138 真っ暗な街中で殺し合い
「はい。それじゃあ、しっかり復習しておくように。宿題、忘れるなよ」
今日の授業も全て終わり、先生がやりもしないであろうことをするようにと言いながら、教室を出ていく。授業中、無法となった二月さんとそれに対抗する黒嶺さんに挟まれ教えられ、そこそこ冷や汗をよくかく時間だった。
「ところで、そこにいるのって。あ、やっぱり黒嶺さんではないですか」
授業が終わり二月さんが、帰りの支度をしている黒嶺さんを見て、久々に昔なじみの友達にあったかのような反応をした。
「誰ですか」
それに対する黒嶺さんは、普通に知らないのもあるんだろうけれど、黒嶺さんは二月さんに話しかけられとても嫌そう、というか軽蔑した目を向けている。
「わたくしですよ。元ですが、黒女の学年2位だった、二月です。それに、ミスコンでも戦ったじゃないですか」
「はあ」
二月さんに説明をされても、黒嶺さんは全くもってわかっていなそうだ。そりゃ、自分と勉強、ついでに俺以外に興味のない黒嶺さんだ、二月さんのことを知らないのは当たり前なことではある。
「梶谷様、わたくし嫌わてるのでしょうか」
「嫌われてるって言うか、ただ人の顔を保管する頭がないだけだと思うけど」
「は」
「あ、いや。バカにしてる訳じゃないんだよ」
俺の軽口は、黒嶺さんの逆鱗に触れ、一瞬黒く冷たい殺気が出てきた。
「まあ、とりあえず梶谷様。帰りましょうか」
「ちょっと、二月さんそういうのは……」
帰ろう、と言った二月さんは俺の腕に抱きついてきて、ぐぐっと前の方へ引っ張る。
「梶谷さん、満更でもなさそうですね」
「いや、そういうわけ……じゃないよ」
黒嶺さんは黒嶺さんで、二月さんに負けないよう、俺の腕に抱きついてきた。しかも、わざとらしく胸にしまっている包丁を腕にあててくる。
「一旦2人とも離れて」
2人の抱きつきを振り払い、安心を得る。
「どうかしましたか?梶谷様」
「その、こういうのは辞めて欲しいな、2人とも」
正直二月さんが何もしなければ、黒嶺さんが動くことがないから、二月さんが何もしなければ俺は殺されかけることは無い。
「梶谷様、恥ずかしいんですか?まあ、わたくしも少し恥ずかしいですが。これも、将来の結婚のため。いいじゃないですか」
「まってまって!それは、拡大解釈というか」
拡大解釈をした二月さんは、また俺の腕に抱きついてきた。しかも今度は、何やら恥ずかしそうではあるものの頬ずりをしている。それもあってか、黒嶺さんの殺意に満ちた波動が教室に広がっていく。
「く、黒嶺さん」
「梶谷さん」
「はい」
黒嶺さんの殺意の波動にビビって、声が裏がえる。こんな状況でも、二月さんは恥ずかしさで何も聞こえていないのか、未だに頬ずりをしている。
「どうしましょうか、私としてはそこの方を一刺し、いや一切りでも構わないんですが」
黒嶺さんにしては珍しく、殺す対象が俺ではなく別の人に向いている。
「でもさ、二月さんは教えれば、わかってくれるからさまだもう少し猶予ってやつを――」
「こうも、近い距離にいると少し前の同棲を思い出しますね。そこまで前ではないのに、少し懐かしいです」
二月さんが物思いにふけると、黒嶺さんの殺意の波動はさらに濃くなり、あきらか怒りで体が震えている。
「二月さん」
「どうかしましたか?」
俺が話しかけると二月さんは、頬ずりをやめて不思議そうに小首を傾げる。
「帰ろうか」
「そうですね。ここで、ずっとこうしてる場合では無いですからね。良ければ、送迎致しましょうか」
「それは外で考えようか、な!」
黒嶺さんが下を向いて震えている間に、二月さんと教室の外に出る。教室から出る時、勢いよく扉を閉め、扉の音にびっくりしている先生達にさよならを走りながら伝えて、塾から飛び出す。塾から出ても、二月さんの腕を引っ張りながらただ真っ直ぐ走って、黒嶺さんから距離を置く。後ろを見た感じ、黒嶺さんはまだ来ていない。
「梶谷様、そんなに急いでどうかしましたか?もしや、わたくしの監視を抜けて駆け落ちですか?」
「なわけないでしょ」
「ですよね。メイドは半径3km圏内であれば、わたくしのこと見つけてきますから」
半径3kmってことは、今もメイドさんはどこからか見てるのか。逆に二月さんは、なんでそれを知ってるんだ。
「で、なぜこんな急いでるんですか?」
「二月さんが、空気読みを失敗したからかな」
「空気ですか、わたくし腐っても二月家の令嬢、空気読みには自信があるのですが」
ため息が出る。あれで空気読みが得意とか言われても、1ミリも説得力がないのだから。
「とりあえず、逃げるよ」
「梶谷様は、何から逃げてるんですか?」
「鬼、かな」
二月さんの腕を引いて、塾から距離を離していく。逃げる方向は、家とは逆だ。
♦
「ここなら、さすがの黒嶺さんも来ない、といいな」
