頭をポン、と触るとビクッと震え顔を上げた。
「あ、優……くん」
顔を上げた水無口さんは、恐らく書くものを持っていないからか、わたわたとテンパり始めた。
「水無口さん、とりあえず俺のスマホ使って」
喋れない、書けない水無口さんにスマホを渡すと、水無口さんは急いでスマホに文字を打ち込み始めた。
(どうかしたか、優よ)
「いや、大丈夫かなって話」
(気にするな。少し戸惑ったが、今となっては何も無い。そんなことよりも、だ)
「ど、う?」
「どうって、ああ水着ね」
さっきの解説があった通り、今の水無口さんは私服っぽいタイプの水着だ。水着、と言う割には泳げなさそうではあるけれど、見た目としては十分。
「似合ってると思うよ、可愛い。初愛佳さんもね」
「お、おう。そうかよ、あんがとよ」
水無口さんを捕まえたまま、俺たちはいい感じの日陰を探してそこに座り込んだ。
「優、泳がねえのか?」
「俺ですか?暑いと、動く気失せちゃって」
なんせ、今日の気温は最高気温34度の割と暑い日。普通に砂浜は暑いから、歩くだけでも火傷をしそうになる。
「なんだよ、つまらねぇな。な、水無口」
(実の所、我はあまり泳げなくてな。だから、砂で遊ぼうかと思っていたんだが)
「お前ら、ここ海だぞ」
「でも、俺は泳ぎますよ。気分が向けば」
そんな、曖昧な返しに初愛佳さんから「はっきりしろよな」と少し怒られてしまった。
「じゃあ行きますか?水無口さんも、浮き輪借りれば遊べるでしょ」
(おそらくだが。喋れないぞ)
「そんな自信満々に言わなくたって」
海で喋れないというのは、ガチめな死活問題だな。何かあった時とか、助け呼べないし。
「それなら、俺がずっと一緒にいてやるよ」
(だが悪いしな)
「気にすんなって」
「全員楽しい方が、楽しいだろ」
変なこと言ってる感あるけど、初愛佳さんの言ってることは間違っては無いな。
「それじゃ、行きましょうか」
「そうだな。いくぞ、水無口」
俺と初愛佳さんで、水無口さんのことを挟みながら、浮き輪を借りるために海の家に向かう。
「優、いくぞ」
「ばっちこ――ぐは」
初愛佳さんのスパイクしたビーチボールが、俺の顔に勢いよくぶつかり俺が後ろに倒れる。
「おい、優大丈夫か?」
「はい。なんとか」
「優、くん……か、顔赤字い、よ」
浮き輪を使ってバシャバシャとこっちへきた水無口さんが、俺の右頬を触って教えてくれる。確かに、触ってみるとすごく熱い。
「ほんとに大丈夫かよ」
「まあ、感覚はないですけど、大丈夫だと思いますよ」
これくらい、由乃にビンタされた時と同じ痛みだ。つまりは、大丈夫ということだ。それにしたって、水上でボールをスパイクして、由乃のビンタ同等の火力が出せる初愛佳さんはすごい。
「とりあえず、冷やしてこいよ。俺のバックに保冷剤入ってたはずだからよ」
「わかりました。それじゃあ、2人とも海を楽しんで」
2人に心配され、俺はゆっくりと海岸の方に戻り、しばらく保冷剤でほっぺを冷やしながら、2人を眺めることになった。