132 観戦試合
「選手!宣誓!」
全校生徒の前に立つ各色の団長達が、校長、教師各位に恒例の宣言を行う。毎度思うのは、あの大声は一体どこから出てきているのやら。
「熱い」
開会式も終わって、競技を見ようと前に立つ人と後ろで友達とだべるか、スマホをいじってゆっくりしている人に別れている。もちろん俺は、後ろでのんびりする派だ。
「優くんは何に出るんですか?」
「俺?俺は玉入れと綱引き。そういう刈谷さんは?」
「私ですか?私は去年と変わらず借り物競争ですよ」
「今年は全力出してよね」
去年の刈谷さんは、いつもの俺に夜這いをしに来る時の身体能力が、全く見受けられずよもや全力とは思えなかった。
「何言ってるんですか、去年も言った通り全力ですよ何事にも」
俺が変なことを言ったかのように、手を仰いで笑っている。
「ほんとかな」
「ほんとですよ。なんなら今ここで、本気襲ってもいいんですから」
「あ、遠慮しときます」
変なとこで本気を出そうとする刈谷さんから、距離を取って日陰の方へ逃げる。
「お、優暑そうだな」
「そりゃ暑いですよ。てか、珍しいですね2人が一緒とは」
「たまたま座ったとこにな」
俺が暑い中木下のベンチに向かうと、初愛佳さんと水無口さんが隣合ってベンチに座っていた。
「たしか、初愛佳さんはリレーでしたっけ」
「そうよ。ま、余り物だけどな」
体育祭において、クラスによって人気が別れることリレー。うちのクラスでは、男女共に不人気だったため最終的に1枠しかとっていない人達でジャンケンということになった。
その中でも初愛佳さんは、自主的に手を挙げリレーに立候補していた特殊な人だった。俺的には初愛佳さんは、リレーには適任だと思う。なんせ、初愛佳さんは普通に足が早いのだから(前のお姫様抱っこで確認済み)。それに去年も走ってるのを見て、確認している。
(初愛佳殿は凄いな、我はそういうのは出来ないから、シンプルに尊敬だ)
「たしか、水無口さんは玉入れだっけ?」
割って入るように俺が水無口さんに話しかけるも、水無口さんはスケッチブックのページをめくって、何かを書く素振りを見せることなく軽く頭を振るだけ。
「なんだ、お前ら喧嘩でもしてんのか?」
「別に喧嘩してるって、訳じゃないんですけど」
あの日から未だに水無口さんは、俺へしゃべりかけるのがぎこちなく、最低限のスケッチブックで会話という感じになっている。
「俺は話したいんですけど、水無口さんが答えてくれなくて。ほら」
ベンチから立ち上がって、初愛佳さんの前を通り水無口さんの前に立とうとするも、水無口さんは人1人分横にずれ、俺か逃げてしまった。これは、図書委員の時も同じで、いつもはほぼ真横で座って委員の仕事をするけど、最近は今と同じような隙間を作って仕事をしている。
「まあ、いつかは戻ると思うので、初愛佳さんは気にしなくてもいいですよ」
原因を考えてみても、この間の1件が原因だろうしあれくらいなら、時間が解決してくれる。
「おう、そうか」
「ま、水無口さん頑張ろ、玉入れ。俺も出るから」
そう言ってから、さっき水無口さんが作った隙間に座ると、作る隙間がないためかわざわざ俺の前を通って、初愛佳さんの横に座り直した。
「う〜ん。まあ、初愛佳さんも頑張ってください」
「任せろよ」
俺は次の種目が見たかったために、初愛佳さんと水無口さんに激励をしてから、人混みの前の方へ進んでいく。
次なる競技は障害物競走。見に来た理由は、もちろん刈谷さんが出るから、ではなく優來が出るからわざわざ前に来て見に来た。
「よし、まずは優來と一緒に走る人達に、転ぶ呪いを――」
「真面目に応援しなさいよ」
「お、おう由乃」
ハンドパワーを使って、競技者を呪おうとしていたら、俺とは別の団Tを着た由乃が唐突に出てきた。
「なんで、わざわざこっち来たんだよ。お前団違うだろ」
「別にいいでしょ、こっちに友達がいんのよ」
「ならそっち行けよ。俺は、優來が2位くらいを取れるよう、呪わなきゃ行けないし」
俺がそんなことを言うと、由乃は呆れたように「ほんと」とだけ言って続ける。
「にしても、珍しいわね。あんたが、優來ちゃんの勝ちを疑わないだなんて」
「おいおい、由乃それじゃあまるで俺が、シスコンみたいな言い方じゃないか」
「そう言ってんのよ!」
呪いの準備をしながら、横目で由乃と会話をしていると、恐らく呪い防止ととツッコミで軽いはたきが飛んできた。
「で、優來の話だったな。由乃、いいことを教えてやろう、何を隠そう優來はそこそこ運動音痴なのです」
優來は根っからのインドアというのもあって、運動があまり得意ではない。そもそもとして、体力がほとんどないのもそうだし、筋肉が弱いのかたまに何も無いところでつまずく。
「へ〜、ならなおさらしっかり応援してあげなさいよ」
「しょうがない。呪いは諦めて、応援するか。あ〜あ由乃が、俺を止めるから優來が負けた」
「諦めが早い!」
呪いのことを恨んで、冗談程度にそう言うと、またも由乃からはたきが飛んできた。今回は、さっきよりも痛い。
「いよいよね」
「お前は、友達のとこいけよ」
「そ、それはいでしょ別に」
「いいならいいけど」
