131 真っ暗な部屋で
水無口さんを探し始めてそこそこ時間が経った。何となくで、水無口さんが居そうなところを当たってみたけど、全く見つからない。なんなら、見かけたという証言すらなかった。
「刈谷さん、そっちは水無口さん見つけた?」
「見つけてないですね。そう聞くって事は、優くんも見つけてないってことですか?」
「そうだけど」
俺と一緒に水無口さんを探してくれている刈谷さんに電話をかけるも、刈谷さんも水無口さんを見つけていない、しかも俺と同じく影も掴めないとのこと。
「こうも居場所が掴めないとなると妙ですね」
「そうだな。そうすると……」
有り得るのは、灯台もと暗し、か。それか、隙を見て帰られたかだ。
「刈谷さん、とりあえず図書室戻ろうか」
「戻っちゃうんですか?」
「とりあえずね」
図書室に行くだけでも、情報は色々得られるはずだし、戻る価値は大いにある。
「わかりました。私はもう少し探してから戻ります」
「わかった。それじゃあ後で」
刈谷さんとの電話を切り、俺は急いで図書室の方へ走っていく。
*
時を同じくして、窓すらなく真っ暗な部屋のなか、小さな少女は縮こまり、逃げ出したことを後悔しながら考え事をする。
彼女、水無口が優と刈谷のところから逃げ出したのは、2つの理由がある。1つは、自分の苦手な下品な話に耐えられなかった。2つ目は、優と刈谷がそういう関係にあるかもしれないという可能性が出てきて、脳破壊的なものを食らったから。
ちなみに今水無口が居るのは、図書室にある備品倉庫。この備品倉庫には、沢山の貸出されていない本が置かれている。水無口は、刈谷と優が図書室から出ていくのを見計らってから、こっそり図書室に戻りこの備品倉庫に隠れた。
わざわざ逃げるのではなく、図書室に戻ってきたのは、前に優となんとわなしに話していた学校でかくれんぼするならどこに隠れるか、の話で出てきた場所で、それを思い出してくれることを期待して、ここに戻って来た。
水無口自信、覚えていたのは偶然のことなため、そこまでの期待はしていない。けれど、優に来て欲しいと願うのは、変えられない事実だ。
「フ!」
そんなありもしないことを願っている水無口のスマホが、大きな着信音を立て振動した。
それに驚きビクッとした水無口は、急いでスマホを取りだし着信音を切る。それついでにスマホの通知履歴を見ると、優から「今どこ?」と一言LIMEが送られてきていた。
それを見た水無口は、未読スルーをしてスマホを閉じる。そこから周囲を見渡して、なにかないかを探し始めた。
そんな折、水無口がみつけ手を取った本は、「好きな人に振り向いてもらうために必要なこと」というタイトルの恋愛の教科書。
「あ……」
教科書をペラペラとめくると、書かれていることはカップル身長差やら会話の重要性の書かれた文。それを見ていく度、水無口の元気はどんどん削れていく。
読めば読むほど、書かれていることと自分の置かれている現状との差を痛感しての結果だった。
「はぁ……」
読んでいた本を棚に戻し、ため息をついてから備品倉庫の出入口方向へゆっくり歩く。釣り合いが全く取れない自分が、待っていても仕方ないから早く帰ろうということにした。
「ん、ん?」
扉前について、ドアノブに手をかけ捻ろうとするも、ドアノブは完全に下がりきることなく、途中で引っかかり扉を開けることが出来ない。
何度もドアノブを下げようと試みるも、ガチャガチャ音が鳴るだけでその状況が変わる様子がない。
この扉が自分の力ではあかないと思った、水無口は焦りが出てくるも、落ち着いてはいる。なんせ、スマホを持っているのだから。今更優に連絡をするのは、恥ずかしいような気もするけれど、背に腹はかえられない。
「あ、ああ……」
スマホを開いた水無口は、驚きスマホを床に落としてしまった。それと共に恐怖による動悸で、心が支配されその場にへたりこんだ。
水無口の取りだしたスマホは、不運なことに充電が切れていて誰も助けが呼べなくなった。声を出せばいいじゃないか、と思うかもしれないが水無口は大声を出そうとすると、喉でつっかかって思うように声が出せなくなる。
