130 夜這いガールと無口少女
意識がだんだんはっきりしていくなか、俺の布団と何か布のこすれる音が聞こえる。
「刈谷さん、久しぶり」
「久しぶりだなんて、週5出会ってるじゃないですか」
俺の上に四つん這いで存在している刈谷さんに、久しぶりと声をかけると、ご冗談をと言ったような笑い混じりの声で返答が帰ってきた。
「俺が言ってるのは、夜這いのこと!」
刈谷さんの気が緩んでるのを見計らって、刈谷さんからマウントを交換する。
「もう、優くん。私を押し倒すだなんて、大胆ですね。さ、いいですよそのまま」
「やらんわ!」
俺に押し倒された形となった刈谷さんは、両手を広げハグ待ちポーズ的な感じで俺を誘うけれど、もちろんのこと断った。
「よし、帰ろう」
「もうですか?まだ、優くんの匂いを堪能――」
「いいから!」
刈谷さんを急かすように大声をあげると、「なんだか今日は、急いでますね」と渋々な感じの声でベッドから出てくれた。
ちなみに俺が急いでいるのは、刈谷さんと攻防を続けた分、寝るのが遅くなって授業中死にかけるからだ。
「それじゃね、刈谷さん」
「優くん、それではまた明日。うちで寝ていきますか?」
「やめとく。刈谷さん絶対なんかしてくるだろうし」
それもそうだけど、なにかの偶然で朝お父さんに鉢合わせするのも嫌だし。また、朝チュンだなんだと言われるのは俺の命が危ない。
「そうですか」
「そんな、シュンとしなくたって明日会えるんだから、良くない?」
「好きな人とは、長い時間居たいじゃないですか」
何度も聞いたことなため「そういや、そうだったね」と帰して、回れ右をして家の方に向かう。
♦
「ふ〜、なんとかなった」
昨日の夜は、刈谷さん配送RTAをしたおかげで、今日の授業はそこまで眠くはなく、普通に授業を受けれた。その証に、ノートの字が比較的綺麗だ。
「えっと、たしか今日なんかあったような」
朝のHRなにか紙を貰ったのを思い出して、机の中を漁る。そうすると小さい紙に、「集まりがあるため放課後に図書室集合」と書かれた紙が入っていた。
「じゃあ、行くか。じゃあね、刈谷さん」
「優くんもう帰るんですか?」
「帰るって言うか、図書委員」
「そうですか。頑張ってください」
簡単に身支度をしてから、バッグを背負い刈谷さんに挨拶をして、ある人の席ヘあるく。
「水無口さん、委員会行こうか」
水無口さんの席について、水無口さんを誘うと、水無口さんは小さく頷いて席を立った。
「そういや、今更だけど今年もよろしくね水無口さん」
今年も昨年引き続き、俺と水無口さんは図書委員なわけだけど、今年は去年とは違い自主的に手を挙げ図書委員になった。それは、水無口さんも同じで俺が手を挙げてから、手を挙げた当たりを考えると、俺がいて安心できるから図書委員になったんだろう。
(ああ頼んだ)
俺の挨拶に対して、今回はスケッチブックを持っていないためか、スマホのメモ帳で挨拶を返す水無口さん。
「水無口さんは、今年のクラス大丈夫そ?」
(まあ、あまり変わらなそうだ。可もなく不可もなくと言ったところだ)
「それは良かった」
「で、でも……優くん、がいるから……今年、安心、できるん……だよ」
ほんとよかった、水無口さんにとって俺はやっぱ安心できる存在として、認識されてるみたいだ。
(あと、初愛佳殿もいるからな)
「お、もう怖くないんだね」
前の水無口さんを茶化すように声をかけると、(それはもう忘れろ)とポコポコ俺を軽く叩きながら返答が帰ってきた。
「あ〜、終わった終わった」
ちょっとした役決めも終わって、集まった委員がどんどんはけていく。かく言う俺は、席の上で伸びをしてもう少し人が減るのを待つ。
「これからどうする水無口さん」
