133 玉入れとお昼
「玉入れに出る生徒は、円の中で座ってお待ちください」
放送部のアナウンスがかかり、玉入れに出る俺も含めた選手達が静かに始まるのを待つ。
一応として、司会の人からリハーサルから2回目のルール説明がされ、選手全員が立ち上がる。
「それでは、よーいスタート!」
司会の人がスタートと言うと、選手が一斉に自身の近くにある玉を拾って、バスケットの中へ玉を投げ入れていく。
俺もみんなと同じく、玉を拾って投げるも、単純に制球が悪いというのもあってほぼ全ての玉が、ネットの上を通り過ぎて行く。
はいらないのにイライラしつつ、他の色の玉入れ状況を確認すると、全色玉の量は同じくらいと言ったところ。玉入れは、1人の力で逆転、みたいなことはほぼありえないし、とりあえず数打ちゃ当たる戦法だ。
「えっと、玉、玉……お、水無口さん」
自分の周囲に玉がなく、急いで玉を拾うために少し移動をした先で、水無口さんが玉を投げ入れようとしていた。
玉を投げる水無口さんは、その低い身長を盛るためか、ぴょんぴょん跳ねながら玉を投げている。それでも、水無口さんの力か肩が弱いからか、玉はネットの上には行かず中途半端なところで地面へ落ちるを繰り返している。
「水無口さん、手貸そうか?」
玉の入らない水無口さんを手助けしようと、話しかける。水無口さんからは、何も帰ってこないけれど、動きが止まったということは、話は聞こえてるみたいだ。
「実は、俺も全く玉入らなくて。そこで、水無口さんに手を貸して玉を入れようって話なんだけど」
俺の話に書くものが何も無い水無口さんは、反応を示しようがないから、少しオドオドした後諦めて頭をこくりと縦に振ってくれた。
「それじゃあ。よいしょ」
「ん?ん?」
了承を得た俺は、玉を持った水無口さんを天高く持ち上げ、水無口さんをネット近くの方へ運ぶ。
「さあ、水無口さん玉を」
「え……えい」
訳も分からないまま水無口さんが、小さく声を出してから、玉を投げると投げた玉は綺麗な弧を描いて、ネットの中へ入った。
「ナイス水無口さん。もう一球」
玉が入ったのに「よし」と思い、水無口さんにもう一球お願いすると、もう片手に持っていた玉をネットに向けて投げた。
その玉は、さっきと同じ起動を描いてネットの中にうまいこと入った。
「水無口さん上手上手」
「あ……え」
俺のやった行動が水無口さん的には、恥ずかしい事だったようで、言葉にならない声を小さくあげている。
「さ、水無口さん急いで次の玉拾うよ」
一旦水無口さんを下ろして、玉を拾ってもらう、そこからまた高くあげて玉を投げてもらう。
「それでは、結果はっぴょーう!」
制限時間が過ぎ、司会の人の号令で玉を一個づつ外へ投げ、玉を数えていく。
「68!69!」
数字が進む事にどんどん大きな声が減っていく。数字が進み、残りの色は俺たちのところともう1つの色のみ。
「80!81!82……」
80代にまで行ったあと、声がひとつ減る。残った声は、こっちの方からは聞こえず、別のところから聞こえる。結果、俺たちのチームは2位ということで決着が着いた。
「それでは、選手の皆さんはそれぞれの色の場所へ戻ってください」
結果発表も終わり、司会の人が指揮を取り玉を投げていた選手全員がぞろぞろと、元の居場所へ戻っていく。
「水無口さん、ナイスボール。でも惜しかったねー……水無口さん!?」
玉入れも終わって水無口さんに話しかけるも、水無口さん走って観戦席の方へ逃げていってしまった。
「水無口さん、急に走ると危ないよ」
(それはすまない。だが、優に礼を言いたくてな)
観戦席に戻った水無口さんは、早くもスケッチブックとペンを持って待っていた。
「礼?」
いつもの水無口さんなら、こういう時口を使ってくれるけど、今日は多分スケッチブックなんだろうな。なんか、物足りない感。
「その……ね。さっき、は助けてくれて、ありがとう……」
「お、おお」
まさか、このタイミングで口を開いてくれるとは、まさか文化祭マジックならぬ体育祭マジックの力か。
「で、でもあれ……は恥ずかしい、からやめて……ほしい、な」
「それは、ごめん」
水無口さんにとって、やっぱあれは恥ずかしかったみたいで、さすがにそれは注意されてしまった。
(まあ、そういうことだ)
「ごめん。これからは気をつけるよ」
とりあえず、体育祭マジックのおかげで、水無口さんもいつも通りになってくれたし、これはもうけもんというやつ。
(それでは、我は初愛佳殿のところに行く)
「じゃ、また水無口さん。あと、やっぱ声――」