つまり水無口は、完全にここに閉じ込められた。
とりあえずと、落ち着くために本を本棚から取り出して、読もうとするも文字を読んだ瞬間にその文字は頭の中で消え、内容理解ができない。しまいには、涙まで出てきて、収集がつかなくなってきた。
1人真っ暗な部屋に水無口の小さく泣く声が、響き渡る。
そんな折さっきまで水無口が開けようとしても開かなかった扉から、誰かが思いっきり扉を押す鈍い音が聞こえてきた。
その音はどんどん大きくなり、ついには「バン!」という音ともに真っ暗な部屋に、外の光が入ってきた。
「建付け悪いのかな、この扉。お、水無口さん居た。良かった〜」
開いた扉のところに水無口がめをやると、そこに立っていたのは安心したように水無口を見る優だった。
*
「良かった〜」
図書室へ戻ってきて、元いた席の方を見に行ってみると、水無口さんのバッグはまだ置かれていたため、まだ学校にいるのは想定が着いた。
そこから、何となく図書室をぐるぐるまわって、偶然思い出したこの備品倉庫の扉を開けると本棚に寄りかかって座り込む水無口さんがいた。
「ここに隠れてたんだ。良かった、まだ帰ってなくて。てか、涙大丈夫?」
備品倉庫の中に入って、水無口さんに近寄ると目元に光の反射で光る水が浮かんでいた。
(大丈夫だ。少し心細かっただけだ)
俺の指摘に目元を隠すためか、完全に顔を隠してスケッチブックを俺へ向ける水無口さん。水無口さんのスケッチブックには、数滴水が垂れた痕跡がみられる。
(だが、よくわかったな。ここが)
「まあ、偶然でしかないんだけどね。ほんと、たまたまここの存在を思い出して。なんか、前に話したよねなんだったかは覚えてないけど」
そう、しっかりとした話の内容は覚えていないけれど、前に水無口さんとここの話を少ししたようなきがして、ここを開くことにした。
(確かに話したな。我もしっかりとは、覚えていないが)
「水無口さんもか。ほんと、なんだったっけ」
まあ、覚えてないあたりただの雑談程度のものだったんだろうけど。
「優、くん……ありが、とう」
「いやいや、俺も悪かったし。でも、本当に俺と刈谷さんは何も無いからね。」
(ほんと、だな)
「ほんとだって。刈谷さんが、水無口さんをからかってただけ」
俺が補足を加えても、水無口さんはまだ少し疑ってるのか、俺の顔を未だにまじまじと見ている。
「水無口さん聞いて――」
「好き……」
「え?」
ボソッと水無口さんが発した言葉は、意外も意外すぎる言葉だった。水無口さんに言われたは言いけれど、脳の処理が追いつかない。そうとなると、水無口さんは俺に信用だけじゃなくて……
「み、水無口さんいまなんて」
とりあえずさっき聞いた言葉が本当に好きだったのかを確かめるために、もう一度水無口さんに尋ねる。
水無口さんに言われてから気づいたけど、俺を見ている水無口さんはただ見てるだけじゃなくて、うっとりした様な顔をしている気がする。
「…………あ。ち、違うの、さっきのは、そういう好きじゃなくて、友達としての好きで」
俺が声をかけてから、意識をハッとさせた水無口さんは、人が変わったように小さい声でさっきのことについて、話し始めた。
「そ、そうか。そうだよね、びっくりした。あ、でも別に水無口さんに好きって言われて、嫌だった訳じゃないからね」
「そう……」
さっきの話に俺が納得したのを確認して、水無口さんは焦った感じからホッと息を吐いて肩を下ろした。
「ていうか、水無口さんさっき普通に喋れてたね」
「あ」
「でもやっぱ水無口さんいい声だよ。ボリュームは少し小さいけど、綺麗な声っていうか……そうそう透き通った声って感じ」
水無口さんの声は、初手から高い声で変に雑音などが入ることのない、綺麗な声だった。いつもたまに聞いていたけど、さっきのを聞いてやっぱいいものだと再確認した。
「水無口さんもう少し、喋る練習してみない?俺水無口さんの声、そこそこ好き――あ!水無口さん」
俺が水無口さんの声を褒めると、またも水無口さんは走って逃げてしまった。
「あら、水無口さんここにいましたか」
