127 殺人願望少女と毒盛少女
「お、梶くん」
石橋さんとの待ち合わせとなる、駅の時計に向かって歩いていると、先に着いていた石橋さんが手を振って俺の事を呼ぶ。
「ごめん。待った?」
「いや、さっき来たとこ。さっそく行こうか」
着いてすぐ、石橋さんと一緒に駅のホームの方へ歩き始める。
「それで、今日は何買いに行くんだっけ?」
「わすれたの?今日は、梶くん好みのお菓子の素材を買いに行くんだよ」
俺が石橋さんへ聞くと、石橋さんがプクっとしながら俺に再度教えてくれた。
「そういえば。でも、石橋さん薬混ぜるのに俺の好みとか必要?」
正直俺の好みの味、お菓子だったとしても薬を混ぜたら食べないんだから、正味関係がない気がする。
「こ、今回は普通につくるよ。お薬入も作るかもだけど……」
「ダメじゃん」
「で、でも普通のも作るよ!」
「それじゃあ、そっちを期待するよ」
普通に作ってくれるなら、そっちを頂こう。問い詰めれば教えてくれるし、石橋さんの作るものはちゃんとしてれば美味しいし。
正直前の1件もあるから、薬入に関しては絶対に回避しておきたい。
「それでなんだけど、実は今日クッ――」
「電車きたよ」
石橋さんが俺に何かを言いかけた時、電車がプーと音を鳴らしながら、俺らの前に到着した。
俺が石橋さんに「どうかした?」と聞き返すと、「なんでもない」と小声で帰ってきた。
「到着。ここに来るのも、夏以来か……」
あの日は大変だった。黒嶺さんのマイクロビキニに、俺の水着選びで殺されかけたりと。思い出したら、少し背筋が……
「ま、まあそれで何から見るの?」
「そうだなー。お菓子作り系のお店かな、たしかここにあったはずだし」
「そんなのあるんだ、面白そう」
「楽しいよ沢山材料とか、道具見るのって。そこから、何作るかを考えるのとか特に楽しいんだから」
そういう石橋さんの目は、喜びで目が輝いている。その想像の中に、薬を盛ることが入ってないといいけど。
「あと、梶くんとデートだし」
「あ、そうか……」
確かに男女が約束して遊びに行く、というのをデートの定義とするならばデートだ。
「じゃあ、手でも繋ぐ?」
「い、いやぁそれはまだいいかな〜」
俺がイタズラで石橋さんに手を繋ぐか聞いてみると、手を胸の方に寄せて普通に断られた。
「ええ〜?いいの?今しかないよ?」
「う、うん。恥ずかしいし」
「なら、私が繋いでもよろしいでしょうか」
「ほら、石橋さん俺の手が取られちゃ――」
唐突に後ろから聞こえた声に、1度立ち止まって恐る恐ると後ろを振り返る。
「く、黒嶺さ――」
「またここで会うだなんて、奇遇ですね。記念に梶谷さんの手ください!」
「ああ!ちょ!」
俺の後ろで怒り心頭な黒嶺さんは、力いっぱいに石橋さんへ差しのべていた俺の手目掛けて、包丁を振り下ろす。
少し切り傷はできたけど、俺の手が切断されるという事態は避けれた。
「私と手繋ぎましょうよ」
「す、ストップ。銃刀法違反だから」
「なんですか?それ」
頭を傾げ考える素振りをして、明らか嘘っぽい答えを返答する黒嶺さん。そもそも、なんで俺に会う可能性ないのに包丁持ってんだ。
「いや、だからね――」
「なんですか?」
「だからぁ!」
人もそこそこいて、危険だと言うのに。余裕で包丁をその場で振り回される。
「待ってくださいよ。教えてください、銃刀法違反ってのを」
「あんたが1番知てんでしょ!刃渡り6cm以上!石橋さん逃げるよ」
「え?なに急に、てか手」
急な黒嶺さん襲撃に、脳の処理が追いついていかい石橋さんと手を繋ぎ、黒嶺さんを引き離すために人混みの中へ突っ込んで行く。
「梶くん何あれ!?」
「後で話すから、とりあえず走って!」
後ろから鬼気迫る感じの黒嶺さんから、逃げつつどこか隠れられそうな場所はないかと辺りを見渡す。
「私、運動苦手だから、体力そんなに、ないん、だけど」
俺に引かれながら走る石橋さんは、息をぜぇはぁと吐きながら俺へうったえてくる。
「とりあえず、もう少しだけ耐えて」
後ろを見た感じ、後ろを走る黒嶺さんは人混みでいい感じに動きが制限されてるようで、そこまで早くはない。
この調子なら、撒くことは何とかできそうだ。
♦
「こ、ここならしばらくは」
俺と石橋さんお互いに肩で息をしている。俺達が逃げてきたのは、人がほとんど通らない屋内階段。
「で、あの子なんなの?」
息を切らしている石橋さんが、いつも通りの質問を俺へしてくる。
「黒嶺さんは……そうだな、同じ塾の友達」
「絶対嘘でしょ。あの子、包丁持ってたよ?しかもめっちゃ怖かったし」