と、まあそんな茶番をやっている間に、選手は位置について準備をする。
「よーい」
そういった後大きなバンという音ともに、選手たちは最初の関門に向けて走り始める。
第1関門は、網くぐり。早くも1位の人は、ジャージのことなんて気にせずほふく前進で進んでいる。優來はと言うと……
「こりゃまずいな」
網の中に入った優來は、あの長い髪が異様に引っかかって、なかなか前へ進めないと言った感じ。優來が、自身の髪と格闘してる間に、他の走者は次の関門へ走っていく。
遅れて網くぐりをぬけ、第2関門である麻袋につく優來。麻袋を履いて、飛び跳ねる優來もちろん最初の1歩で体制を崩して転倒。立ち上がって、2歩進んでまた転倒、こっちから見ていても痛々しくて仕方ない。
その後も優來は、ボロボロになりながらも第3関門と第4関門をなんとか突破。ようやく最後の借り物競争にまでやってきた。
「これはこれで心配だな」
「そうね、優來ちゃん人見知りしちゃうもんね」
「とは言いつつ、ここで早く見つけられれば逆転は有り得るからな」
この借り物競争のお題はそこそこ難しいようで、毎回お題を見つけるのに皆時間がかかっている。例にももれず今回も難しいみたいで、さっきまで1位だった人も、頭を抱えている。
「いいの引けるといいわね」
「そうだなぁ」
息を切らしながら、箱の前に着いた優來は、箱に手を突っ込みカードを引く。カードを引いて、カードを確認した優來は、周囲をキョロキョロと見渡したあと、倒れそうになりながらも俺の方へ近づいてくる。
「お、お兄」
俺の前まで来た優來は、一旦膝に手を着いて息を吸い直してから、話し始めた。
「どうかしたか?」
「ついて、きて」
「いいぞ行くか」
この借り物競争のルールとして、借り物または人を捕まえた時わざわざグラウンドを半周してから、ゴールをするというルールになっている。
「お兄、はし……れ、ない」
「まじか」
優來と一緒にグラウンドを走り始めてすぐ、優來が息もたえだえになりながら、俺へ訴えてきた。今俺たちの順位は、2位後ろから人組来ているから、しっかり逃げる必要がある。
「もうちょい行けないか?」
「む……り」
頑張れるか聞くけれど、ほんとに優來はダメなようでフラフラと体が左右に揺れている。
そんな優來を見たからか、後ろの人たちはスピードを上げて俺たちを抜きに来る。
「止まって、い?」
「しょうがない!」
この状況を見て、優來が勝つために俺は覚悟を決めた。この全校生徒の前で、優來をお姫様抱っこダッシュで、後ろの人たちから逃げることとなった。
「お兄、ごめん」
「しょうがない。優來は、根っからのインドアだからな」
逆になんで優來が、このクラスに男女1人づつの競技を選んだのかは、気になるところだけど。
♦
「よし!ゴール!」
優來を抱えたまま、何とか後ろの人たちから逃げ切り、ギリギリ2位でゴールテープを切ることが出来た。
「お兄、ありがと」
「きにすんな。超疲れた」
さすがに全力疾走しかも、軽いとはいえ人を持ってのダッシュは疲れる。て言っても、これに比べれば綾ちゃんとか、黒嶺さんから逃げるのに比べると楽だったけど。
「さあ、続いてロマンチックなゴールをした2組に来て頂きましょう」
俺たちがゴールをすると、ちょうど1位の確認が終わったようで、借り物競争の司会に呼ばれた。
「いやー、凄かったですね〜。彼女さんですか?」
「兄妹です」
「それは失敬。では、おだいの紙をお願いします」
紙の提出をお願いされ、優來をお姫様抱っこからおろす。
「今回のお題は!女たらし!」
「は、はぁ!?」
「なにか、証明できるエピソードはありますか?」
俺の反応なんて無視をして、話し続ける司会の人。
「お兄は、女の人よく家に、呼んでる。友達も、多い」
優來が言葉を続ける度に、観戦をする女生徒たちの「女の敵」的な視線が俺に刺さりまくる。
「この見解はあってますか?」
この場合俺には2つの選択肢がある。優來のことを否定して、俺の子権を守る。または、肯定して死を覚悟する。
まあ、こういうとき否定しても、どうせ逃げただけと思われるのがオチだ。よーし♪
「はい!あってます」
「お〜、お兄さんやり手ですね。あ、変な意味じゃないですよ」
「わかってますよ……」
俺が優來の話を肯定したことによって、結果優來は最終順位2位でゴールすることとなった。
代わりに俺への視線の風当たりが強くなったけど。
「お、おかえり。女たらしさん」
「いじるなよ」
とぼとぼと元いた位置に戻ると、未だに由乃が残っていて、茶化しながら出迎えられた。
「クソ!どうなってるんだ、実行委員」
「まあまあ、いいじゃない。そんな、あんたでも選んでくれる人はいるって。わかる人は、わかるのよあんたの良さがね」
気づつく俺に慰めか、方をポンポンしながら続ける由乃。正直、その言葉が逆に痛い。
「それじゃ、私はもう帰るから」
「友達はどうした」
「え、ああいいのよ別に」
「何しに来たんだよ」
「なんでもいいでしょ。どうせ、女たらしさんにはわからないこと!」
「それは、言い過ぎだろ」
俺の指摘に由乃は、嫌味のようにそう言い捨ててから、人混みの中へ消えていった。