141 顔には出ないけど
「ゆうく〜ん」
人の家のソファの上だと言うのに、ところ構わず俺の体に青空さんの体をそわせ、顔をつついたり思いっきり抱きついてきたりする。
「青空さん離れてよ」
「なんだい?恥ずかしいのかい?もう、ゆうくんったら〜」
「そんなんじゃ――」
「ゴホン!」
横で石橋さんがわざとらしく咳払いをした。その声を聞いて石橋さんの方を見ると、いたたまれなさそうに俺と青空さんのことを見ている。
「やめてもらっていいかな?ここ、私の家だし。あと、料理できたし」
「俺、ノリノリだった訳じゃないからね」
「そんな〜、言葉ではいいつつ、僕のこと放置してたくせに〜」
どうせ青空さんを突き放したところで、面倒なことになるのはわかってたから、放置してただけなんだけど。
「とりあえず、できたから2人とも食べよ」
お母さん的石橋さんに言われ、俺と青空さんはソファから起き上がり料理の並べられた、机へと向かう。
「お〜これは、美味しそうですな〜」
「ところで石橋さん」
橋の準備をしていた石橋さんに話しかけると、石橋さんは、ビクッと震え恐る恐る俺の方に顔を上げた。
「な、なぁに?」
「これって安全?」
「安全も何も、ちゃんと捌いてるし――」
「いやそこじゃなくて」
絶妙に話をそらそうとする石橋さんの話を遮って、話を押し進める。
「あれの話だよ」
「あ、あれかぁ……」
石橋さんにする話といえば、薬ぐらいしかないだろうに話を持ち出すと変に思い出したかのような反応が帰ってきた。
「別に梶谷くんのには、入ってないよ」
石橋さんは、頬を書きながら案外普通にそう伝えてきた。
「ほんとに?」
「ほんと、ほんとだって」
石橋さんに顔を近づけて聞いてみても、反応は普通だこれはホントのホントなのかもしれない。
「なんだよ〜2人とも、僕を置いて秘密話かい?」
「いや、なんでもないよ。ただの茶番みたいなものだし」
「本当かな〜」
「ほんとだって、早く食べるよ。石橋さんの料理、味は美味しいんだから」
「味は、てなに?」
青空さんが俺の言葉に疑問符を浮べる中、早速と俺の前に置かれた味噌煮に手をつける。食べた感じ、味はいつも通りの安定した美味しさ。特に変な感じは全くしない。
「普通に美味しいね」
「だから言ったでしょ、梶谷くんのは入ってないって」
なんだろう、さっきからわざわざ名指しなんだよな。いや、まあ盛るのは俺だけなんだろうけどさ、わざわざ小分けにしてる訳だし。いや、待てよ。何かを感じて、急いで青空さんの方を見る。
「どうかしたかい?ゆうくん。まさか、この料理の付け合せとして、僕の顔を!?」
あ、良かったいつも通りの青空さんだ。てっきり、俺には盛らずなにかの思いで、青空さんに盛ってるのかと思ってた。
「はぁ」
安心の息を吐いてから、食べるのを再開する。青空さんは、安心をため息と思ったようで、ごちゃごちゃ言ってるけれど、それは無視して黙々と舌鼓を打つ。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
何か起こることもなく、普通に魚の料理達を完食した。最初の疑いが嘘みたいに、普通に食べきれた。さすがに、石橋さんを疑いすぎたか。前科があるから、疑うしかないけど。
「皿洗うの手伝うよ」
「別にいいよ。梶谷くん達は、お客さんなんだし」
「でも、料理も作ってもらったし。別にいいから、ゆっくりしてて」
石橋さんはクスッと笑ってから、急ぎ机の上のお皿を片付け始めた。なんだか、悪い気がしてならないな。
「そうだよ〜ゆうくん。僕とのんびりお話しようじゃないか〜。にしても、なんだか暑いな〜」
「ほんと?冷房の温度下げようか?」
「どうしようかな〜」
「食後だからじゃ――青空さん!?」
なんだか眠そうな、トロンとした声をしている青空さんの方に視線を移すと、なぜか青空さんは音もなく上の服を1枚脱いでいた。
「え〜?」
俺の声に青空さんは、机の下に潜り上の下着をまるまる出しながら、椅子に座る俺の体を這い上がってきた。
「石橋さん!」
「私、嘘はついてないよ。効果ないのか、少し焦ったけど」