そう言う石橋さんは、さっきのことを思い出してかブルりと震え、顔が青ざめている。
「まあ、あれだよちょっと愛情表現が怖いだけだから」
「あれが愛情表現なの?殺意感じたけど」
「わかる」
「わかっちゃダメじゃん!」
大声を出した石橋さんは、「もう」と溜息をつきながらすぐそこの階段に腰掛けた。
「これからどうする?」
「私が聞きたいよ。デートだって、浮かれてたのに」
「浮かれてたんだ」
「そりゃ浮かれるよ」
「じゃあ、手繋ぐ?」
またも石橋さんへ手をさその差し伸べると、さっきと同じで「いゃぁ?」と同じ反応答えが返ってきた。
「もう、からかわないでよ。まずこの状況どうにかしよ」
「そうだな〜。どうしよ」
1番の最善手としては、このモール自体から逃げて別のところで買い物兼デートを続けることだ。
「どうせ、しばらくは大丈夫だし。少し休憩しよ。そ、それでなんだけど」
そう頬を赤くしている石橋さんは、自身のバッグの中からちょっとした包みを取りだした。
「クッキー焼いてきたんだけど、食べない?」
「クッキーか。へ〜、ところで――」
「もちろん薬なんて入れてないよ!?」
超必死なおかつ食い気味で、薬入りを否定する石橋さん。
「食い気味だと、逆に怪しいよ」
「大丈夫だって、家で味見はしてるし」
「ここでやってくれない?」
「それじゃあ、私がしますよ」
「「え?」」
階段に座る俺と石橋さんの後ろから、さっき聞いたばかりの怖い声が聞こえたかと思えば、石橋さんの持っていた包みをヒョイと取っていき、包の中に入っているクッキーを1つ、綺麗な口の中へ放り込んだ。
「まあ、美味しいですね。星4.5というとこでしょうか」
「高いな」
「そこは、しっかり精査したいですから。もちろん、梶谷さんの運命も」
俺の運命を決めるといった黒嶺さんは、俺の鼻先に包丁を向けジリジリと近寄ってくる。
「どおどお。落ち着いて、落ち着いて」
近寄ってくる黒嶺さんから、1歩また1歩と距離を置いていく。最終的に俺の背中と壁がくっつき、俺は壁ズル黒嶺さんは、足で壁ドンをしてきた。
「ちょ、ちょっと黒嶺さん下着が……」
足ドンをした黒嶺さんは、スカートに薄めの黒タイツそれもあって、黒嶺さんの下着がタイツから透けて見えてしまう。
「何を今更、布面積考えてください。前の方が、小さいですよ」
「それはそうだけど」
この話は水着と下着ほぼ同じだろ論争、的な話になってくるとは思うけど、それでも下着は下着水着は水着だ。黒嶺さんの水着は、マイクロビキニだろ、と言われるとどうしようもないけど。
「そんなことよりも、です。さあ、どうしますか?私に殺されるか、切腹か」
「変わんないじゃん!」
「切腹なら、躊躇いがありますけど、私なら躊躇いなくいけますよ。それに、私が抱きながら看取ってあげます」
「でも、まだ死ぬ訳には……」
「寂しいのなら、安心してください。私もあとは追うので」
あ、ダメだ話聞く気ないな。そこは、いつも通りか。
「にしても、なんだか暑いですね」
「熱中症じゃない?」
「そうですか、じゃあもうすぐ死にますね。じゃあ、早く死にましょう」
圧倒的決断力!!
石橋さんに至っては、逃げるもせず黒嶺さんの後ろでオドオドしてるし。
「おかしい……即効性のはずなのに」
「今、何か言いました?」
「ひぃぃ!」
石橋さんのぼそっと言ったことに対して、黒嶺さんが反応して俺ではなく石橋さんへ包丁を向ける。
「い、いやぁ?さっき食べたクッキーに、媚薬が入ってたとかって訳じゃなくてね」
「なるほど」
納得した黒嶺さんは、平然と俺の方を見て普通に包丁を鼻先に向けてきた。多分黒嶺さんの暑いというのは、媚薬のせいなんだろうけどおかしい。石橋さんの媚薬は、効果絶大で抗いようがないはずなのに(体験済み)黒嶺さんは暑いで済んでいる。もしや、黒嶺さんそういう欲がない、または制御できる人なのでは?
「おかしいな、何か間違えたかな」
「気になるのであれば、食べてみては?」
「それもそうか」
「ちょっと、石橋さん!黒嶺さんは――」
黒嶺さんの言葉をあっさり受け入れてしまった石橋さんは、黒嶺さんから返されていた包みからクッキーを1つ取り出して口の中へ入れる。
クッキーを食べた石橋さんは、つつみをその場に落として、フラフラと立ち上がった。それと共に、目が恍惚的になり頬が真っ赤に染まった。
「ああ、注意したのに……」
「これで、邪魔者は消えました、なんなら上手く使えば、私の味方。さ、梶谷さん一緒に死にましょう」
黒嶺さんが俺の顎下を包丁で撫でる。俺の顎には、包丁の冷たい感触が伝わる。それと一緒に、俺の背中に悪寒が走る。