(我はこの後、普通に帰ろうと思っていたが)
「ま、そうだよね〜」
「私は優くんと仲良く、読書したいです」
「おう、刈谷さんいつの間に」
委員の集まりも終わって、この後何しようか考えていたら、俺が気付かぬ間に図書室に居たらしい刈谷さんが、話に入ってきた。
「仲良く読書って、何読むの」
「そんな、目頭立てなくたって、ただの本ですよ。これです」
どこからともなく刈谷さんが取りだした本は、表紙からわかる子供向け性教育本。一体どこから見つけて来たのやら。
「どうですか?これなら、優くんも少しは前向きに」
「何が!?てか、どちらかと言えば必要なのは、刈谷さんの方じゃない?」
相手の嫌がることはしない。保険の教科書で、何度も見た文言だ。
「酷いですねー。私だって、必要最低限の知識は持ってるつもりですよ。安全なひに――」
「言わなくていいよ!」
静かな図書室に俺の大声が響き渡る。幸い、放課後というのもあって人はほとんどおらず、司書さんから「お静かに」と軽い注意を受けた程度。
「優くん、図書室ですよここ」
「誰のせいだと……ん?水無口さん?」
俺に注意をする刈谷さんに頭を悩ませていると、頬を赤らめた水無口さんに、裾を引っ張られて呼ばれた。
(優と刈谷殿は一体どういう関係なのだ?)
「水無口さん、刈谷さんの名前覚えてたんだ」
あまりこういう関係を持たない水無口さんは、人の名前はあまり覚えていないものと思っていた。失礼だけど。
(まあ、2年同じクラスだからな。それに、優とよく一緒にいるのが印象的で)
「なるほど」
「ありがとうございます。水無口さん」
(そんなことよりもだ。優と刈谷殿は一体どういう関係なのだ?)
軽く挨拶をしたあと、さっき使ったページの隙間に文字をねじ込み、話を戻す水無口さん。
「俺と刈谷さんは、友達だよ普通の」
「普通、だなんて機能あんな熱い夜を過ごしたと言うのにですか?」
「熱い夜って……」
「熱かったですよ。あんな激しい――」
「ちがーう!」
司書さんにまた注意されつつも、水無口さんの方を見る。やはり水無口さんは、こういう話は苦手それもあって水無口さんの頬は真っ赤に染まっている。
「水無口さん、いいから落ち着いて。刈谷さんの言う熱いって言うのは、激しく運動して熱い的な意味で」
あれ、話のモノがモノのせいで、言い訳が言い訳にならないような……
俺の読み通り、言い訳が言い訳になっていないようで、水無口さんは顔が赤くなるだけではなく、体がプルプル震え始めた。
「違う違うんだ。ただの力比べだから」
「正しくあれは、根比べでしたね。どっちが、負けるかの」
「刈谷さんは、一旦黙って……」
こういう時刈谷さんが口を開けば、高確率で自体がこじれる。本人がそれを狙って言ってそうな当たり、タチが悪い。
「み、水無口さん落ち着いて。最初から説明するから」
「ん!」
俺が一から弁明しようとするも、事態に耐えかねた水無口さんは、バッグを置いたままスマホとスケッチブックを持って、図書室を出ていってしまった。
「逃げちゃい、ましたね」
「刈谷さん」
「すみません。つい、対抗心がでてしまって」
それが俺を好きゆえ、自分で言うのはやだけど、俺を好きゆえだと言うのなら仕方がない、のか?
「とりあえず、水無口さん探すよ。しっかり弁明をしたい」
「わかりました。校内デートですね」
「刈谷さん探す気ある?二手に別れるよ」
俺が効率を考えた提案をすると、刈谷さんは少し残念そうに「わかりました」とだけ答え、図書室の入口の方へ歩いて行く。
「じゃあ、刈谷さん頼んだよ」
「任せてください」
刈谷さんにも水無口さん捜索をお願いして、俺もとりあえず思い当たるところを探すことになった。