「ヒィ!」
水無口さんが逃げてすぐ、備品倉庫の外から刈谷さんの声と、水無口さんの悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「今ここから優くんの声が……いましたね」
刈谷さんの声が近づいてきて、顔を赤くした水無口さんの脇を持つ刈谷さんが右の方からでてきた。
「水無口さん捕まえましたよ。少々、驚かせてしまったみたいですが」
「水無口さん、えっと大丈夫?」
「あ、ちょっと急に暴れると」
俺かを声をかけると、抱えられる水無口さんは暴れ、刈谷さんの拘束から離れ真っ暗な備品倉庫の端の方に逃げブレザーで顔を隠してしまった。
「何かあったんですか?」
「まあちょっと、ね」
何があったかをはぐらかして、刈谷さんに伝えると、刈谷さんは水無口さんの方に近づき、目の前でしゃがみこんだ。
「水無口さん、さっきはすみませんでした。つい、からかいたくなってしまって」
「もう、刈谷さんも人が悪いな〜」
「あのーそこで何してるんですか?」
俺と刈谷さんの後ろから、声が聞こえた瞬間俺の心臓がキュッと閉まったような気がした。
「え、えっと」
恐る恐ると後ろを振り返ると、そこにいるのはこの図書室の司書さん。この隅っこで縮こまる水無口さんに、俺と刈谷さんが話しかけてる状況を見てか、不審な顔をしている。
「たしか、委員やってくれてる子だよね。えっと、名前は……」
「梶谷です」
「そうそう、梶谷くん。で、何してるの」
「その、刈谷さんが本借りたかったらしいんですけど、その本が貸出登録はされてても、どこ探しても見つからなくって」
「へ〜、でもなんで縮こまってるの」
俺の思いつきの説明と、この状況は合わないみたいで、疑いの目がさらに深くなった。
「まさか、この誰もいない部屋でその子にいかがわしいことを」
「違います!違います!」
そんな、陰キャ図書委員に無理やり、みたいなことなんて一切していない。とりあえず、水無口さんに来てもらわないと始まらない。
「水無口さん、弁明出来ない?」
俺が水無口さんを呼ぶと、立ち上がってこっちに来てくれ、俺の前に立った。
「あなた、大丈夫?目元赤いけど、やっぱり」
俺の前に立った水無口さんの目を見た司書さんが、俺のことを怖い目で見る。かく言う水無口さんは、意気揚々と来てくれたはいいけど、初対面の人とは会話ができないためか固まってしまっている。
「ちょ、ちょっと待ってください。ほんとに、ほんとに無実なんです」
「でも、目元」
「まじで違います。何もしてないんです。証拠はないですけど」
今の俺にできるのは、無実ということを必死に伝えることだけだ。
「ほんとに?」
「ほんとですよ。せめて言えば、水無口さん逃げてないですし。あと、ほら」
「ヒ!」
俺が水無口さんに無理やりしてるなら、逃げるだろうという考えの元水無口さんと手を繋ぐ。
「今、怯えてなかった?」
「き、気のせいじゃ……」
「そう。まあ、いいや。とりあえず、勝手にここ入らないでよ、面倒なんだから」
「すみませんでした」
説得が通じて司書さんは、「それじゃ」とだけ言って、本を抱えながらカウンターの方に歩いていった。
「な、何とかなった。ごめんね水無口さん急に手繋いじゃって」
手繋ぎのことをあやまると、水無口さんは前を見たままゆっくりと首を縦に振った。
「優くんお疲れ様です」
「ほんとだよ。刈谷さんは、ひとをからかうの辞めなって」
「でも、牽制しないと取られちゃいますし」
「なに牽制って」
俺の質問に対し俺と水無口さんの前に来た刈谷さんは、「水無口さんに聞けばわかるんじゃないですか?」と不敵な笑みを浮かべてから、バッグを取りに俺たちが座っていた机の方へ戻って行った。
「水無口さんどういうことがわかる?」
刈谷さんの言葉に対して、水無口さんに聞いてみても水無口さんはわからないみたいで、さっきと同じような感じで首を横に振った。
不思議なことにこの日からしばらく、水無口さんはあまり俺とは目を合わせてくれなくなったし、大事なことでも口では喋らずスケッチブックで話していた。