水無口さんの声を聞いて思ったことを言おうとしたら、歩き始めていた水無口さんは踵を返して俺のことを、スケッチブックで叩いてから、また初愛佳さんの方へ歩き始めた。
♦
「これにて、午前の部は一旦終了となります」
午前の工程も全て終わり、アナウンスとともに校庭にいる人達は、それぞれ校舎の方へ戻っていく。
「見てるだけでも疲れた」
とは言っても、ただ夜梨とか田中とかとほぼだべって、気になる競技を適当に見るくらいのことしかしてないけど。
「梶谷くん。お昼一緒に食べない?私、お弁当作ったんだけど」
「おお、石橋さん」
伸びをしながら校舎方向へ歩いていると、後ろから石橋さんに肩を叩かれ止められた。
「わざわざ作ってきたの?」
「うん。許可っていうか、報告してないから、お弁当の日ふたつになっちゃったのは、悪いと思ってるけど」
「まあ、それくらいならいいよ。多分食べれるし。それよりも、さ」
そんな、弁当の量が多いどうこうは一旦どうでもいい。石橋さんの弁当で1番気にするべきことは、1つ。
「何も細工してないよね」
「そ、そりゃあそうに決まってるって。何言ってんのいや〜」
俺から目を逸らし、気をそらすためかわざとらしく地面を靴でけっている。これは、90%いや98%の確率で黒だ。
「てか、この間のあれで懲りてないの?」
「懲りるも何も、今回は精がつく料理たちだから」
「その、精がつくってのは、ただの材料面の話、だよね。わかりやすく言うと、スッポン的な」
「そ、そりゃあ。ニンニク入ってるよ……少し」
少しって、それはつまり普通の調理過程で入れたってことでは?
「まあ、いいよ。先に石橋さんに食べてもらえれば、証明はできるから。さ、早く行こ。いや〜、石橋さんの料理楽しみだな〜」
「あ、ちょ」
石橋さんの料理を楽しみっちゃ、楽しみにしながら石橋さんと校舎の方へ戻る。道中、石橋さんは妙に落ち着いてなかったけど、まあ気のせいってやつだ。
「さ、石橋さんお昼食べようか」
「う、うん。はい、これ作ったお弁当」
弁当をとって、中庭へ来て石橋さんが机の上に置いた弁当を開ける。
やっぱ、薬の可能性を抜くと美味しそうだ。チンゲン菜のあんかけに、八宝菜、かに玉、から揚げ。異様に餡の占有率が高いけど、とりあえず美味しそうだ。見てるだけでも、食欲そそられて仕方ない。
「ほ、ほら梶くん美味しそうでしょ?いっぱい食べな」
「その前に、石橋さん」
俺の方に押し出された弁当を、石橋さんに突き返すように石橋さんの方に押す。
「さあ、毒味を」
正直これを作った人に対して言うのは、失礼極まりないことだけど、石橋さんの料理しかもあの反応をされたら、こうなるのも致し方ない。
「わ、私が食べて何もなければ、いいんだよね」
「そう、だけど食べるの?」
「も、もちろん。何も無いから」
そう入っているけれど、チンゲン菜のあんかけを箸でつまむ石橋さんの手は、震えている。
「い、いただきま〜す」
料理を摘む箸を口元にまで持っていく石橋さん。けれども、その手は口の1歩手前で止まった。
「どうかしたの?食べなよ」
「も、もちろん。今、食べるよ、そう今、今」
本当はビビりなのを隠して、なにかにやばいことに挑戦しようとするイキリヤンキー見たく、同じことを何度も言い続けそのまま静止する石橋さん。
「一応言っとくけど、認めれば食べなくていいんだからね」
「はい!認めます」
「早いな」
俺が救済の手を差し伸べると、石橋さんは直ぐにその手を取り、元気よく負けを認める基犯行を認めてくれた。
「うう〜。これは、私が自分で処理するよ」
呻き声をあげる石橋さんは、弁当の蓋を閉めて泣く泣く風呂敷を巻いて膝の上に置いた。
「石橋さんって、その料理どうやって処理してんの?」
「処理?普通に食べるか、リメイクするかの2択だけど」
「普通に食べてるんだ」
石橋さんその経験を持ちながら、俺にその薬をしかけに来てるのか。
「うん、まあ。部屋に誰も来なければ、悪いことは起きないし。ちょっと、大変だけど。いろいろ」
何を思い出したのか、そんな話をする石橋さんの顔は、少しづつ赤くなっていく。
「石橋さんら、もう少し薬の使用方法は考えようか。てか、俺にここで薬もったところでいいことないよ」
ここで俺が薬にかかったら、この中庭というほぼ野外しかも人目があるところで、石橋さんを襲い始めかねない。ついでに、その他女生徒も。
「う、う〜ん。それじゃあ、私のお家で――」
「そもそも薬が駄目なの!」
「え〜」
「なんで、そこで渋るの」
「だ、だってぇ」
やっぱ、何度何を言っても石橋さんはこの毒盛りを直す気は無いみたいだ。