確かに青空さん元の感じと今の感じで、そこまで性格の差は感じないけど。
「なんで盛ったの」
「い、いやぁ。嫉妬?みたいな」
「嫉妬……」
石橋さんの言葉に頭を抱える。やっぱ、青空さんの異様な距離感は、どうにかしなきゃかもな。普通ならほぼ100%得なはずなのに、得と不利益が釣り合わなすぎる。
「ゆうく〜ん」
「猫じゃないんだから」
ゆっくりと俺の体にくっついた青空さんは、頭を俺の胸あたりでぐりぐりとして、気持ちよさそうにしている。
「……にゃ〜ん」
「真似しなくていいよ」
それする余裕あるって、青空さんシラフだろ。いや、シラフとそこまで差がないのか。
「てか、石橋さんなんで嫉妬で薬盛っちゃうの」
「だってぇ、少し辱めてやろうかって」
「謎でしょ!」
それで媚薬を盛ったとて、青空さんの魅力が強化されるだけだろうに。青空さんは、未だに猫みたいなことしてるし。
「ゆうくん。暑いよ〜」
「じゃあ離れて」
「無理だよ〜。僕はゆうくんの5センチ以内にいないと、死んじゃうからね〜」
「動く屍じゃん」
青空さんは、媚薬の力でもいつも通りなところは割と幸いな気がする。由乃とか酷かったもんな。あ、俺もか。
「暑い〜」
暑い暑いとは言いながらも、青空さんは汗を全くかいていない。それはつまり、そういう感情による火照りであることの裏ずけでもあるって事なんだろうけど。
「あ、そうか」
「いや、ちょっと待とうか青空さん」
暑いと言った青空さんが、青空さん自身のズボンに手をかけたところで静止をかける。そうすると、青空さんは不思議そうに俺の顔を見上げた。
「そういうのは、せめて俺が居ないところでやって欲しいんだけど」
「え〜?」
いつも通りのなんだ恥ずかしいのか、的な感じのニヤケた視線が俺に向けられる。
「それじゃあゆうくん、キスしようよ〜」
「き、キス!?」
青空さんの言葉に俺と青空さんを尻目に作業していた石橋さんが驚き、洗っていたコップを落としみたいだ。
「ね、ちゅ〜ちゅ〜」
猫かと思えば今度はネズミ、青空さんはちゅ〜ちゅ〜泣きながら、俺の唇に青空さんの唇を近づけてくる。
「す、ストップ!それはダメ」
大声が聞こえたかと思えば、そこには手を濡らしたままの石橋さんが立っている。
「あ、石橋さん。でもこれ、石橋さんが始めたことじゃ……」
青空さんの勢いは強いものの、手で抑えればどうにかなる程度なため、そこそこ余裕はある。その割に石橋さんは、なんだか焦っている。
「そ、そうだけど。キスはダメ」
「ダメってしないよ」
青空さんはいつも俺をからかっていて、その気はないだろうし、これだってただの媚薬のせいで俺が魅力的に見えるだけの話だろう。
「でも、青空さん魅力的だし、顔といい服装といい」
半裸ってのは、魅力的な服装なのか。まあ、魅力的っちゃ魅力的ではあるか。性的な視点ではあるけど。
「えへへ、魅力的かい?」
「そうだね。魅力的だよ〜」
「えへへ、嬉しいな〜」
「だからって、手をかけないで!」
青空さんは、褒められると即座にせなかにてをまわし、ブラを外そうとした。もちろん止めた。そのために、思いっきりハグをしたのは、気にしないでおこう。青空さんは、俺の胸の中で幸せそうに息している。
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「お、青空さん起きたみたい」
ソファの方から物音がして、そっちをむくと青空さんが目を擦りながらソファから起き上がっていた。
「あ〜、ごめんね〜朝から釣り行ってたからかな〜、すごく眠くって」
あくびしながら椅子に座る俺の方に来て、椅子に座ったかと思えば、そのまま俺の肩に寄りかかってきた。
「むう」
「待って石橋さん」
青空さんの行動を見て、頬を膨らませた石橋さんに向かって、待てのパーを飛ばす。
「なにもしないよぉ」
「信じられない」
「ほんとだって」
「いったい、何の話だい?」
眠そうにそう言った青空さんに、俺と石橋さんが同時に「なんでもない」と返すと、青空さんはあっさりそうと言って、また眠りに入ってしまった。今、17時だと言うのに。