142 ヤンキー少女と幼馴染
「優大丈夫か?」
「すみません。不甲斐ない」
俺の部屋。初愛佳さんの腕に抱えられ、心配そうな初愛佳さんの顔がすぐそこにある。この人は、ほんとにこういう時は普通でかっこいいな。
「優!勉強しましょ!どうせ……」
「「……」」
圧倒的沈黙3秒。その後、俺の部屋に唐突にやってきた由乃は、ドアを勢いよく閉めて1階へバタバタと足音を立てて降りていった。俺は止めようと名前を呼ぼうとしたけれど、時すでに遅し。
「別に逃げるようなシチュエーションでもないだろうに。初愛佳さん、ちょっと待っててくださいね」
「お、おう」
逃げた由乃を追って、急ぎ1階へ降りる。玄関を見た感じ、家にはまだいるみたいだ。
「おい由乃、なんで逃げるんだよ」
「いや、なんか脳がそういう司令を、ね」
「司令って。お前なぁ」
「だって。あの人って、あれでしょヤンキーの」
なんだ、由乃もそういうのは結構気にするタイプなんだな。知ってはいるけど、普通に接するものかと。
「ヤンキーではあるけど。いい人だぞ」
「じゃあ、さっきのあれは何よ」
「いやあれはな、ただ俺が転びかけたところを初愛佳さんに助けて貰っただけで」
ほんとにそれだけだ。初愛佳さんにお茶を出そうと、立ち上がった瞬間ちょっとした立ちくらみでバランスを崩し、俺が転びかけたところを初愛佳さんが、助けてくれただけの話だ。
「ほんと?無理やり優を襲おうとしてたわけじゃなくて」
「なわけ。あの人は、犬を撫でるタイプのヤンキーなんだから」
そもそも初愛佳さんにそう言う心も、耐性すらないんだから。
「てか、お前なんで勝手に家来てんだよ」
今この家に母さんはいない。まあ、それなのに初愛佳さんを家に呼ぶ俺もどうなんだって、感じではあるけど。
「おばさんによければって、言われたのよ。ほら」
そう言った由乃がみせた画面には、確かにそういう話が持ち上げられている。母さん、謀ったな。
「まあ、勉強するならしてけよ。初愛佳さん頭いいしさ」
「別に聞くとなんてないわよ、あんたが、聞いてくれれば教えてあげるけど」
「そうか。参加するんだな、行くぞ」
当初の予定通り、コップにお茶を注ぎそれをお盆に乗せて、初愛佳さんのいる俺の自室へ向かう。
「初愛佳さんおまたせ――」
「アア!」
「初愛佳さん!?」
初愛佳さんの待つ俺の早に入ると、俺のベッドに座る初愛佳さんは俺の姿を見るなり、壁に向かって枕を思いき投げつけた。
「お、おお。優、遅かったな」
「それはそうなんですけど、今のは……」
「いや〜、急にボール投げたくなってな」
だからって人の枕投げるかな普通。
「じゃあ、キャッチボールします?確か、グローブとかあったと思うんで」
「いいよ。勉強しようぜ」
「そうですか。じゃあ由乃すわ――どうした」
初愛佳さんのボール投げ欲を尻目に、由乃の方に目をやるの何やら初愛佳さんのことを、睨むような目で見ていた。
「いや、なんでも」
「そうか、なら座れよ。期末近いんだから、勉強だ、勉強」
部屋の真ん中に置かれた折りたたみ式の机に、3人分の勉強道具を広げ各々好きな教科の勉強をする。とはいえ3人分の教科書やら、問題集が広げられると狭いものだ。それは人の間隔も例外ではなく、そのせいでさっきから何度も由乃から軽い肘打ちを受けている。
「由乃もうちょい、腕の可動域下げられない?」
「無理なこと言わないでよ。ただでさえ、狭いんだから」
「じゃあ、俺自分の勉強机で勉強するよ」
「それはダメ」「やめろ」
「え〜」
ここから離れようかと、提案したけれど2人から思っきしバツを入れられたために、この狭い場所で勉強することになった。
「初愛佳さん、ここってなんで急にこうなるんですかね」
「ちょっと待てよ。あ〜、これな基本はこれと変わらなくてな、ただ文字でまとめただけって言うか」
「なるほど。展開したあと、文字をってことですね」
ここから先俺は、何度も初愛佳さんにわからない問題を聞いていった。こう説明聞いててもわかるけど、初愛佳さん勉強はできるな。て言っても、最近授業は大してサボってないんだけど。
「初愛佳さん」
「それね。簡単じゃない、もうそれはただ代入して連立するだけなんだから」
「俺まだ何も言ってないんだけど」
聞こうとしてた問題は間違ってないんだけど。それにしたって、唐突すぎる。
「別になんだっていいじゃない、解ければ。ね、初愛佳さん」
「お、おう。そうだな」
「初愛佳さんを困らせるなよ」
「なにか、文句でも?」
ドスの効いた声でそういう由乃に、なんでもと返して、俺はいそいそと問題集と向き合う。
「そういや由乃」
「なによ、勉強しなさいよ」
「しながら聞くから」
突如として気になったことで、これはあまり勉強には関係ないけど、聞くぐらいはいいよな。
「お前、前回の中間何位だ?」
「急ね。でも、何位だったっけ。たしか、52位とか?」
「高い。初愛佳さんは?」
「たしか、51位とかだった気がするぞ」
「ほぉ」
俺がそんな不敵な声を上げると、2人からどうかしたか的な顔が向けられた。
「いや、2人ともすごいなって話。そうすれば、俺も学力向上が望めるかと」
「やめろよ、照れるだろ」
「痛」
2人を褒めると由乃は、そっぽを向き初愛佳さんからは軽い、肩パンが飛んできた。力強いけど。
「でも、私たちがいても、努力しなきゃダメなんだからね」
「わかってるよ。俺が、人の能力を吸う能力あれば良かったのに」
「なんか気持ち悪いわね」
そんな話をしてから、1杯お茶を飲み干し、勉強を再開した。初愛佳さんに聞くスタンスは変わらず。
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「休憩するか〜」
もともとこれくらい、と思っていたところまで問題集を解き進め、そこに着いたタイミングでそのまま後ろに仰向けで倒れ込む。2人と話して以降は、ずっと集中してたから普通に疲れた。
「2人とも、なにかだすんから机片付けといてください。まだ勉強したければ、そのままでもいいですけど」
「まあ、俺はやめようかな。由乃はどうする」
「私もいいや。休憩のあとに少しやろうかな」
「え〜。キモ」
「は?」
「あ、いえ。ごゆっくり〜」
コップを乗せたお盆を持って、俺はお茶菓子とお茶を入れにもう一度、リビングの方へ降りていく。