辺りを見渡してみても、暗い市街地。明かりといえば、街灯ぐらい。少しまずいのは、俺がここら辺に来たことがないということ。逃げるのに必死で、何も考えていなかった。
「梶谷様、息がすごい切れてますが、大丈夫ですか?」
「そういう、二月さんは、そんなに切れて、ないね」
俺はそこそこな距離走って、体力がほぼない状態だけど、二月さんはすごい余裕そうでケロッとしている。
「わたくし、お稽古は沢山やっていましたので。体力には、自信あるんです」
「そうですか。お嬢様」
それなら、もうちょい処世術をみにつけて欲しかったとは思うものの、それは飲み込んで言わないでおく。
「さて、ここからどうしましょうか。よければ、お送りしますよ」
「それならお願いしようかな」
塾からここまでそこそこな距離走った。家に帰るとしても、結構遅くなるだろうし、それなら送ってもらった方がいいだろう。二月さんがなにかする可能性は置いといて。
「それじゃあ呼びましょうか」
二月さんはスマホを取りだして、恐らくメイドさんにお迎えの連絡をしている。
「ふう、とりあえずは大丈夫そう」
深く息を吸って、その場にしゃがみこむ。にしても、ここら辺はまだ10時半程だと言うのに、ほんとに人が少ない。このぐらいの時間なら、人の2人や1人いてもおかしくは無いはずなのに。
「梶谷様。こう、何しても咎められなさそうですよね」
「なんか、怖いな」
「いえ、そんなわたくしは何もしませんよ」
妙な含みをする二月さんの目は、俺になにかを期待したような目をしている。
「何もしないからね。ほら、とか言ってたから人来たよ」
二月さんが俺へ変な視線を向けていたら、静かなこの外の空間にコツコツという、割と厚底な革靴的な音が聞こえてきた。
「残念です」
「いや、人が来なくてもやってたから――」
「あら、黒嶺さん」
「まずい」
二月さんが黒嶺さんの名前を呼んでから、即座に立ち上がりまた二月さんの腕を引いて走り出す。
「また走るんですか?」
「当たり前」
まずい。少し休憩できたとはいえ、体力は完全に戻ってない。これだと、すぐばてかねない。
「まさか、本当にわたくしとの同棲を!?」
「どこから考えたの!?な――」
「な訳が無いでしょう」
「いや、早!」
さっきまで、最低でも40mはあったはずなのに、いつの間にか距離を縮められている。
「黒嶺さん、足お早いですね。少し羨ましいかもです」
「そうですか、なら走り方教えるので止まっていただけますか?」
「止まんないよ!てか、なんでここわかったんだ」
塾から出て走ってる間、数度後ろを見たけど全く影はなかったはず。それなのに、ここが分かるってなると、あとはGPSでも付けられてる以外考えにくい。
「なぜって言われましても。耳をすませば聞こえますよ、走る足音ぐらい。そこから方向を計算すれば、簡単な話です」
クソ!天才め。とりあえず、逃げねば。
♦
「さ、追い詰めましたよ」
壊れかけの街灯のほぼ真下。ライトが消えたり着いたりと、する中俺と二月さんは行き止まりにまでやってきてしまった。
「ちょ、ちょっと黒嶺さん」
黒嶺さんはゆっくりと歩いては来てるものの、街灯が消えまた電気が突くたびに、距離がどんどん近くなってきているのがわかる。
「あの、梶谷様。もしや黒嶺さん、怒ってなさるのですか?」
「今言う!?」
二月さんは今になって、黒嶺さんが怒っていることに気づいたみたいで、とはいえ確信では無いからかキョトンとしている。
「そうだよ、怒ってる。だから、焦ってるの」
「そうでしたか、すみません。人を怒らせたこと、少なく気づくのが遅くなってしまいました」
塾でも株の力で怒られなかった二月さんだ、きっと今までの人生、お金の力で人を黙らせてきたんだろう。
「てか、二月さん見えてる?黒嶺さん包丁持ってんだよ!?このままだと殺されるよ!?」
何故か二月さんは、黒嶺さんの怒りに気づいているのに、包丁に関しては何も触れてはいない。しかも、いつも通り変わらぬ笑顔で俺の事を見ている。
「まあ、そうなんですね」
「いや、そうなんですね。じゃなくて!?」
「大丈夫です。わたくし、梶谷様となら一緒に死ねます」
「お前は別だよ!」
いつもの口調を崩した黒嶺さんが、包丁を真っ直ぐ俺へ向け走ってくる。
とりあえず避けなければ、右か左か。多分俺が避けようとした時点で、黒嶺さんは狙いを変え左の二月さんを狙うと思う。と、考えるのであれば二月さんを思いっきり押して、俺は右二月さんは左に避けさせるのが正解か(この間2秒)。走ってくる黒嶺さんに備え、避ける準備をする。足はパンパンだ。
「梶谷さん、死んでください」
「い……ま」
足つった。黒嶺さんがもう目の前だと言うのに、地面を蹴ろうとしたタイミングで足をつった。飛んでくる黒嶺さんが、スローに感じるものの体は動かず目を瞑る。
次回ぶんも合わせて、久々にえぐめの文字量を書いた気がします。